先代部長と秋合宿の噂(調査編②)


 雪鳴先輩が起きなかったので結局探索は無しになった。先輩を担いでロッジに運ぶ作戦は秋心ちゃんに阻止されてしまったのである。

 雪鳴先輩をおんぶしたかった……。

 いや、特に理由はないよ。あえてヒントを出すとすれば、秋心ちゃんをおんぶしたい気持ちにはならないんだなぁ……不思議だね?


「殺しますよ?」


 何も言ってないんだけど。

 だから心の中だけだよ? 何度も言うけど、読むなよ俺の内面を。おちおち想像も出来ないだろ……くどいようだが、何がとは言わないが。


「うぁ……ごめん、うち寝てた?」


 あ、起きた。

 空はもう濃紺の姿を匂わせ始めている。おはようと言うのもなんだかおかしな状況ではある。


「ゆきちゃん大丈夫ですか? お水ありますけど飲みます?」


 まだぼんやりと虚空を眺める雪鳴先輩にはいつもの苛烈さは無い。

 あ、良いこと思い付いた。この人には普段から酒飲ませときゃいいんじゃね?


「寝てる隙に火澄先輩がセクハラしようとしてましたよ」


「ち、ちょーい!」


 な、なんて事を言い出すんだ君! 心外だ、心外革命だ‼︎


「火澄……あんたは可愛い後輩やし、そう言うのに興味を持つのもわかる。やから別に怒らんけど……軽蔑くらいはするぞ」


 なら怒られる方がまだマシだよ。

 なんで秋心ちゃんの証言を全部鵜呑みにするんだ、魔女裁判か。被告になんの抗弁権もないのか現代日本でも。


「もう夜か。うちあんまお腹空いとらんのやけど、もう風呂入り行く?」


 さっきまで肉食ってたからね。俺も秋心ちゃんもまだ満腹ゲージは満たされている。

 言っていた通り陽が沈み若干の肌寒さがあるな、山は。

 つまるところ風呂は大歓迎だ。


「そっすね、風呂行きましょう」


「先輩、男女は別ですよ」


 わかっとるわ!

 ……やっぱそうかぁ。


「よっしゃ、なら風呂行こ」


「その後UFO探しにでも行きますか?」


「いや、夜の山は危ないからな。やめとこか」


 ……何しに来たんだ俺達。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「良いお湯でした……あ、ズルい! ひとりでコーヒー牛乳飲んでる‼︎」


 湯気を立てながら秋心ちゃんが浴場ロビーに現れた。

 マズイところを見られてしまった。このままだとコーヒー牛乳牛乳を奢らされかねん。


「奢ってください!」


 ほれ見ろ。

 まぁいいんだけど。百円くらいだし。風呂上がりのコーヒー牛乳は格別だからな。可愛い後輩にその幸せを分けてやるくらいの甲斐性は俺にだってあるんだって事を思い知らせてやるぜ!


「雪鳴先輩は?」


「まだ入ってます。あたしはのぼせちゃいそうで先に上がっちゃいました」


 豪快に牛乳瓶を傾ける秋心ちゃん。

 湯上りにパジャマじゃないのがいくらか残念ではあるけど、まぁ、このあとロッジまで歩いて戻らにゃならんのだから仕方ない。湯冷めするよりマシだろう。


「UFO見れますかね」


 待合ソファで俺の隣に腰掛けて秋心ちゃんは言った。


「秋心ちゃんはさぁ、宇宙人って信じてんの?」


「すごーく疑わしいですが、一応信じます。オカルト研究部員ですから」


 幽霊は完璧に信じてるのにな。俺的には地球外生命体の存在の方が信憑性高い気がしてんだけど。


「先輩が謎の光に包まれて連れ去られて行く姿見たいなぁ」


 一肌脱げんぞ、その要求には。


「緑色の血……見たいなぁ」


「早速解剖してんじゃねぇ」


「聞きたいなぁ、断末魔」


「殺したいだけじゃねぇか!」


 宇宙人関係ない願望になってる。乙女みたいな表情でえげつない事言うもんじゃないよ。

 ウットリした顔すんな。


「UFOは無理でも、流れ星くらい見れたら良いですね」


「そう言えば俺見た事ないよ、流れ星」


「じゃあ今夜見つけられたとして、先輩ならどんな願い事をしますか?」


 急に女の子みたいなこと言い出した。実際女の子なんだけどね。

 前述の流れさえなければ良いムードなのに……悔やまれる。


「そうだなぁ……UFO見れますように、とか?」


 本音を言うと『秋心ちゃんが俺に優しくなりますように』だけどとりあえず黙っとこう。吐露したところでろくな事ないし。


「なんか面白味がないですね。せっかくの流れ星なんだからロマンチックな願い事をすれば良いのに」


 君にロマンチックを説かれる謂れはない。


「じゃあ秋心ちゃんならどうすんの?」


 彼女の言うロマンチックとは如何なるものか。全くもって想像できない。

 色恋沙汰に縁があるくせに自分から離脱しまくる後輩ちゃん秋心嬢。別にこれは告白受けまくり常連であるこの子に対する僻みではない。仮に俺が告白なんぞされた事がないとしてもだ。

 仮じゃないけど。実際にないけど。


「死んでも教えませんけど?」


 さも当たり前みたいな顔して言われた。

 言い出したの君だよ? この仕打ちはないんじゃないか?命より重い秘密なのかそれって。


「お待たー!」


 ちょうど良いタイミングで雪鳴先輩、登場。

 濡れ髪が妙にセクシーだ。酔いが覚めたのか、テンション元に戻ってるのが残念だけど。

 ただ、髪は乾かした方が良い。風邪ひきますよ?


「あ、なんや先にコーヒー牛乳飲んで! 火澄、うちにも奢ってくれ!」


 なんで先輩にも奢らにゃならんのだ……まぁ、良いんだけど。

 理由は前述のとおりである。

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