先代部長と秋合宿の噂(調査編①)


「火澄、それ焼けとるぞ。早よ取らんと焦げてしまう」


「あ、俺さっき食べたんで……秋心ちゃん食べる?」


「セクハラです。殺します」


 なんでだよ。

 親切心すら罪にカウントする世知辛い後輩秋心ちゃん。どんな修羅の環境で育てばそんな荒むんだ君の心。


「あぁっ! 馬鹿たれ! 鶏肉はしっかり焼け‼︎ きさんくらすぞ!」


 肉を食べようとしただけで殺害を仄めかす物騒な先輩雪鳴さん。どんな殺伐とした環境で育てばそんな尖り切るんだあんたの心。

 ここで言う『きさんくらすぞ』とは『貴様殺すぞ』と言う意味の方言である。決して『一緒に暮らそう』と言う意味ではない。幾度と無く聞いてきた台詞だから、もうちゃんと理解してるよ、俺。

 まぁ、雪鳴先輩と共に暮らすと言うのは死ぬこととニアイコールではあるから、あながち誤訳ではないのかもしれない。


 キャンプ場に到着して、少し早い夕食は宣告通りバーベキューである。

 肉を焼き食らう……なんて野蛮な行為だ。上記の通り野蛮な先輩後輩にはお似合いな食事であることよ。

 肉美味い。


「UFOいませんねー」


「まだ夕方だからね」


 秋心ちゃんは噛み切れないホルモンをずっとモグモグやっている。

 雪鳴先輩はもう二本目の缶ビールに手を伸ばしていた。


「火澄先輩、何故UFOは夜にならないと見られないんですか? 良い加減にしないとこの熱々のトングで目玉を抉り取りますよ?」


 肉食いながらよくそんなグロテスクな表現ができるな……不味くなるだろ。


「だって星だって夜にしか見れないじゃんか」


「UFOは星とは違うんですー! そんなことも知らないんですか?」


 えぇぇ……なんだろ、上手く言えないけど今のところ俺の方が正論を言ってる気がすんだけどなぁ。


「火澄が言う事は全部否定したくなる……あっきーの可愛いところやなぁ」


 全然可愛くないだろ。脳の機能がアルコールで麻痺してんのかな、この人。

『キモ可愛い』ならぬ『酷可愛い』後輩秋心ちゃん……可愛くないっつってんだろ。ただの『酷』だ。


「あ、先輩また焦げたお肉食べてる。体に悪いからやめてください」


 んなこと言ったって、煤みたいになった肉を君らに食べさせるわけにもいかんだろ。それに焦げって体に良さそうじゃない? 逆転の発想だよ。良薬口苦しってことわざ知ってる?


「ほら、こっちのお肉が丁度良い感じです。どうぞ」


 あれ? なんで急に優しくなったの君。それはそれで怖い。

 辛辣にされても優しくされても落ち着かないなんて、俺って生きていくの向いてないのかも知れん。少なくとも秋心ちゃんと一緒に居ることには向いてない。


「それにしても雪鳴先輩、なんか妙に口数少ないっすね……」


 ……あ、寝てる。口半分開けて寝てるよこの人、めっちゃ幸せそうな顔して。

 もしかして、お酒弱い?


「意外ですね。ゆきちゃんは酒豪のイメージでした」


「確かに……。まぁなんだ、運転で疲れてたんじゃねぇの?」


 思いの外可愛いところもあるんだな、この傍若無人を体現したかのような先輩にも。


「ゆきちゃん、風邪引いちゃいますよ」


 秋心ちゃんが着ていた薄手のカーディガンを先輩に掛けてあげているシーンだ。

 この子にも親切なところがあるんだな……。俺に対する慈しみじゃなけりゃ素直にほっこりする。

 ひねくれてんなぁ。


 あぁ、それにしても尊い……。俺、そっちの趣味はないんだけど、こうして美少女二人の戯れを見ていると変な気持ちになってくるね。

 あれ? 俺ってこの世界に必要なくね? 俺が存在しなけりゃ全て平和におさまるんじゃないの?

 大自然の真ん中で悲しい真理に気付いてしまった……。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「ゆきちゃん起きないんで、ちょっとこの辺りを探索しませんか? UFOは無理でもツチノコくらい見つけられるかもしれませんし」


 君の中のツチノコの立ち位置ってどんななんだよ。ツチノコはその名の通り土の中にいるからなかなか見つからないんだぞ?

 ……ごめん、俺ツチノコのことよく知らないや。今の適当だから、適当に流してくれ。


「でも流石にここで寝かしとくわけにもいかんだろ。先輩、ロッジに入りましょう。中でなら寝てていいんで」


 雪鳴先輩の肩を揺する。

 想像よりもはるかに華奢なその体つきに思わずドキりとした。


「……先輩、何触ってんですか。マジのセクハラですよこれ。警察と自宅、どちらに連絡されたいか決めてください」


「究極の二択じゃねぇか」


 下心は無かったんだ、本当だ。触るまでは全然無かったんだよいやらしい気持ちなんて……。

 触れてからはあんのかよ下心。僕、男の子。言わなくてもわかるか。


「……先輩って女性に触れた事あります?」


「あ、あるわ! 触りまくりだわ! 隙あらば触ってるわ!」


 秋の入り 後輩すかさず 後ずさり


「さ、流石にドン引きです。なに公然とセクハラ大好き宣言してんですか」


 うん、確かにそうだ。そんな風に聞こえなくもない告白だったわ、失礼。


「まぁ……ないでしょうね、火澄先輩に女性との触れ合った経験なんて。今時の男子高校生としては如何なものですかね。遅れてます」


 お前はあんのかよ……。

 とは聞けないけど。それこそ本物のセクハラになっちゃうからな。そんくらい俺にもわかる。全く世知辛い世の中だ!


「セクハラです」


 思っただけなのに‼︎

 心の中は治外法権ではないのか……。

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