先代部長と秋合宿の噂

先代部長と秋合宿の噂(提起編)


『あたし、秋心あきうらちゃん。今、火澄ひずみ先輩の家の前にいるの……』


 帰ってくれ。

 なんだその無駄なホラー要素。せっかくの連休が早速受話器越しにブルーな色に染められている。

 幽霊人形みたいな物言いの後輩女子は電話を切ることなく更にこう続けた。


『……聞いてます? 秋心ちゃんが家の前にいるんですよ?』


 わかってるよ。それはなんとなく理解した。

 ……んで、だからどうしたってんだ。感想としては、絶対に帰ってほしいと言う言葉に尽きる。


「あー……おはよう、秋心ちゃん」


『おはようございます!』


 元気がよろしい。

 こちとら君からの電話で叩き起こされたばっかりで、低血圧も甚だしい秋の休日の朝。今日は昼過ぎまで寝てるって決めてたんだけど、そこら辺総合的に勘案してくれないかな?


『あの……今、先輩の家の前にいるんですけど』


 眠たい目を擦りながらその言葉の意味を咀嚼してみる。さっきも聞いたよ。

 え、ちょっと待てよ。その言葉の意味って、まさかそのままの意味じゃないよな? メリーさんごっこしてたわけじゃない……よね?


「……本当にいんの?」


 恐る恐る聞いてみた。答えを知りたくはない問いかけである。


「火澄せんぱーい! 真倉北まくらきた高等学校二年生オカルト研究部部長の火澄せんぱーい!」


 ……窓の外から不吉な呼びかけが聞こえてきた。

 聞き間違いかな? あ、そうだ、きっと幽霊に違いない。

 布団を被ってやり過ごそう。お化けが出てきた時はこの対処法に限る。


「布団被ってやり過ごそうとしてる火澄せんぱーい!」


 なんでわかんだよ、エスパーか。もしくはカメラでもあんのか俺の部屋。

 怖くなって恐る恐るベランダから通りを見下ろす。

 そこにはいつか見たことのあるオンボロ軽自動車と、飽きるほど見慣れた後輩女子部員の顔があった。


「あ、ゆきちゃん、火澄先輩やっと起きましたよ」


 不敵な笑みを浮かべて後輩ちゃんは運転席から顔を覗かせている人物に言う。


「おいこら火澄、いつまで待たせるんや。五秒以内に支度して降りてこい。やないと……」


 その特徴的な方言は言わずもがな。


「脳みそに金属棒ぶち込むぞ」


 先代オカルト研究部部長、雪鳴ゆきなり先輩その人であった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「あの……何なんすかね、この事態は?」


 ガタガタ揺れる雪鳴先輩の中古自動車。居心地の悪いシートに腰を預けながら問うてみる。

 ハンドルを握ったまま彼女は眉間にしわを寄せ、返事をしてみせた。


「何って……決まっとるやろ。『オカ研秋合宿』の他になんか思い当たる節はあるか?」


 そもそもその秋合宿とやらに思い至らないんだけど。さも当たり前みたいに言われても困る。

 車中で何度目かの溜息が漏れた。


「いきなりっすね……」


「そんなことないですよ。ずっと前から計画してたんですから……ねぇ、ゆきちゃん」


 秋心ちゃんは呆れたように言う。俺、聞いてないです。そんな顔すんな。


「だって火澄、来月秋学旅行やろ?」


「ズルイじゃないですか、一人だけそんな楽しいイベントを控えているのって」


 いやいやいや、ちょっと待てよ。そんなもん学校の行事ごとじゃんか? やっぱり俺悪くなくない?

 何なら秋心ちゃんは来年行くだろうし、雪鳴先輩はすでに体験済みである。

 ズルいだのなんだの言われる謂れはないはずなんだけどなぁ。


「せやから、今日はオカルト研究部秋合宿をする……そんなわけや」


 どんなわけだよ。今のところひとつも納得してないぞ、俺。


「楽しみですね! あたしキャンプって初めてです!」


 俺の知らんところで話が進んでるし、なんならまとまってたみたいだ。

 ひとつも承諾してない俺からしたら、軽いホラーである。

 何? 俺達キャンプ行くの?


「いやー涼しくなってよかったわ。過ごしやすいな、今日。

 山は冷え込むって言うし、あっきーはちゃんと防寒対策してきたか?」


「一応夜に備えて上着は持ってきましたよ!」


 待て待て、俺なんも知らんぞ。Tシャツ一枚で飛び出してきたんだけど? 寒いの? ってか、山って何? キャンプってどう言うこと?


「夜はバーベキューやからな! 肉焼きながら飲むビール……これがたまらんのよね!」


 置いていくな、俺を。連れていくなら最後まで面倒見てくれ。

 車内に放置するな。同一速度で進んで行ってるはずなのに何だこの疎外感は。


「今日はロッジに泊まるんですよね?」


「そそ。流石にテント張って寝たら凍え死ぬやろうし……あ、火澄は外でもえぇよ」


「良かないよ! ちょっと一から順に説明してくれ! どこに向かってんの⁉︎ 何しに行くの⁉︎ 俺はちゃんと帰れるの⁉︎」


 ツッコミと質問が乱雑した言葉に秋心ちゃんはめんどくさそうに助手席から振り返った。


「行くのはキャンプ場です。未確認飛行物体の目撃例がある場所なので、今日の主な目的はUFO観測ですよ。

 ほら、あたし達オカ研とは言いつつ幽霊関係の調査ばかりじゃないですか。やっぱりオカルトと言えば宇宙やUMAは外せないでしょ?

 今までサボってきた宇宙人捜索に手を付けようと言うわけです」


 解説ありがとう。めんどくささをもうちょっと隠してくれるともっと嬉しいなぁ。

 なるほど、まぁ言ってることは一理あんだけど……。


「ちゃんと帰れるかどうかについては回答を得られてないんですが……?」


「風呂はちゃんと大きな浴場があるらしいから心配せんでえぇよ。しかも天然温泉!」


「今からワクワクしますね!」


 なぜ露骨に話題を逸らす。


「こないだはうちの不手際でみんな同じ部屋になったけど、今回は男女部屋別やから! あっきーも安心してや‼︎」


「よかったぁ、こんな男と同じ部屋で寝るのなんて死んでもゴメンですからね!」


 こんな男って……。

 一応俺君の先輩なんだけど。死と天秤にかけられる俺の存在ってなんなんだ。


「勿論自然も豊かやし、火澄の死体を埋める為の雑木林にも困らんぞ!」


 あ、どうやら俺は帰れないらしい。

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