名前の無い幽霊の噂(解明編)


「机の中身……ですか?」


 喉の奥をくすぐっていた異物感の意味を何となく手でなぞった。

 俺の考えが正しければ、そこに応えはある。


「うん、あと鞄の中もお願い」


「嫌です」


 拒否された。

 ちょ、ちょっと待って。

 今すごく良い感じで俺格好良かったじゃん? ここから華麗な推理を披露して噂の解決に向かっていく流れだったじゃんか……めっちゃダサいじゃん、今の状況。

 印籠出したのに斬りかかられる水戸光圀公みたいなもんだよ。


「先輩、どうせどさくさに紛れて女の子の私物チェックしようって魂胆でしょう? け、汚らわしい……もう本当に死んでください。遺体は海に流します」


 死体を隠そうとするな。せめて最後まで責任を持ってくれ。


「違うわ! なんとなくだけど、噂の真相がわかりそうなの‼︎」


「本当ですか?

 なんかさっきから目がイヤらしいんですよ、火澄先輩。邪なこと考えてたんじゃ無いですか?」


 ギ、ギクギクギクー‼︎ パンツのことほぼ見抜かれてんじゃん⁉︎

 秋心ちゃんのこういうところ本当に怖い! 戦慄すら覚えるわ! 勘が良すぎてやり辛いったらありゃしないよ。


「ホ、ホントにそんなんじゃないんだってば! 学園の平和のことしか考えてないよ?」


 対して俺は相変わらず取り繕い方が下手過ぎる。まぁ、人間ってそんな急に成長出来やしないよね。

 仕方ないさ、明日から頑張る。


「まぁ……そこまで言うなら何か気になることがあるんでしょうけど。

 あ、言っておきますけど先輩のことは少しも信用してませんからね」


 うぅ……なんだってんだこの扱い。俺、なんか悪いことした?

 ……したわ。プリン勝手に食べたしセクハラ未遂もしてたわ。弁解の余地なかったわ。


「これが机で、こっちがカバンの中身です」


 机の上に広げられた教科書やノート、そして筆箱に小さなポーチ。

 それを目にした瞬間、俺の考えは間違いでないことを確信した。


「秋心ちゃん、これ秋心ちゃんの物だよね?」


「はぁ? 当たり前じゃないですか。見ればわかるでしょう?」


 俺が手にした薄い大学ノート。その表紙には『現代文』と、そして秋心ちゃんの名前がしっかりと書かれている。


「さっき日本史のノートが盗まれたって言ってたけど……秋心ちゃん、そのノートにもちゃんと名前書いてただろ?」


「はい。書いてましたが……」


 現代文だけじゃない。英語だって数学だって、他の全てのノートにちゃんと名前が書いてある。盗まれた日本史のノートにだけ名前を描き忘れるなんてあり得ない。


「幽霊は名前を書いてないものだけを盗むんじゃなかったか?」


 その言葉に秋心ちゃんは少しだけ顔を歪めた。

 きっと彼女も、心の何処かで俺と同じ答えを持っている……いや、持っていたが信じたくなかった、それが正しい言い方だろう。


「つまり、少なくともそのノートを盗んだのは幽霊なんかじゃない。

 生きた人間の誰かだよ」


 ヘアゴムやジュースには名前を書かない。それは当たり前だ。でも、ノートなんて自分の名前をしたためて当前の物。

 その事に気付かない秋心ちゃんじゃあるまい。彼女もきっと、ずっとクラスに盗人がいるのだと勘付いていたのだ。もしかしたら他のクラスメイトも同じかもしれない。

 しかし、それを認めたくない気持ちもわかる。

 身近に悪人がいるなどと好んで騒ぎ立てたくない理由はただひとつ。

 彼女を含めて、このクラスの皆は優し過ぎるのだ。


「……明日、ちゃんと先生に話をした方が良い。

 確かに誰かを疑うのは辛い事だけど、嫌な事から目を背けて、幽霊のせいにでもして見て見ぬ振りをする……それは犯人のためにもならないよ」


 秋心ちゃんは小さく頷いて悲しそうに俯いた。

 ……彼女はたまに素直だから、とてもやり辛い。


「でも……本当に幽霊もいたのかもしれないな。だって、身に付けているものまで盗まれてんだろ?

 そんなの、ただの人間に出来ることじゃないんだから……」


 本当に幽霊がいるのかもしれない。

 起きた窃盗の全てが、その生きた犯人の誰かのせいじゃ無いかもしれない。


 なんて慰めのつもりで口を突く希望的な言葉に、相変わらず俺は取り繕うのが下手くそだなと苦笑いが溢れる。

 自分の嘘をさらに塗り固めるためだけじゃなく、誰かの傷をコーティングする為にもこのスキルは上げておくべきだと、そんなことを考えていた。


「……ところで、この消しゴム名前書いてないけど……カバーの下にでも書いてんの?」


 落ち込んでしまった彼女を目の当たりにして、少しでも話を逸らそうと彼女の筆箱からまだ角の尖った消しゴムを摘まみ上げる。

 その瞬間、秋心ちゃんはつい今し方のおセンチな表情を一変させて言った。


「そ、そのカバーを外したら本当に怒ります‼︎」


 ビ、ビックリした……。そんなに怒ることなくない⁉︎ 確かに使ってない消しゴムの角を使われるのはめちゃくちゃ腹が立つけど、別に俺そんなことしないよ?

 あまりの剣幕に今度は俺が泣きそうだ。

 秋心ちゃんの怒りのポイントがよくわからん。名前を書いたプリンを盗み食いした時よりも、持ち主の記されていない消しゴムを手に取った時の方が彼女は怒っている……いや、焦っているように見えた。

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