失恋幽霊の噂(後編)
屋上にやってきました。
もちろん俺は乗り気ではない。乗りたくなさで言ったら
そんな俺の気苦労などつゆ知らず、重たいドアノブをひねりながら太刀洗は言う。
「良いか火澄? 開けるぞ火澄!? おりゃぁぁ火澄!」
要る? 俺の名前を付け足す必要ある? 特に最後のやつ意味ねぇだろ、力抜けるだろ。
青々とした寒空の下、灰色の屋上が目の前に広がる。
昼休みだと言うのにいつもの賑やかさがないのは幽霊の噂のせいだろうか。
しかし、どことない違和感が身を刺す。その一点に人影が揺れて見えた。
「あ、あれがその幽霊?」
「おぉ、俺にも見える! 俺にも見えるぞ火澄! どうなんだ火澄!? 専門的な意見を聞かせてくれ火澄!」
二人とも変なテンションである。慣れないオカルトを目の前にして恐怖と好奇が入り混じって要るようだ。
これだから素人は困るなぁ。まぁ、幾多の修羅場をくぐり抜け、太刀洗が言う通り幽霊やらの専門家と言っても過言ではなくなった俺には余裕のよっちゃんなんだけどね!
「多分そうだろう。きっとあれが噂の幽霊だな。どれ、もうちょっと近くに行って見てみるか」
「えぇっ!? だ、大丈夫かな……」
「流石火澄だ! そんじゃそこらの幽霊にはまるで屈しないのだな!? まさに男の中の男!」
よせやい、照れるぜ。
腰が引ける木霊木さんと太刀洗の先頭に立ち、一歩ずつ歩を進める。
でも、この幽霊に接したところで俺、何もやりようないんだよね……と言うことに冷や汗ダラダラである。本当に木霊木さんの生き霊だったらどうしよう。
ここにきて調子に乗りすぎたかもと些か不安になる。なんかあったら適当な理由をつけて退散することにしようか。
一歩ずつ距離が詰まる。
……あれ? あの幽霊学ラン着てるぞ? それに気が付き立ち止まる。
幽霊も俺達に気付いたのか、振り返って呟いた。
「……火澄?」
あまつさえ俺の名前を呼んだ。
ちょっと待てよ、これって……。
「おぉ! 流石火澄! 幽霊からの知名度も高いんだな! 聞け幽霊よ! この火澄が来たからには貴様の命運も尽きた同然!」
太刀洗は羨望の眼差しを俺に注ぎ叫んだ。やめてくれ、なんか火傷する気しかしないから。
「誰が幽霊だ。俺はれっきとした生きた人間だ」
やっぱりね!
見覚えがある。
と言っても、前見たときは仮面を被っていたから素顔をちゃんと見るのは初めてだ。それでも、この人物が誰なのかは一目瞭然だった。
こんな寒いのに汗が額に滲んだ。
「……な、何してんすか、こんなとこで」
秋心ちゃんファンクラブの副会長だった。物憂げな表情で俺と空を交互に眺める。
「……失恋の痛みに耽っていただけさ」
なんだろ、めっちゃ恥ずかしいんだけど。
俺、豪語しちゃったよ。これ幽霊だなんて自信満々に言っちゃった。
失恋という点は当たっていた。その内容については語るまでもあるまい。
「……失恋ですか?」
木霊木さんが小さく問う。
「そう……そうだな、俺なんか彼女にとってみれば命の無い幽霊も同然。
いや、幽霊なら多少の興味も引けただろう……俺は何の意味もない存在さ」
おセンチ!
いろんな意味での気不味さが入り混じる。
ただひとつ救いがあるとすれば、幽霊はきっと木霊木さんの生き霊だ! なんて口にしなかったことだ。まぁ、するわけないんだけど。
「失恋……そうですか、辛いですよね。実は私もつい先日失恋したばかりなんですよ」
木霊木さんの言葉に背筋が伸びる。
「そうか……君も俺と同じ痛みを抱えているわけだな。ありがとう、世界で一番の不幸者だと自分を卑下していたけど、何となく心が軽くなった気分だ」
せ、青春……。
ダブルパンチを食らっている俺も当事者っちゃ当事者なんだけど、なにこの蚊帳の外感。
蚊帳越しにボコボコ殴られてる。蚊帳の意味ない。
……真の蚊帳の外は太刀洗なんだけど。
「悔いるべきは直接告白出来なかったことだ。結果は見えていたんだが……やはり、それだけが心残りだよ」
副会長はまた高く空を見上げた。
「告白……」
木霊木さんもその視線を追い、束の間の溜息を飲み込んで俺を見る。
「火澄くん」
その眼差しは刺股のように俺の自由を奪う。
ただ、唾を飲むことしか出来なかった。
「私、火澄くんのことが好き」
想像していた言葉が手渡しで俺の懐に根ざした。
力強い面持ちに、副会長は驚愕の表情を見せる。まるで漫画みたいな顔だ。めちゃ気になる。
しかし、それよりも驚きを隠せなかったのは太刀洗だった。
「お、俺も火澄が好きだ!」
うるせぇよ。
……あ、いやちょっと待って、これ物凄い告白なんじゃないの?
脳の処理速度が追い付かないから一旦置いとこう。二度と取りに来るつもりもないけど。
「……ごめん、俺、秋心ちゃんが好きなんだ」
疑いようのない言葉は自然に唇をついた。
誤魔化したくない。誠実であることが、木霊木さんに対する俺の誠意だ。
「……そっか。ありがとう、スッキリしたよ」
木霊木さんは朗らかに笑う。
先のやりとりでその結果は分かっていたはず。それでもこの告白は、彼女のために機能していたのだと思う。
いや、救われたのは俺の方だったのかもしれない。
「ひ、火澄……俺にとどめを刺すつもりか……」
副会長は死んだような顔だ。本当に幽霊になってしまうんじゃなかろうか。
そして太刀洗、雄叫びを上げてないでお前はもう帰れ。
おわり
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