もうひとつの秋心ちゃんの噂


火澄ひずみひとりで来るとか珍しいやんか」


 注文したホットカフェオレを俺の前に優しく置きながら雪鳴ゆきなり先輩は言う。

 部活動の後、閉店前の喫茶店には俺だけしか客がおらず、先輩以外のバイトはマスターも含め姿が見えない。

 つまり、二人きりである。


「あっきーはよく来るんやけどな」


 先輩、秋心あきうらちゃんと本当仲良いな。

 真倉北まくらきた高校の最寄駅から外れたこの喫茶店に、我が校生徒が訪れることは珍しかろう。わざわざ足繁く通うとは、二人の仲に多少妬けるぜ。


「そんで、あんたひとりで来るってことはなんか用事があるんやろ?」


 カウンター越しに先輩は頬杖をついて自分もコーヒーをすすった。

 流石と言うかなんと言うか話が早くて助かる。


「実はオカルトの退治の仕方をご教授いただきたくてっすね……」


「えぇ……今更?」


 口に運びかけたカップを制止させて雪鳴先輩は目を丸くした。


「あんた、後半年もせんうちに引退やんか。来年は受験生やろ……。

 うちがおるうちはそんな事全く言わんかったやんか」


 いや、ごもっともだよ。もっと早くその気になれって言うのはわかる。

 その代償は今年痛いほど味わった。先輩が卒業してからはろくに幽霊退治も出来てないし呪いの対処も出来ていない。


 俺がこんなことを言い出すのはまさしく今更だった。


「まぁ、やろうと思って遅いこともないやろうし別にいいんやけど」


 まだ湯気の残るコーヒーを一気にあおってぷはーと息を吐く。まるでビールでも飲み干したかのようないい飲みっぷりである。この人まだ未成年だけど。


「前も似たような話したやんな。覚えとるか?」


「ええと……オカルトは根本を解決するのがベストだって話でしたっけ?」


「そそ。

 生前の未練を残した幽霊ならそれを晴らしてやればいいし、呪いの元凶があるんならそれを断つ。それで怪異はなくなる」


 宙を人差し指でクルクルと遊ばせながらのご講義は些か様になっている。

 側から見れば怪しい宗教のレクチャーにも見えるだろう。


「そんで、オカルトはほとんどが人間によって生み出されている……でしたっけ?」


「なんや、そこまでわかっとるならもうなんも教えることはないよ」


「そうかもしれないんすけど、もっとこう……なんて言ったらいいかな、先輩みたいにどんなオカルトにも屈しない方法を知りたいんです」


 いざ凶悪な霊と対峙した時にも臆することなく全てを終わらせる力が欲しい。


「殴りゃいいやん」


 先ほどの話を踏まえれば、空腹で死んだ霊をぶん殴り、愛に飢えた幽霊をぶん殴り、生者への憎しみに満ちた悪霊をぶん殴り……。

 罪悪感とか凄そうだ。


「そんな簡単に幽霊殴れませんって」


「いやいや、意外といける。結構触れるんやて、幽霊」


 物理的な話じゃないんだけど。


「それが無理なら……そうやなぁ、出家したら?」


 本業にするつもりはない。


「でもまぁ火澄、あんたがなんでこんなこと言い出したのか当てたろうか?」


「いや、別にいいです」


「あっきーやろ。これから先、あの子と一緒におるんならどんな幽霊と相見えるかわからんからな。

 ひゅーひゅー! 愛! 愛やな! 愛のなせる技やな!」


 言わなくていいって言ったんだけどな。


「目から鱗よ、あんたを昔から知る先輩としては。正直うち感動しとる!」


 勝手に盛り上がらないでくれ。


「ところでやな、そのあっきーのことなんやけど」


「秋心ちゃんがどうしたんですか?」


「あんた、不思議に思わんか?」


 僅かばかり真剣な眼差しで彼女は言う。


「確かにあの子が息を飲むくらいの美人であることは認めるけど、それでもあのモテ方は異常やないか?

 普通、ファンクラブなんて簡単には作られん。告白なんて、どんなにモテても日常的に受けるもんやない」


「つまり……先輩は何が言いたいんですか?」


 答えはあらかた察していたけれど、敢えてそう問いただす。


「これもオカルトが関係しとるんやないかと思って」


 その言葉に蓋をするように残りのカフェオレを飲み干す。

 その不可思議を追求する気にはならなかった。


 秋心ちゃんが規格外だなんてこと、今に始まった事ではないのだから。



おわり

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