後日談の噂

秋心ファンクラブの噂再び


 ……なんかデジャブだなこの感覚。


 暗闇、不穏な気配、朦朧とした意識。

 ただ俺の記憶が正しければ前回は拘束まではされてなかった気がするぞ。

 手首は後ろ手にきつく縛られている。手首を引き剥がそうとするたび、縄が淡く肌に食い込んだ。


「目が覚めた様だな火澄ひずみ


 聞いたことがある声。再び既視感に襲われる。

 唐突に明かりが灯り、視界は一瞬ブラックアウトした。


「俺たちは!」


秋心あきうらファンクラブだ!」


 あ、やっぱりそうですか。

 懐かしいな、そのポーズ。珍妙なるそのポーズ。


 いつかの副会長を先頭に、前回よりも大人数の仮面達で埋め尽くされた秋心ファンクラブ部室(?)。相変わらず壁一面に秋心ちゃんの隠し撮り写真が貼り付けられている。

 って言うか、天井にも貼ってある。何度見ても気持ち悪い。


「あ、お久し振りです……」


「あ、お久し振りですじゃないわぁぁぁ!」


 うぉっ!? なんだ、いきなり大きい声出すなよ、びっくりすんだろ。

 と、つっこむ事すらままならない雰囲気。、なんだこの仰々しさは……。

 いきなりアクセルを全開に踏み込んで、そのかかとを押し付けたまま副会長は唾を飛ばし続ける。


「貴様ぁぁ! 遂に我らが秋心さんに手を出した様だな!? しらばっくれても無駄だぞ! 裏取れてんだ裏ぁ!!」


「お前クリスマスに秋心さんと出かけるそうだな! デートか!? デートなのか!?」


 ええぇ!? 情報早くない!?

 俺、まだ誰にも話してないんだけど!?

 彼等のあまりの気迫にとりあえず惚けることにした。


「い、いやぁなんのことだか……」


「嘘こけこの塩鯖野郎! こっちは秋心さんから直接聞いてんだよ!!」


「一人の勇者がクリスマスの予定を聞いてみたら『火澄先輩と予定があるので無理です』って断られてんだよぉぉ!」


「当人はあまりのショックでまだ寝込んでんだぞ! どう責任取るんだコラァァ!」


 し、塩鯖野郎!? 何その罵倒、初めて聞いた……。

 って言うか、なんてこと風潮しちゃってんの秋心ちゃん……。浮かれすぎだろ。

自分の立場と俺の身の危険を考えて行動して欲しいものである。


「今回は会長の助けも来ないぞ! これを見ろ!」


 前回、秋心ファンクラブ会長にこっぴどく叱られたはずの副会長は鼻息荒く一点を指差した。


「あ、すみません火澄さん。捕まっちゃいました」


 後前のちまえさんだった。

 仮面を被ってはいるけれど一目瞭然である。なんなら、一目無くても声と喋り方ですぐわかる。


「いや……のち……じゃなくて会長さん、紐ゆるゆるじゃない? それ捕まってるって言えるの?」


「あぁ……捕まっちゃいました」


 お前逃げ出せるだろ簡単に。

 何故かはわからないが、今回は彼女はあてにならないらしい。と言うかノリノリである。


「やっと自分の置かれた状況を理解できたか!?」


 確かにこれはやばいかもしれん。

 後前さんのそれとは裏腹に俺の縄はしっかりと固定されていてイスから身動き一つ取れない。これ犯罪だろもう。


「いやいや、あのもっと平和的にですね……」


「だまらっしゃい! 我々の気持ちが、悔しさが、悲しみが……わかるか貴様なんぞに!」


 火に油だ、怒号が凄い。何を言っても無駄みたいだ。

 俺、今日死ぬかもわからん。


「さぁ、理解したのなら言え! 貴様、秋心さんと本気でお付き合いをするつもりなのか!?

 今ならまだクリスマスデートを撤回すれば許してやる! 秋心さんを諦めるつもりはあるか!?」


 ちょっと、エキサイトし過ぎて仮面ずれてるよ副会長。

 うおぉー! と拳を振り上げる他会員達。後前さんのタスケテーと言う棒読みの悲鳴……カオス。

 暴徒かレジスタンスの集会に来てしまったみたいな状況。まぁ、強制連行されてんだけど。


「何とか言ったらどうだ!?」


 俺をここに連れて来た理由はわかった。つまり、秋心ちゃんと仲良くするのを阻止したいらしい。

 そんでこんな実力行使か……自由恋愛ってなんだっけ? そもそも、お前達にお許しをもらう必要なんてどこにもないんだけど。秋心ちゃんの親父さんならつゆ知らず。

 俺を見下ろす仮面(ほとんど機能していない)の男に溜息が出た。


「……あのな、撤回するわけないだろ。諦める? 笑えるぜ。良いかよく聞けよ」


 こんな格好で何を言おうとあまりカッコ良くはないんだけど、武士は食わねど高楊枝……使い方あってる?


「秋心ちゃんは俺のもんだ」


 静寂が走る。


「そうか……ならば覚悟をしろ」


 言ってしまった。

 もういいや、煮るなり焼くなり殴るなり蹴るなりこしょぐるなり好きにしろ。でも、出来れば手加減してほしい。


 奥歯をぎゅっと噛み締めた。


「秋心さんを幸せにする覚悟をしろ!」


 ……ん?


「聞いているのか火澄! 俺達秋心ファンクラブ総勢872人から秋心さんを奪うんだ! 独占するんだ!

 それだけの覚悟をしろ! 死んでも彼女を守ると、幸せにすると約束しろ!」


 予想外の展開。

 って言うかまた会員増えてね? それ、うちの学校の八割位だからね?

 周囲からはすすり泣く声。副会長のズレた仮面の下からも一筋の雫が滴った。


 マジか。


「あ、秋心さんの幸せを願うのが我々の使命だ……。

 本音を言えば貴様を殺してやりたい、でもな……あんな幸せそうな彼女の笑顔を見たら……」


 大号泣。

 ええっと……カオス。


 泣きじゃくり過ぎて声にもならない言葉を口にしているけれど、よく聞き取れん。


「あ、火澄さんご覧の通りです。今副会長が言った通りですので」


 簡単にまとめんなよ後前さん。


「彼女を悲しませるようなことがあれば……わかりますよね?」


 声色を変えずに脅迫されてしまった。

 謎の圧力が彼女の言葉にはあり、緊張感があった。

 元からそのつもりはないんだけど……やばい、自信がなくなってきたぞ。

 平然と後前さんは立ち上がり、むせび泣く男達を尻目に言った。


「あ、それではスペシャルゲストの登場です」


 スペシャルゲスト……?

 嫌な予感しかしない。開け放たれた扉の向こうに視線が集まる。


「……何やってんですか、火澄先輩」


 やっぱり秋心ちゃんだった。


 呆れたような怒っているような微妙な表情でこちらに歩いてくる。

 モーゼの十戒みたいに人波が割れて道を作った。ほんと何もんだよ君。


「……えっと、どこから聞いてたの?」


「お答えしかねますが……先輩、あたしはじゃないですよ?」


 うわぁぁぁぁ! 聞かれてたぁぁぁぁぁ! あのクソ恥ずかしい台詞聞かれてたぁぁぁぁぁ! こ、殺してくれぇぇぇぇぇぇ!


「へぇ、これが噂の『秋心ファンクラブ』ですか……」


 帰りたい帰りたい帰りたい!


 早く縄解いて! 走って帰るから! 帰って枕に顔埋めて足をバタバタさせるから!


「皆さん、今までご迷惑をおかけしました。

 あたしは火澄先輩の『もの』になってしまいますが……」


 や、やめてぇぇぇ! 傷口抉らんといてぇぇ!


「こんなにたくさんの方々に想って頂けていたこと、嬉しく思います。

 ありがとうございました……秋心ちゃんは幸せになります」


 まるでアイドルの引退会見のようだ。ここにいるやつらにとっては、あながちそれも間違いじゃないんだろうけど。


 どこからともなく拍手が聞こえてきて、気が付くと大歓声になっていた。

 もうカオス以外の何物でもない。なんだこの空間。


 心の底から早く帰りたい。


「あ、でも写真は気持ち悪いので全部剥がしといて下さいね」


 どこまでもバッサリ切り捨てる秋心ちゃんだった。



おわり

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