秋心ちゃんの噂(解明編①)
「……消えてしまいましたね」
秋心ちゃんは寂しそうに白い息を漏らす。
空は雲ひとつないけれど、やっぱり星の瞬きは朧だ。
淡笹は、きっとそのうちのひとつになって今も俺を見下ろしている。
最後に見た笑顔は、昨日のように俺に後悔を残してはいない。それでも、交わした言葉が本当の最後を意味している事に疑いはなく、寂しさも嘘ではなかった。
「さようなら……か」
次に会う約束を取り付けずとも、また明日会える関係性にはない俺達は、その言葉の重みを誰よりも知っている。そして、それがない別れには無慈悲な希望という残酷さが秘められていることも。
死者に会えるなんて、簡単に望めることではないし叶ってはいけないことなのだとこの言葉は示していた。
もしかしたら、この言葉から逃げ続けていたのかもしれない。
それでも淡笹の笑顔はきっと、ずっと忘れないだろう。
胸に秘めたまま、彼女の笑顔に甘える事こそが俺への罰であり、宿泊なのだと感じた。
「……秋心ちゃん、本当にごめんな」
どれだけ言葉にしても足りないことはわかっている。
それでも、自分勝手に伝えたい言葉は胸でせき止めることができない。
「秋心ちゃんをたくさん傷つけた。全部、俺のせいだよ。俺の為に、たくさん酷いことを言った。自分を守る為に、正当化する為に」
いつまでたっても弱いままなのは俺だけだった。
淡笹は気付いていた。幸せとは何かと言う難しい問いの答えに。
彼女の笑顔が俺は好きだった。
きっと、俺は淡笹との約束を忘れることはないだろう。ずっと彼女との時を背負って生きていく。
でも、それは過去に縛られる為じゃない。今を歩く為だ。
そして、ここからの未来を一緒に過ごしたい人がいる。
「……まだ、俺には秋心ちゃんを好きだと言う資格があるか?」
秋心ちゃんと二人でいられる幸せを、どうしても手に入れたかった。
淡笹を犠牲にする……それは間違いだ。犠牲にすべきは俺なのだ。罪を彼女に着せるわけにはいかないのだから、幸せを願うという罰を俺は背負って生きていく。
きっと、幸せとはすごく単純なものなんだと思う。理屈をつけて、言い訳をまぶしてあたかも崇高なものに仕立て上げてしまうから手が届かなくなってしまうだけで、意外とあっけなく手に入ってしまうものなのだと気付けない。
手に入りにくいものには希少価値があるけれど、すぐそばにあるものにこそ、大切は潜んでいるのだと信じたい。
そして、何よりも秋心ちゃんにそばにいて欲しかった。
「ありません」
ビックリするくらいバッサリ切られた。
「先輩にあるのは、あたしを好きだと言う義務だけです」
心臓止まるかと思った。
めちゃくちゃ格好悪い告白失敗かと思った。
なんか、モノローグでちょっと格好良いこと言ってしまった事にすごく恥ずかしくなる。
しかし、秋心ちゃんの言葉は、俺に自分を好きでいろと言っていることと同義だ。
とりあえず、胸をひと撫でして彼女の言葉に耳を傾けたい。
「……義務なの?」
「義務です」
即答である。
国民の義務に加え、火澄くんにはもうひとつ義務が課されてしまった。
しかも結構重たいやつ。
「義務を守らないなら、死あるのみです」
罪も重たいやつ。
「……なんか恋愛が義務になっちゃうと愁寂しくない?」
「うっ……た、確かに……」
変なところで抜けている後輩。
どこかロマンチストなひとつ年下の彼女。
無理強いされなくたって、俺の想いはもう変わりはしない。
都合が良くったって良い。難しく考えることはやめにした。
秋心ちゃんが幸せになりたいのなら、俺は幸せじゃなくても良い。彼女の幸せは俺の幸せなのだから。
ただ、俺の幸せが彼女の幸せになる日はそんなに遠くはないし、もしかしたらもう叶っている夢なのだろう。
だから、ずっと言えなかった言葉はもう既にこの世界に姿を見せている。
「秋心ちゃん、好きだ」
「……ビックリするくらい似合いませんね、その台詞」
修復を試みて見ても、やっぱりちょっとカッコいい感じのモノローグすら即座にぶっ壊すね、君。
何度俺は恥ずかしい思いをせにゃならんのだろう。
「う、うるせぇな。こっちだって言い慣れちゃいねぇんだよ」
「まぁ良いんですけど。そんなにあたしのことが好きなら付き合ってあげなくもないですが」
……え、ちょっと待って? なんか話が違ってきてない? 俺が一方的に好きみたいな言い方じゃないそれ?
しかもまだ付き合ってくれとは言ってないんだけど……。
「どうしたんですか? ほら、土下座ぐらいしないとあたしとは付き合えませんよ? いったい何人の男性があたしと恋仲になりたいと考えていると思ってるんですか?
おこがましいとは思いませんか? 火澄先輩ごときが学園のスーパーアイドル秋心ちゃんに求愛するのなんて、不相応だと思わないんですか?」
「ち、ちょっと秋心ちゃん?」
何だろう、すごく懐かしいけど心が締め付けられるこの思い。
「……ここ最近、あんまり罵倒できてなかったんで溜まってるんです。もう少しだけ我慢してください」
なるほどな、それなら仕方ない……って、何が『天邪鬼の呪い』だ、何が好きな人に素直になることの大切さだ。仕方ないことあるか。
君、今までも単純に俺を罵倒するのが楽しかっただけだろ。
でもなんだ、俺この感じ嫌いじゃないよ。
俺の好きな秋心ちゃんは、いつもこんな調子だったんだから。
「何ニヤニヤしてるんですか? あ、あれですか!? 恋仲になったとしても、あたしはそんなに簡単に体を許したりしませんからね!? な、何考えてんですかこの変態!
見損ないました、あたしの体が目当てだったんですね!? もう一回淡笹さんを召喚しますよ!?」
「待て待て待て待て! さすがに被害妄想が過ぎるだろ!? それに俺、そう言う意味で言えば胸が大きい方が好き……」
「……は? 今なんて言いました?」
しまった。
「あ、嫌なんも言ってない……」
「今なんて言いました?」
めちゃくちゃ怖い。目が笑ってない。
「いやあの……俺は別に秋心ちゃんのこと、見た目だとかプロポーションで好きになったわけじゃないって意味だよ」
「うっ……なるほど、上手い切り返しですね」
助かった……。
「でも、胸は小さいと思ってるんですね」
助かってなかった。
「このことはゆきちゃんに報告します」
そう言って俺の鳩尾をひと突き。
殴っておいてチクるなんてそりゃないぜ……。
「あと、オカルト研究部はやめないでくださいね」
うずくまる俺を見下ろしながらそう言う。
さっきまでの話だと、秋心ちゃんは幽霊とか嫌いって事だったのにそれはどう言う風の吹き回しだろうか。
「あたしには、あの場所を思い出にするにはまだ早すぎるから」
秋心ちゃんの笑顔が月と重なる。
空には相変わらず細々とした星の瞬きが隠れている。
これもまた、天邪鬼の呪いなんだろう。
そんな事を考えた。
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