初恋の人の噂
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こうなる事を予想してなかったわけじゃない。
火澄先輩が、こんな答えを出さないだろうなんて、たかを括っていたわけじゃない。
淡笹さんという人が、先輩にとってどれほど大切な人なのかなんて、想像できなかったわけじゃない。
火澄先輩が呆れるほど優しい人だなんて、知らなかったわけじゃない。
それでも、こんなに悲しいのはなぜだろう。
先輩の幸せはあたしの幸せのはずじゃないか。
ただ、欲をかいてあたしの幸せが先輩の幸せになれば良いなと思っただけだ。
先輩が選んだモノを、認めてあげるべきじゃないか。
いいんだ、また、ひとりぼっちに戻れば良いだけだ。
明日からはまたひとりで生きていけば良いだけだ。
恋なんて、一瞬の熱病に過ぎないんだから。
それこそ、月日が流れればただの思い出になるんだから。
辛いのは今だけだ。
それでも
それでも、あたしは火澄先輩のことが好きだった。
本音も言えないくらい、あなたのことが好きだった。
息もできないくらい、あなたのことを考えていた。
涙も枯れないくらい、あなたに恋をしていた。
後悔していないと言えば嘘になる。
気持ちを打ち明けなければよかったと、思わないわけにはいかなかった。
さすれば、二人で過ごす時間はまだ続いていただろう。
恋人になんてなれなくて良い。ただあの部室で二人、同じ時間を歩めれば良い。
その願いはもう、木枯らしに消えた。
瞬きも待たず、大粒の涙がボロボロと溢れた。
嬉しかったな。
先輩が、あたしのことを好きだと言ってくれた。好きだったと言ってくれた。
こんなに嬉しいはずなのに、涙が灼けるように熱いのはなぜだろう。頬は溶けてしまいそうなほど濡れて、冷たい夜風が熱を冷ましていく。
あたしはこんなにもあの人のことが好きなのに、どうして世界はそれに応えてくれないのだろう。
これまで、たくさんの人の想いを無下にしてきた報いだろうか。
それならば、ファンクラブなんていらないし、コンテストで優勝できなくても良かった。
あなたにだけ、見ていてもらえればそれで良かったのに。
想いは通じ合っていたはずなのに、どうしてこんな結末になってしまったのだろう。
それでも、今でもあなたのことを想っている。
きっと、あの人はこの気持ちを、決して報われることのない想いを抱えたまま今まで生きてきたんだ。
こんなに辛い想いを、苦しい心をずっと、ずっと。
それを知ってしまった途端、嗚咽が漏れてしまった。
「……諦めきれるわけないじゃない」
あたしがそう嘆くように、火澄先輩も同じ気持ちを抱いている。
「……忘れられるわけないじゃない」
あたしがそうもがくように、火澄先輩も同じ悲しみを背負っている。
矢印の向きが違う同じ感情を、あたしと先輩がそれぞれ認識した夜。
先輩の恋は終わることを許されず、あたしの想いは紡ぐことを許されなかった夜のこと。
何か抗う術はないかと必死で考えて、切り立った崖に行き着く度に涙が零れた。
あたしは、どうしても火澄先輩のことが好きだった。
これがあたしの初恋だった。
つづく
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