初恋の人の幽霊の噂
初恋の人の幽霊の噂(提起編)
「……今日は一段と冷えますね、
いつもの放課後。
いつもと同じ様に、俺は秋心ちゃんと二人。校外へオカルト探索へ足を運ぶ。
ただ、今日は特別な日だ。
明日は
今日は一年で唯一、彼女の幽霊が
三年もの間、もう俺の前から去ってしまった彼女をずっと追い続けて、その途中俺は足を止めて、ただ遠くから彼女を見つめることしかできなかった。それが、今日一つの終わりを迎える。
動悸が止まなかった。その振動は膝まで伸びて、ただただ歩調を緩める。
口数の少ない俺に合わせてか、いつもは饒舌な秋心ちゃんも言葉少ない。
移りゆく街並みも足早に過ぎる季節も、今は懐かしさが勝り妙な胸騒ぎを付け足した。揺れる秋心ちゃんの白いマフラーを追いかける様に、一歩一歩を踏みしめる。
まだ、秋心ちゃんから言われた言葉を思い出すには早かろうか。
淡笹の笑顔とその言葉を何度も反芻して今に至る。
幸せとはなんだろう。
秋心ちゃんの幸せを聞かされた事は、俺にとって大きな意味を持つ様に思う。
俺の幸せは彼女にとっての幸せであると、秋心ちゃんは言う。秋心ちゃんの幸せは、俺ににとっての幸せになり得るのであろうか。
俺の幸せを淡笹は喜んでくれるのだろうか。
それが、その幸せというやつがたとえこんな形であろうとも、彼女は祝福してくれるのだろうか。
俺が抱えるのは罪悪感なのだろうか。
今、確かに俺には後悔が満ちている。
オカルトなんてものに触れる事なく、あの日以降を生きていたのなら、もしかしたら淡笹の事を引き摺らずに来られたのかもしれない。諦めという格好の悪い言葉で、くたびれたスニーカーを履き替えることができたのかもしれない。
それができなかったのは俺の弱さの所以だと、それは痛いほどよくわかっている。
淡笹をあの中庭に縛っているのが俺だという事を信じたくなくて、でも彼女との約束……『淡笹 薫がいた事を忘れない』という誓いを守るためには余りに矛盾が大きすぎた。
じゃあどうすればいいって言うんだ。
淡笹を心に残す限り、彼女はこの寒い夜にあそこにひとりぼっちだ。
一年に一度会えるだけで満足だ、なんて彼女が口にしてしまうのなら、俺達は織姫と彦星にもなり得るだろう。それが彼女にとっての幸せであるのなら、甘んじて享受してしまうほど俺は弱く、不安定な存在だ。
でも、彼女を暖かい雲の上に見送るためには、その姿から目を逸らさなければならない。
彼女の幸せというものを、俺が勝手に測って作り上げて押し付けてしまうほどの強さを持ち合わせていなかった。
でも、秋心ちゃんは違った。
彼女はとても強い。羨ましいくらいに、憧れるくらいに。
その二つのジレンマに苛まれながら泣いた日々は数知れず。
秋心ちゃんと二人で歩んで行くことが、いかに優れた解決方法かなんて自分に言い聞かせてみたりして、それを正当化しようとするここ何ヶ月かを白く染めてみたりもして、肯定は諦めにも近いものだと悟る。
俺にとっての幸せと、淡笹にとっての幸せ。そして、秋心ちゃんの幸せを一つの紐で括ることなんてできないとわかっているから、今俺が考えなければいけない事はひとつだけだ。
「……着いちゃいましたね」
青白い光に包まれて目的の地へ辿り着く。
秋心ちゃんは、そこで俺を見つめていた。
「……行こうか」
その言葉を待っていたかのように、彼女は俺のかかとを追いかける。
病室からはカーテン越しの薄い明かりが燃えていて、いつかの俺たちもあそこにいた。
今、その窓のひとつひとつにはあの頃の俺と淡笹がいて、そろそろ面会の終わりだと名残惜しく二人見つめ合っている。
また明日、と手を振る喜びを彼等はまだ知らない。そこに悲しみしかないなんて嘆いている。
きっとその先には希望があるのだと信じているから、点々と落ちた幸せを見逃してしまうのだ。そのひとつひとつはとても掛け替えのないもので、今俺がどれだけ望んだって手に入れることができないものだなんて、夢にも思っていないのだ。
木々の生い茂る中路を抜けて、点々と灯る明かりを頼りに靴底を減らす。息が白く漏れる度、俺の中の何かが抜け落ちて行く様な気がした。
確かに感じるのは秋心ちゃんの足音と、空気を伝わるその視線。嗚咽を噛み締めながら、一つのベンチに視線を移す。
「……久し振り、淡笹」
そこに腰掛け俯く少女に、そう声を掛けた。
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