ある秋の日のこと(今)
「朝起きたらさ、母さんが青い顔して言うんだよ。『淡笹さんが亡くなった』って。
信じられるはずなくてさ……一月ぐらい前から容態が良くないことも知ったたんだけど、まさかその日が来るなんて思ってもみなかったんだよ。
彼女の病気が治らない事も、先が長くない事も、ずっと前から知ってだはずなのに、心の準備なんか出来るはずなくて、したくなくて、だからあの時は……」
思い出すのは、その時の感情。いや、忘れていたわけじゃない。触れないように心の引き出しにしまいこんでいたものを、ほんの少しだけ覗いただけだ。
「悲しかったなぁ……」
それでも思い出にしたくて、ずっと抱きかかえていたら潰されてしまうことがわかっていたから、なるべく考えないようにしたくて、でも、そんな自分は許せるはずがなくて、今日まで俺は息をしている。
秋心ちゃんは黙って聞いていた。
作り出された沈黙の中で鼻をすするのがとても恥ずかしかった。
枯れることのない涙が、俺の想いなのだと自分に言い聞かせる毎日を今日も繰り返している。それは、秋心ちゃんの目にどう映るのかも知っているのに、何が答えなのかを導き出せずにいた。
「ごめんな、こんな話しされても困るだけだろう。いつまでも女々しい男だと笑ってくれ」
袖で目頭を拭う。無理矢理に釣り上げた口の端がしょっぱかった。
「……ありがとうございます」
彼女はようやく口を開く。
「話してくれて、ありがとうございます。辛いでしょう……なんて、あたしが言えた言葉ではありません。
それでも、先輩が話してくれたことをあたしは……とても嬉しく思います」
その最後にあたしは自分勝手な人間ですから、と付け足された。
「自分勝手だから、あたしは淡笹さんに譲りたくありません。負けたくないんです。
自分勝手だから、先輩に幸せになってほしい。火澄先輩の幸せを勝手に決めてしまってでも。
あたしといることを、先輩の幸せにしてしまいたい」
寂しげな微笑みは夜の校舎によく映えた。
「それがあたしの幸せなんだから」
明日は必ず訪れる。
明日は必ず、答えを出すだろう。
そこでたどり着く先に何があるのか、それはたまらない恐怖を彩っては塗り潰している。
繰り返し繰り返し叩きつけられた淡黒い感情は、これからどんな色に染まるのだろう。
明日、全てがわかる。
明日、全てが変わる。
つづく
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