真倉北高校オカルト研究部の噂(調査編)


「なんだかんだで、結構やばい幽霊とかもいたよな」


「はい。鬼に追いかけられた時は正直駄目かと思いました。火達磨も然り、裸足女の時に先輩と連絡が取れなくなった事にも肝が冷えましたよ」


 よく考えたら生きているのが不思議……とまでは言わなくても危ない橋を渡っていたんだな。こんな部活動あってたまるか、そりゃ非公認のままだっての。

 オカルトと生き死にはどうしても切り離せない距離にある。オカルトと恐怖が混ざり合っている以上それは仕方のない事で、つまるところ死は恐怖と等しい事になる。

 とても悲しい事に。


「あの鬼ごっこの男の子は何者だったんでしょうね」


「さぁ……今度雪鳴先輩にでも聞いてみるかな」


 あの人なら何かしら知っているだろう。困った時の先代部長だ。

 あ、でも今後は手を貸してくれないとか言ってたな。しかしなんだかんだで世話焼きな人だから、結局は面倒を見てくれる気もするし、そんなことない気もする。

 雪鳴先輩はいつも正しい答えを持っている。それは校則を守るとか破るとか、そんなミクロな話ではなくてもっと宏大な、空間的なものではない何かなんだけれど、それを言い表す術はない。

 神様がいれば、それは多分雪鳴先輩にとてもよく似た人物なんだろうなとか、そんなことを考えたりする。

 そんな大それた想像をかき消す様に秋心ちゃんは漏らした。


「ゆきちゃんに初めて会った夏合宿……ついこの間の事のようですけど、気がつくと冬になってますね。月日が経つのは早いです」


 雪鳴先輩とももう二年近い付き合いか。去年は俺が秋心ちゃんの立場だったはずなのに、今年の後輩ちゃんときたら、まったく先輩に恵まれたな。部長が俺で良かったよ。

 ……まぁ、雪鳴先輩も後輩が俺じゃなかったらそこまでぞんざいな扱いをしないんだろうけど。異様に仲が良いし、君等。


「楽しかったですよね、海。来年も行きましょうね」


 思い返すのはあの海で秋心ちゃんが話した『天邪鬼の呪い』の話。まず、呪いの享受は秋心ちゃんについてだと思って間違いないだろう。

 その具体的な何某も、今それがどうなっているのかも、どうすれば呪いが解けるのかなんてことさえわからないまま彼女の言う様に時間は矢の如く過ぎ去った。

 俺が秋心ちゃんに与えることが出来たものが何かあるのかなんて考えるほどに、ただ胸が苦しい。


「夏休みも色々したよなぁ……」


 肩を落としていた終業式の放課後。秋心ちゃんはとても悲しそうに見えた。

 少しでもその寂しさを紛らわせることが俺には出来たのだろうか? 少しでも、彼女の為に何かできたのだろうか?


「夏祭りは珍しく別行動だったよね」


 珍しく……という言葉に僅かばかりの想いを込める。君が俺の当たり前になっているのだと、口にするのはあまりに恥ずかしいからそんな物言いになってしまうことを許して欲しい。


「ふふ、先輩あの夏祭りの日にあたしに言った事覚えてます?」


 俺の隠した心なんか知らない様な、あどけない笑顔が映った。


「えっと……『来年は一緒に花火を見よう』って話?」


「あら、てっきりもう忘れてしまっているのかと思ってました」


 そんなに驚かなくても良いんじゃ無い? いくら俺の記憶力がガラクタだと言ってもそれくらいは覚えているさ。

 あの時、改めて実感したのは秋心ちゃんと一緒にいる時間の大切さそのものだったんだから。今しがた言葉に込めた想いはあの暑い夜にまで遡るのだ。


「ちゃんと楠の下で見ることが出来るようにしないとですね」


「どこで見ても同じだと思うけど」


 それは嘘であり本音でもある。

 二人で見れば結ばれるなんてジンクスを手放しに信じられるほど俺達は気楽では無いはずだ。だから、あの樹の下で夜空を見上げようとも何も変わらない。


「あたしは少しでも可能性を上げておきたいんです。一応女の子なので、都合の良いジンクスくらい信じたって良いでしょう?」


 そんな捻くれた想いも彼女は簡単に飛び越していく。

 それで良いんだろう。きっと、それでこの世は上手く回っていく。

 秋心ちゃんの言葉に少しばかり照れ臭くなり、話題を無理矢理に逸れさせた。


「ジンクス……そう言えば色々な呪いとか御呪いも試してみたよね。さっきの紙飛行機とか」


「あとは腕相撲とかですか? あの時はぬかりましたが、今なら負けませんよ。一丁やりますか?」


 遠慮しとこう。

 また秋心ちゃんが悶絶する姿を見るのは目に毒だ。

 俺は大人なので、そうやって勝ちは後輩に譲る事にする。


「先輩に呪いの葉っぱがたくさん送られて来たりもしてましたよね。あと、心霊写真も。いったいどれだけ恨まれてるって言うんですか?」


 秋心ちゃんはポツンと置かれた写真立てに目を移して笑った。

 二人が並んでいる写真には、俺たちの他にもたくさんの魑魅魍魎が写っている。全てが恨めしそうに俺を睨んでいた。

 これが秋心ファンクラブの陰湿な活動の賜物だと言うことはまだ彼女には伏せてある。間違えても、あんな悪趣味な部屋の存在は本人に知られるべきじゃ無い。

 余談だけれど、文化祭のミスコンの後、更に会員は増えたそうで俺にも二次的な被害が及んでいる事を文句言いたい。ただ、クレームを付ける部署がわからないからただ悶々としているけれど。

 あぁ、秋心ファンクラブのポーズがまた見たいなぁ。


後前のちまえさんが撮ってくれたんですよね、あの写真」


 生粋のポーカーフェイスにして影の支配者後前さん。秋心ちゃんファンクラブの会長様である。

 たまに顔を合わせることはあるけれど、依然として何を考えているかわからない人物だ。

 ああ言う人物が、将来大物になるんだろうなぁ。まぁ、悪い人じゃ無いしそれはそれで期待しておく事にしよう。


「後前さんとは仲良くしてるの?」


「えぇ、まぁ。たまに撮った写真を見せてもらったり、譲ってもらったりしてますよ」


 一体何の写真を取引してるんだろう。

 やっぱり得体が知れないからなかなかに不安になる。ファンクラブの一件なんて忘れてしまいたいくらいだ。


「秋心ちゃんが一番しんどかった噂って何?」


「うーん……椎茸の人ですかね……」


 ジロリと乾いた目線が配られる。

 珍しくも俺が提案した調査がそこまで彼女にダメージを与えていようとは、苦笑いしかできない。

 噂の当本人も秋心ちゃんファンクラブの会員だったし、やっぱりあの集団に関わるとろくな事がないな。


「校内でも色々ありましたね」


「秋心ちゃんが幽霊をビンタで成仏させたりね」


「ひ、人聞きの悪い。たまたまです。たまたまそうなったんです。先輩にもビンタしたいくらいです」


 そこにたまたまと言う偶然性は欠片もないじゃんか。明確な被虐の意志のもとの暴力だろ。俺まで現世からサヨナラさせるつもりかよ。


「椎茸みたいによくわからんことも多かったな。特に動物が絡むとろくなことがないよ、オカルトって」


「動物?」


「野良犬のキメラだとか、二本足の金魚だとか」


「ありましたね! うわぁ、なんだか懐かしくてワクワクして来ちゃいました!」


 ワクワクはよくわからんけども、確かにこうして思い出話に身をやつすのはなかなか悪くない。

 そしてその間も夕日は沈んでいく。

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