真倉北高校オカルト研究部の噂

真倉北高校オカルト研究部の噂(提起編)


火澄ひずみ先輩、お疲れ様です」


 ドアを開けて秋心あきうらちゃんが姿を見せた。

 いつもと変わらない放課後。肌寒さは落陽とともに語気を強めて世界を覆い始める。校庭では、裾を撫でるような風にさえ人々は背中を丸め足早に通り過ぎていく。

 鼻まで赤くしながら、秋心ちゃんはマフラーを口元まで持ち上げ言った。


「もうすっかり冬ですね。この部室ももう少し暖かければ良いんですけど」


 古い校舎は隙間風も我が物顔だ。学生服にセーラー服では厚着にも限度がある。コートやジャンバーを着込んでの登下校もそろそろ考えなくてはならない。


「去年はストーブとかコタツとかあったんだけど、雪鳴ゆきなり先輩が持って帰っちまったんだよ。まぁ、もとからあの人の私物だったし、そもそも持ち込みは禁止されてんだけどね」


「あぁ、ゆきちゃんらしい。あたしも持ってこようかな」


 ナイスアイデアと言わんばかりに手のひらを鳴らす。

 やめてくれ。

 ありがたいっちゃありがたいけど、校則はなるべく守った方が良い。雪鳴先輩については、校則を光速で飛び越えていったから止める暇がなかっただけだ。あの人は縛られると言うことを知らないからなぁ……。


「ところで、今日もまた何か噂を仕入れてきたの?」


「そんな毎日毎日不思議な事が起こるわけでも、噂が飛び交っているわけでもないでしょう? 手ぶらです。

 何ですか? まさか火澄先輩がそれに不満があるわけでもないですよね?」


 勿論あるわけない。普段から特に面白いオカルト提供をできていない俺が大層なことを言えた義理じゃないし。

 なんたって、平和が一番だよ。何事もないならそれが一番嬉しい。

 便りのないのが元気の便り……ってのは使い方を間違えてんだろうけど。


「それもそうか。別に何もないんなら良いんだよ。

 でも秋心ちゃん、今までおばけやらの噂なんてひっきりなしに集めてきてたじゃんか? どうして今日に限って?」


「今日はたまたま何もない日なんです!」


 力技だ。しかし火澄君、この強引さには滅法弱い。今まで何度組み伏せられたことか……たまには反旗を翻してみたいものだけれど、いかんせんその旗が無い。あるのは白旗だけ。

 つまるところ、黙って謝るしかないのだ。


「沈黙は反抗として捉えて良いんですね?」


 攻撃するチャンスを作りたがるんじゃないよ。どこの国だ君は。無抵抗な人は殴られることを享受しているわけじゃないぞ。


「い、いやはや、今までたくさん噂を集めてくれてたから、ありがたいなぁって思ってただけだよ」


「……そうですね、確かにたくさんの噂話を解決してきましたね」


 対して解決もしてない気がするけど。

 でも、毎日のように幽霊や怪奇現象を追いかけていたのは事実。

 その数だけ俺たち真倉北まくらきた高校オカルト研究部は活動をして、費消した時間はつまり二人で一緒にいた時間なのだ。


「火澄先輩、初めて会った日のことを覚えていますか?」


 秋心ちゃんは楽しそうに言う。

 いつもの椅子に腰掛けて、いつものように悪態を吐き、いつものように笑っている。


「あれだろ? 秋心ちゃんが部活の勧誘から逃げ込んできた日の事だよな?」


「はい。確かあの時、先輩は奇怪な踊りを踊っていましたよね」


 ……そうだったっけ?


「正直、あたしはなんでこの部活に入ろうと思ったのかを覚えていません。こんな変な人しかいなくて、活動内容もよくわからない……そんな部活に入って、それが今日まで続くなんて想像もしてませんでした」


 疑問を抱くのは俺の方だ。どうして秋心ちゃんはオカ研なんかに入ったんだろう?

 本人がわからないんなら、きっともう解明されることもない謎なんだろうけれど。


「でも、後悔はしてませんよ? この部室に来るようになって、毎日が楽しいんです」


 俺だってそうだ。

 そんな風に笑うことは俺にはできないけれど、きっと秋心ちゃんと同じ気持ちを持っている。

 不思議に指で触れる度に後悔をして、面倒臭くなって、でも思い出はどれも亡くしてしまいたくない。だから、大切なものだと言えるに違いないんだ。


「青い醤油の噂……とか覚えてます?」


「あったなぁ、そんなの。まさかスーパーで普通に見つけられるとは思ってもみなかったけど」


「先輩ったら、いきなりそれを舐めちゃうんだから焦りました。噂は全てが本当なわけないんだから……もしもあれが毒だったら死んじゃってましたよ?」


 毒なら毎日浴びているから抗体ができている。秋心ちゃんから嫌という程浴びせかけられているからね。

 ちょっとやそっとの毒なら俺には効かないさ。今ならフグだって踊り食いできるよ。


「街外れの廃墟にも行ったよな、真夜中に自転車で」


「二人乗りして!」


 道路交通法なんとやら。良い子は真似をしてはいけないぞ。


「あの後、あそこで死体が見つかったんですよね。よくよく考えると恐ろしい話ですよ」


「本当だよ。

 そういやあの館、今度取り壊されるらしいぞ。そんなことがあったからかは分からないけど」


「へぇ……なんだか、ひとつ思い出が消えちゃうみたいで少しだけ寂しいですね」


 時は当たり前のように過ぎて姿を変えていくと言うことを知るには俺たちはまだ未熟過ぎて、でも子供扱いされるには違和感があるような過渡期を生きる。

 何かを諦めることが出来ない時期……すなわち青春とか呼ばれる日常を手放さないように必死で這っている。何一つとしてこの腕から零したく無いと傲慢でいられるのはこの貴重な時間だけだ。

 それを一番思い出させてくれるのは秋心ちゃんだった。


「紙飛行機を投げたら恋が叶う神社とかありましたよね」


「あぁ、秋心ちゃんに酷い仕打ちをされたあの神社な」


「覚えてませんね」


 俺は忘れないぞ。いじめられる方はいつまでも覚えてんだからな。

 おかげで俺宛の恋の紙飛行機は届かなくなってしまった。


「一通だけあった火澄先輩宛の飛行機……あれはきっと木霊木こだまぎさんのものだったんでしょうね」


「えぇ? って言うかさ、木霊木さんってさ……」


 言いよどんでいると、秋心ちゃんはムッとした表情で俺を睨み


「火澄先輩のこと、好きに決まってるじゃないですか?」


さも当たり前のようにそう言う。

でも、俺にはそれがちゃんと理解できていない。俺が木霊木さんを想うのは……思ったふりをするのは勝手なんだろうけれど、そのベクトルが逆に向くことはなかなかに想像しにくいからだ。


「紙飛行機の相談に来たのだって、好意をアピールするためですよ。先輩にわざわざ現場に向かわせて、紙飛行機を見つけさせたかったんでしょうね」


 秋心ちゃんは『小癪な真似を』と付け足した。


「あの人、事あるごとに先輩に突っかかって来て……ほんと、あたしからすれば迷惑な話です」


「そんなもんなのかな」


「そうですよ! だって火達磨の件だって大変だったじゃないですか!」


 不機嫌になりがちな秋心ちゃんの熱弁を聴きながら、本音を漏らさないように苦笑いを漏らした。


 あの火達磨、原因は秋心ちゃんだよ。

 君が木霊木さんに嫉妬してることくらい気付いてたさ。秋心ちゃんからの好意には既に気付いていたその頃、仲良くしているクラスメイトに向けられる敵意の意味を無視していたのは、つまり秋心ちゃんからの好意を無視していたことと同じ理由だ。

 でも、その嫉妬心が具現化した姿が、あの燃え盛る人影なんだ。論拠としては、俺の関心が秋心ちゃんに移れば火達磨が消える……答えにしてみれば簡単な道理だろう?

 火達磨の原因は、不誠実な俺にあったと言うことだ。

 秋心ちゃんは気付いていないみたいだけどさ。


「木霊木さんをあんまり責めてやらないでくれよ」


「……わかってますけど。でも、気に食わないものは気に食わないんです。仕方ないじゃ無いですか?」


「まぁまぁ、オカルトに関してはやっぱり秋心ちゃんの方が何枚も上手うわてだってわかってるからさ」


 だって秋心ちゃんはオカルトを生み出す力があるんだから。

 いや、本当のことを言えばそんな力は誰にだってある。雪鳴先輩が言っていた、人々に語られるからこそ怪奇は生まれる。だから、秋心ちゃんじゃなくても、誰だって怪奇現象を生み出すことは出来るのだ。

 ただ、秋心ちゃんはその力が異常に強い。

 俺達が頻繁にそう言ったオカルトに出くわしていた理由も十中八九それが理由だろう。あまつさえ『お剥かれ様』なんて神様を作り出しちゃうんだから末恐ろしい。

 そしてそれを自分たちの手で解決しようとしている……なかなかに業が深い。


「つい先日もあの人の偽物が来たでしょ? いったいどれくらいあたしの邪魔をすれば気がすむのやら……」


 いや、それも違うぜ秋心ちゃん。

 むしろ、あれは君の為に現れたんだから。つまり、あのドッペルゲンガーも秋心ちゃんが作り出したものなんだよ。

 君は自分では俺に確かめることが出来ないことを、あんな不気味な存在を用いてまで聞き出そうとしたんだ。俺の木霊木さんへの気持ちだとか、人を好きになる気持ちだとか……。

 君の中の木霊木さんを具現化した姿があれだけ不気味になってしまったのも、隠しきれない敵意の表れだったんじゃなかろうか?

 秋心ちゃんは強い人間だけれど、心の奥に潜む弱さは誰もが隠しているもの。それを表に出してしまうことが、本人の意思以外であってはならない。だから、この原因が君であることは絶対に口にはしない。

 君の弱さに君は気付いてはいけない。


 あとは……俺の気持ちにも


 秋心ちゃんは気付いていないだろうね。

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