いつもと違う噂
いつもと違う噂(提起編)
「雨が降ったせいか、ここ何日かで随分と寒くなりましたね。風邪で欠席する人がちらほらです。
彼女の言う通り、今日は俺の教室にも空席が目立っていた。急に冷え込んだかと思えば翌日には日差しが降りて、すぐにまた寒気が襲う今日この頃。
服装にいちいち気を付けなければならないのが億劫で嫌になるね。
あと、
それにしてもこんな優しい言葉をかけてくれるなんて、いつもと違うな秋心ちゃん。
「まぁ、馬鹿と火澄先輩は風邪をひかないと言いますから心配は無用でしょうけど」
いつも通りだった。
「おい、ちょっと待て……何で俺を馬鹿と別枠にした?」
「そんな、先輩を馬鹿だと言わないように配慮したつもりだったのに……。そこまで言うなら、訂正します。先輩は馬鹿なので風邪をひかないんですよね?」
いらん指摘をしてしまったばかりに揚げ足を取られてしまった。
こう言うところで頭が回るからこの後輩には参る。
「それとも、風邪より馬鹿な事を心配するべきですか?」
やめろ、追い打ちをかけるな。
秋心ちゃんと俺はいつものやり取りを続ける日常に戻った。それはそれで何となく寂しいし悔しいけれど、言い出しっぺは俺なので何も反論はできないのが辛いところ。
相変わらず俺を責め立てるマシーン秋心ちゃん。
「秋心ちゃん、あんまり人を馬鹿馬鹿言ってると、本当に馬鹿になっちゃうぞ?」
俺がな。
「そんな慣用句ありましたっけ? 『馬鹿って言う方が馬鹿』と言うのはよく耳にしますが……誰が馬鹿ですか! 失礼もほどほどにしてください!」
じ、自分で言い出した事に勝手に腹を立てるな。俺、ひとかけらも非がないぞ。ここまで過失割合が分かれることも珍しいんじゃない?
「ところで、今日のあたしはいつもとどこか違います。わかりますか?」
その場でくるりと回ってみせる秋心ちゃん。勿論横回転だよ。いきなりバク宙する様なアグレッシブな部員はうちには存在しない。
マフラーはここ何日か毎日身に付けているから違うだろうし……。
「いつもと違うところ……か、髪型変えた?」
「変わった様に見えますか?」
見えません、すみません。
「えーと、じゃあ……少し太っ……」
「破り棄てますよ」
何その物騒な忠告の言葉。
「太ってません! て言うか、女の子に向かって何てこと言ってんですか!? 信じられない、最悪です!」
あ、この怒りようは本当に太ったんだな。
見た目ではわからないけど、女子って体重の微妙な変化を気にするし……まぁ、地雷っちゃ地雷なんだろう。たとえそれが秋心ちゃんだったとしても。
「ごめん、素直に悪かった。秋心ちゃん超スレンダー! 今日も明日もスレンダー!」
機嫌を直すのにしばらくかかったので、その様子は割愛する。上のようなお世辞を繰り返し述べ続けていたと思ってくれれば良い。
最終的には一発重たいのを
「まったく……それで、正解はわかったんですか?」
見当もつかない。
殴られた胸をさすりながら、次はこんなものじゃあ済まないんだろうと冷や汗が流れた。
……あれ? なんか殴られたところから……。
「秋心ちゃん、なんか今日良い匂いしない?」
「ひ、火澄先輩、何密室で後輩女の子の匂い嗅いで興奮しているんですか!? いくらあたしが超絶美少女女子高生の秋心ちゃんとは言っても、節操がなさすぎです! 少しは自制してください!
ひきます、軽蔑します、訴えます!
あぁ、身の危険を感じます! この先輩に襲われる! 誰か、誰か!」
「ちょちょちょちょちょままままま!」
いきなり何を言いだすんだこの子。
大きい声を出さないでくれ、本当に誰か人が来たらどうすんだ!
退学は嫌だ! 懲役は嫌だ! ご近所さんから後ろ指さされるのは俺だけじゃなくて家族まで巻き込むことになってしまう。
冤罪です、僕は何もしてません!
「まぁ、正解なんですけど」
「な、なら素直にそう言え! 焦ったわ!」
何で正解しても酷い目に合わなきゃいけないんだろう。
この世には地獄しかないの?
「実はゆきちゃんに貰ったボディクリームを使ってみたんです。言わば、あたしは今誕生日プレゼントに身を包まれているわけですね、無敵です」
その装備、防御力は弱そう。秋心ちゃんは裸でも最強の武器(主に精神的ダメージ)を持っているから問題ないか。
攻撃は最大の防御だと言うし。
「冬は肌が乾燥するのでとても助かります。やっぱりゆきちゃんって女子力高いですよね」
じ、女子力!? あの人に!? 無い無い無い、あるわけない。
あるのは
そんな手助け絶対いらない。
「女の子の些細な変化に気が付く事が、モテる男子の必須条件なんですよ? ははーん、だから先輩モテないんですね、いつもいつもぽけーっとしてますもんね。納得です」
うるせぇやい。
俺だってついこの前好きだって告白されたんだ。しかも、その子めちゃくちゃモテる後輩なんだぞ!? と戒めてやりたいところだけれど、そんな恥ずかしい事出来るはずもない。
秋心ちゃんは我が物顔で笑っている。
「でも、まぁ……」
奥歯を噛みしめる俺をチラリと覗いてから彼女は言う。
「勿論、このマフラーもすっごく気に入ってるんですけどね」
マフラーに口を埋めて、秋心ちゃんはわざとらしく斜め上を見上げた。
やっぱり俺は何も言い返す事ができない。口を突くのはこんな言葉だけ。
「そ、そう……そりゃ嬉しい限り……」
だから嫌なんだ、プレゼントを贈るのなんて。だってこんなに気恥ずかしいんだから。
なんだか微妙な空気が流れる。気不味さと言うか何と言うか、二人してこう口を閉ざしてしまうのもあまり経験のないことだった。
いきなり入口のドアが開け放たれる。緊張の糸は弾けて、俺と秋心ちゃんは同時に視線を送った。
「こんにちは、火澄くん、秋心さん」
そこには笑顔の
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