いつもと違う噂(調査編)


「二人はいつも二人でいつも一緒にいるね、とても仲が良いんだね」


 木霊木さんはいつものように柔らかい笑顔で俺と秋心ちゃんを交互に見る。

 動悸が止まらない。なんとも言えぬ緊張感が俺の集中力を追い出した。

 チラリと視線を移すと、秋心ちゃんは少し不機嫌そうに腕組みをしながら様子を伺っている。


「あぁ、まあ今は部活中だし……二人でいる事が多いのは認めるけどさ」


 気不味さに拍車が掛かる。秋心ちゃんは木霊木さんの事が嫌いだ。

 イライラを抑えようと試みてはいるようだけれど、貧乏ゆすりは隠せていない。今にも舌打ちをしそうな雰囲気だ。

 今となってはその苛立ちの意味もわかる。であるからして、俺は苦虫を噛み潰す。

 険悪……なんて嫌な言葉なんだろう。


「そうなんだ! ただの部活の先輩後輩なんだね! ただの部活の先輩後輩なんだね!」


 その笑顔がこの瞬間だけは邪悪に見えた。

 妙な胸騒ぎと異物感が喉で酸素をせき止めている。

 頼むから秋心ちゃんを刺激しないでくれ。ただでさえなんとなく訝しい状況なのに、これ以上この場を掻き乱さないで欲しい。


「木霊木さん、何かあたし達に用事があるんですか?」


 痺れを切らしたのか秋心ちゃんが問う。


「私は火澄くんに用事があってきたんだ。そうだよね?」


 いや、俺に聞かれても……。


「だから、それはどんな用事なんですか?」


 秋心ちゃんの眉間にシワが寄る。木霊木さんの次に俺に向けられた鋭い視線には、首を横に振る事で『我関与せず』を示すことにした。だって本当にわからないんだもん、仕方ないもん。


「用事? 用事ってなに?」


 木霊木さんは言う。

 いやいや、俺に聞かれても……。


「そうだ、用事があったんだった。二人は付き合っているのかなと思って」


 手の平をポンと叩き彼女は寂しそうに笑う。


 俺は何故だか冷や汗をかいて秋心ちゃんを見つめた。

 先日のやりとりが外に漏れたなんて、あり得るはずが無い。俺と秋心ちゃんの他は雪鳴先輩しか知らないはずなのだ。

 雪鳴先輩は面白半分でそれを吹聴する様な人ではないし、言いふらす相手もいない。したらば、それが彼女の耳に届く事も考えられないのだ。

 それなのに罪悪感を覚えているのは、少なからず二人だけの秘密を壊してしまったからだろう。


「あたし達はそんな関係ではありません」


 秋心ちゃんが語気を強めて返した。

 なんだろ、少し寂しい。何を期待していたのかなんてまぁ口にはできないけれど、答えを渋っていた理由が俺にはある気がしてまた口をつぐむ事になった。


「そうなんだ、そうなんだ秋心さん。なら、私が火澄くんに何を言っても、何をしても文句を言う筋合いはあなたにないよね?」


 秋心ちゃんに一瞥いちべつをくれた後、彼女は俺に歩み寄る。

 秋心ちゃんの顔が強張るのが見て取れた。強く結んでいた唇を開け放して、大きな目は更に大きく見開かれている。


「ねぇ、火澄くん。私に何をしてほしい?」


 手を伸ばせば届く距離まで近づいた彼女はニコニコと笑みを絶やさない。


 もうこのくらいで俺の意見を言っておくとしよう。

 この木霊木さんはおかしい、いつもと違う。


「なんでもしてあげられるよ、だって私は火澄くんは私のことをどう思ってるの?」


「ごめん、意味がわからないんだけど……」


「木霊木さん、その辺にしておいてもらえないでしょうか? 火澄先輩が困ってます」


「え? どうしてそんなこと言うの? あなたには何も言う資格がないのに。それに、秋心さんだって、気になっているくせに」


 あぁ、やめだやめだ。もうここら辺で終わりにしとこう。

 秋心ちゃんを責め立てるのなら、こんな茶番はもう終わりだ。


「木霊木さん……なんかいつもと違うね」


「いつもと? どこが?」


 秋心ちゃんは果たしてそれに気が付いているのだろうか。


「強いて言うなら全部……かな?」


 まず、彼女はノックもせずに部室に入ってくる様な真似はしない。

 口にする言葉も支離滅裂。

 見た目こそ普段目にしている彼女のそれではあるが、まるで姿形を真似しただけの偽物の様だ。

 少なくとも、俺が知っている木霊木さんではないと断言する事くらいできる。


「そうかな? 気のせいだよ、火澄くんの気のせいだよ」


 寒気が背筋を走る。あらためて実感する恐怖。

 は彼女ではない。似て非なるモノ。生き写しであるが故、なおのこと恐怖心は確実なものとなった。

 だって、今見せるその笑顔は瀬戸物に映ったから。


「木霊木さん、今日は風邪で学校休んでたよね?」


 決定的な事実を突きつける。

 風邪で寝込んでいるはずの彼女が何故平気な顔をして、制服を着て、俺の目の前であまつさえ微笑みを漏らしているのか。

 どの時点でこの木霊木さんに不信感を覚えていたかと言えば、正直な話が入って来た時からだった。


「お前、誰だ」


 問い詰める。

 場の空気にそぐわない笑顔はまだ貼り付けられたまま。


「……バレたか」


 次に瞬きをした時、木霊木さんの姿は無かった。

 部室には俺と秋心ちゃんの二人きり。

 狐につままれたかのような幕引き。


「……え、なんだ今の?」


 唐突さ加減に更なる戸惑いが身を焦がす。

 秋心ちゃんは肩を震わせる。


「あぁもう! 頭にきます! なんなんですかアレ!」


 そう叫びながら悔しそうに俺の背中をバンバン叩いた。

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