誕生日の噂(解明編)


 先輩の買い物を終えた後、モール内の喫茶店に入った。奢りという言葉に甘えて遠慮せずに一番美味しそうなのを注文することにして席に着く。雪鳴先輩は小さな紙袋を手にご満悦なようだ。


「すみません、ご馳走になります。なんかこの……色々のっててすごいやつを」


「おう、気にすんなや。なんやかんやで買い物も終わったし、今日はありがとな火澄」


「俺、まだプレゼント買ってないんですけど……」


「そうやったっけ?」


 結局、雪鳴先輩は俺のアドバイスなど無視して女子大生らしいモノを選んだ。秋心ちゃんの年頃は少し背伸びをしたがるお年頃なんだそうで、なんかスキンケアとかそう言う関連のものらしいけど、俺には何が何だかわからん。

 そんな店に付き合わされてては俺のプレゼントを探すことができないのは頷けるでしょ?


「まぁ、あっきーに送るもんやしなぁ……悩むに越したことはない。大事に考えんとな」


 なんだかんだで秋心ちゃんなら何をあげても喜んでくれるような気もするけど。意外と良い子だし。

 それよりも、この期に……というわけではないが、雪鳴先輩に確認しておかなければならない事がある。


「先輩、話が変わるんですけど、なにか俺のこと秋心ちゃんに話しました?」


「いや、連絡はちょいちょいとっとるけど思い当たる節はないなぁ……なんかあったんか?」


 相変わらず俺の知らぬところで仲が良いこった。

 その顔は嘘を吐いているそれではない。電話が来た時はもしやと思ったけど、どうやら違うらしい。

 ならば探りを入れる必要もなかろう。単刀直入に切り出すことにした。


淡笹あわざさの噂を解決したいと、そう言われました」


 雪鳴先輩は平静を装っている風ではあるが、その表情には確かに陰りが見えた。それは一瞬の出来事。


「残念やけど、うちはなんも言っとらん。しかし、その噂について知っとるという事は……」


 件の噂について、知っているのは俺と先輩の二人だけのはずだ。ならばどうして秋心ちゃんからそんな提案があったのか。

 雪鳴先輩は思い出したように言う。


「なるほど……あっきー、あれを見つけたか」


 困惑に見せかけた笑みが口元に浮かんでいた。


「あれって?」


「去年の活動日誌」


「そ、そんなのあったんですか?」


「火澄はなーんにもせんかったから、部長のうちがわざわざつけよったんよ。去年調査した事件について、全てな」


 初耳だ。

 まさかそんなものが存在していたとは。あまりマメな印象の無い雪鳴先輩には似つかわしく無い地味な作業。いつもいつも爆破爆破な毎日じゃあなかったんだな。

 しかしなるほど、『去年調査した全ての事件』について書き記してあるのなら、そこに件の噂話について書いてあるのは至極当然だろう。


「そうか、あっきーが見つけたか……」


 雪鳴先輩は考え込むように顎に指を当てた。長い睫毛に照明の光がチラついている。


「……最初の賭けには勝ったってことやな」


「賭け?」


 僅かに見え隠れする言葉を捕まえて釣り上げようと試みる。それが雪鳴先輩に対してはあまり意味のないことも知っている。

 それでも見過ごすことができないのは、この噂が特別なものだからだ。


「火澄が見つけんで良かったってこと」


「俺に見られたら困ることが書いてあるんですか?」


「火澄、あの一年で解決せんかった噂、お前の幼馴染の幽霊だけやってことはわかっとるよな?」


 俺のアテにならない記憶力でもそれは合致する。雪鳴先輩はどんな怪奇もたちどころに解決してしまうスーパーマンなのだから。


「あの噂を解決しなかった……いや、できなかった理由が日誌には書いてある」


 ひとつ見落とせない言葉があった。それはある意味衝撃的で、耳を疑うべき言葉。


「ちょっと待ってください、あの噂は解決『しなかった』んじゃなかったんですか? 『できなかった』って……」


 そのふたつには大きな違いがある。

 雪鳴先輩に解決出来ないなんて事はあるはずがない、それは俺が一番よく知っている。

 だからきっと未解決のままなのは意味のあることなのだとばかり思っていた。


「あの噂を終わらせること自体は簡単や。なんならあの日誌を見れば、あんた一人でも終わらせることはできる。

 だから日誌を火澄が見つけたんなら、それはそれでよかった。うちやなくあんたの手で解決するんならな」


 否定はしない。

 淡笹あわざさ かおるが俺にとって特別な存在である事を俺はよくわかっているし、俺にしかわかり得ない事だ。


「でもな、それじゃ何にもならん。うちがいつもみたいにやっつけるのは確かに楽なんよ。でも、それでどうなる?

 幽霊がいなくなればそれが解決なんか? そうなら、うちに解決出来んオカルトなんかない。もし定義がそうじゃないなら、それは解決出来ないのと何が違うんやろ?

 本当に笑って終われる答えっていうのはな……」


 湧き出る言葉はそこで途絶えた。雪鳴先輩の目元にはどこか寂しげな、申し訳ないような微妙な青がかかっている。


「……今の言葉は忘れてくれ」


 聞きなれない弱気な声色だった。

 しかし俺の予想は正しい。雪鳴先輩はこの噂に関して慎重過ぎる程に慎重なのだ。

 そのわけは俺でもわかる。

 きっと、俺の為なのだ。


 今し方先輩が言いかけた言葉と『忘れてくれ』について更に追求を試みた。


「その理由は教えてもらえませんか?」


「忘れろって……聞こえんかったか?」


 脅すような口振りではない。俺にはその言葉は『聞かないでくれ』とそう聞こえた。


「さっき『最初の賭け』ってそう言いましたよね? まだ他にもあるんですか?」


「うちの気持ちの話やから、気にせんでえぇよ」


 どうやらこれ以上は何も教えてくれるつもりはないらしい。

 こうなるともう暖簾に腕押し、糠に釘は揺るがない。この出し渋りにも、秋心ちゃんが日誌を見つけたことに頷くことにも意味があるのに違いないのだから。


 話を打ち切る合図に先輩は口を開いた。


「他に変わったことはなかったか?」


「秋心ちゃんに好きだと言われました」


 隠すつもりはなかった。

 秋心ちゃんがどう思うかはわからないけれど、少なくとも雪鳴先輩には話しておく必要があると勝手な判断をしてしまった。


 彼女が『好き』の言の葉を絞り出すにあたり、淡笹の噂と絡み合った心があることを察さずにいられようか。

 俺が淡笹に抱いていた感情と、秋心ちゃんを想う気持ちは決して遠く離れたものではないのだから。


「そうか」


 それだけ言うと先輩は少し湯気の逃げたコーヒーに口を付けた。

 無粋だと感じたのかそのことについて追求してくることはない。

 雪鳴先輩はこう見えて、その実かなり大人なのだ。


「……んでんで、付き合うんか!?」


 そんなことはなかった。


「いや、まだ好きだって言われただけなんで……返事もしてないですし」


 目が怖い、爛々としすぎてる。


「いやぁ、マジかー! まさかオカ研でカップル成立する日がくるとはなー! あんな可愛い子おらんやん!? 美人やし、顔なんか握り拳みたいにちっちゃいし、肌も真っ白で髪も綺麗で……芸能人みたいやもんな! いや、そこらのアイドルより全然可愛いわ! 最初見た時ビックリしたもん!

 それにしてもやっぱ火澄のこと好きやったんか……まぁ、見てたらわかるけどな! 火澄のこと好き好きオーラが凄いもん! 実はうち、最初に会った時から気付いとったんよ、凄くない? やから合宿で布団一緒にしようとか言ったんやけど、火澄ビビリやからなぁー! 露天風呂でそれとなく聞いた時ははぐらかしよったから、あっきーもまだ恥ずかしかったんやろな!

 付き合うのは良いけど、他の男どもの嫉妬とかすごそうやない? 絶対モテるやんあんなの! 可愛いもん、超可愛いもん! 性格も良いし、ツンデレってもう廃れたと思っとったけどまだまだ健在やな! 萌える! 超萌える!

 そんなあっきーを独り占めするなんて憎いわぁ火澄先輩! よっ色男! 色人間!」


 う、うぜぇ……。どこにツッコみゃいいんだ、何行使ってんだよ。てか、もう付き合ってることになってる。


 この人、海に行った時もそうだったけど、実は意外とこういう話が大好きなんだろうな。普段奇天烈な言動が目立つせいで普通の女の子らしい恋話こいばななんて無縁そうだし。

 にしてもマシンガントークだ。これはこれで居心地が悪い。俺がその的にされることなんて滅多なない事なんだから慣れない。

 素直に気恥ずかしいんだよ。


「可愛いのは認めますけど……」


「お!? なんや、さっそく惚気話か!? いいよいいよーお姉さんなんでも聞くよ!」


 惚気じゃないわ。何度も言うけど付き合ってないわ。


「実際ファンクラブありますもん、秋心ちゃん。

 こないだの文化祭、ミスコンで優勝しちゃってますしね」


「え、あっきーミスコン出たん? あのジンクス知らんかったんか?」


「いや、知ってましたよ。そのうえで文化祭の日に告白してくるんすから、やっぱり変な後輩ですよ」


 ミスコンの優勝者は想い人と結ばれる事はない……何の謂れがあるのかわからない、信憑性もない噂。

 雪鳴先輩は少し毛色の違う微笑みを見せて頷く。


「ふーん……そうか、そうなんやなぁ。あの子も色々考えとるんやね。

 ほんと可愛い子やなぁ……」


 どう言う意味だろう。何と何が繋がってそんな感想に至るのかは見当がつかない。


「火澄、うちの願い事決めたわ」


 ニヤリと笑う口元。今の先輩のテンションなら変なこと言い出しかねない。

 生唾を飲み込む。


「今回の噂の解決……あの子のことを信じろ。あんたのことなんかどうでもいい。ただ、あの子だけを信じろ。

 わかったか?」


 笑顔はとても力強い。

 何かを確信した目が俺を真っ直ぐ見つめている。有り余るエネルギーが形になって俺を見据えている。


「……わかりました」


「ならよし!

 ……さっきは『好き』を語るななんて言って悪かった」


 先輩のお願い事を受けて、視線を返す。

 相変わらずの笑顔に苦笑いが漏れた。


「武運を祈る!」

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