誕生日の噂(調査編)
休日のショッピングモールは人でごった返している。
これ、そこらの遊園地なんかより混雑してんじゃねぇの? 家族連れ、カップル家族連れカップルカップルカップル……。
「カップル多いなぁ。ウチも下僕とやなくて彼氏とかと来たいわ」
「え? 俺そんな役っすか?」
「役やない。マジ下僕やろ」
もっと冗談っぽく言ってくれ。なんで怒ってんの、雪鳴先輩。
あ、あれか……ちょっと確認してみよう。
「先輩は彼氏とかいないんすか?」
「何故かおらん」
ははは、理由は明白なのに『何故か』とか。ウケる。
先輩も人間らしく妬みとかの感情を覚えるんですね。なんとなく親近感。
「なんやろ、今めっちゃ火澄のこと殴りたいわ……」
あ、殺しの目だ。命乞いをした奴から殺していくタイプの悪役の目だぞ、これ。
「き、気のせいですって。さっそく秋心ちゃんのプレゼント探しましょうよ」
火澄くんのこと気のせいで殴りたくなるのもだいぶヤバいんけど。
秋心ちゃんの名前を出せば幾分か落ち着く習性を先輩が持っていることを知っている俺は便利に彼女を利用させてもらっている。ごめん、秋心ちゃん。
しかし本題に移らなければいけないのも本当だ。やたら広い敷地に店舗が所狭しと並んでいるから、その全てを見て回るのは物理的に無理だろう。
向けられる殺意を避けるようにキョロキョロと頭を振った。
「そやな、いちいちあんたに付き合っとってもらちがあかん。時間も有限やし」
付き合えって言ったのあなたなんですけど。
あと、俺の命も有限なの知ってる? 一個しかないんだよ?
「とりあえずあそこの雑貨屋にでも入るか」
取り分け敷居の高そうな店に歩を進め始める雪鳴先輩。
側から見たら俺達もカップルに見えるのだろうか……それはそれで悪い気はしない。
実質においては全力で否定するけど。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
少し洒落た文具から何に使うのかわからん変な置物まで品揃えが良いのか悪いのかわからない陳列棚。
こういう店は若干割高に感じるのはどうしてなんだろう? お洒落税でも導入されてんの? なんでペンが三千円もするのさ。書けりゃなんでも良いだろ。
「雪鳴先輩、やっぱオカルトショップとかの方がいいんじゃないですかね? 秋心ちゃん水晶玉とかの方が喜ぶんじゃないですか?」
「アホか? そんなもんで喜ぶ女子高生がどこにおるんや」
それが秋心ちゃんなんじゃないかなぁ……。
木刀欲しがるような女子高生ですよ、あの子。
「火澄に声をかけたのはあっきーが何もらったら喜ぶか聞こうと思ったからや。
なに? 役に立たんのやったらその指一本ずつそこに並べとくか? 誰か買ってくれるかもわからんしな。
いや、いらんか……」
最悪な営業妨害だろ、それ。
買って帰ってどうすんだよ、リモコン押す時に代わりに使います、便利です! みたいなレビューがつくわけない。
「でも修学旅行のお土産にお守りをあげたらすごい喜んでましたよ?」
「うち貰ってないんやけど、お土産」
あげたよ! 仏像あげたよ! なんかくしゃくしゃになっちゃったけど、それは俺のせいじゃないでしょうが! 雪鳴さんが投げるからでしょうが!
「つーか火澄さぁ、お土産と誕生日プレゼント一緒にすんなや。
誕生日ってのは特別な日なんやから」
「おっしゃる通りです……」
「もっかい聞くけど、あの子の好きなもんとか知らんの?」
先輩は手にしていた木彫りの像を棚に戻して呆れたようにこちらを睨む。
うん、多分それをあげても喜ばなかっただろうね。
「そっすねぇ……秋心ちゃん、ああ見えて可愛いモノとか好きなんですよ。動物は犬猫含めて全般嫌いらしいんですけど、前に丸っこいもふもふした猫? のぬいぐるみが可愛いって言ってたんで、キャラクターものとか良いかもしれないっすね。
それに新しいスカート買ったっつってテンション上がってたんで、ファッションとかに無頓着なわけでもないようです」
「ほーん。なんや、ちゃんとわかっとるんやんか」
半年一緒にいればそんくらいわかるさ。
でも、俺は彼女についてなんでも知っているつもりでいて何も知らなかった。今だってわからないままだ。
秋心ちゃんの性格だって理解している気になっていたけれど、それが奢り極まるものだって気付いたのも今更だ。
いや、まだ気付いてなんかいやしないんだろう。
結局何もわかっていない。
強がって、彼女の俺への想いを知ってたって言い放っても、それを受け入れることを恐れているのが何よりの証拠だった。
「あと、ラーメン好きです秋心ちゃん」
「……それプレゼントするつもりやないやろな?」
それがダメなことくらい恋愛経験皆無の火澄くんでもわかってますわ。前に秋心ちゃんと話をしたもん。デートでラーメン屋に行くのなんて最悪だって。
これまでの俺なら面白半分にそんなチョイスもしたかもしれないけれど、秋心ちゃんから告白されてしまった以上悪ふざけは許されないことくらいわかる。
俺だって、秋心ちゃんが喜ぶものを渡したいに決まってるだろ。
結局はここにお眼鏡にかなうものは見つからず店舗を後にした。
「あれ? 火澄くん、こんなところで奇遇だね!」
店舗入り口でばったりと見知った顔に出くわす。片手を上げ微笑むのは
「買い物?」
「まぁ、そんなところ」
木霊木さんの私服もこれまた可愛らしい。なんか密林の鬱蒼とした草木を掻き分けてたどり着いた泉で出会った妖精みたいな感じだ……例えが分かり辛いし何も具体的じゃない? そこは勘弁してくれ、俺の語彙力とファッション知識には限界がある。
「お? なんや火澄、友達か?」
ゲゲゲ! そういやこの人一緒だったんだった!
木霊木さんに会えたことでテンション上がっちゃってすっかり忘れてた。
変人と一緒にいるから火澄くんも変人なんだーとか思われちゃうよ!
「あ、はい。火澄くんのクラスメイトの木霊木です。
あの、雪鳴さんですよね? 今年卒業された……」
「そうよ。うちのこと知っとるん?」
束の間の女子トークがはじまった。
よくよく考えてみれば知らない方が不思議なんだよ、あんたの存在は。
心配していたようなドタバタも起きず、二人は社交辞令程度の雑談を交わしている。ほっと胸を撫で下ろした。
「じゃあ火澄くん、また学校でね!」
まぁ、木霊木さんとのトークチャンスを潰されてしまったことについては不問としておこう。
雪鳴先輩が関わって、プラスマイナスがマイナスにならなかっただけマシなんだし。
「可愛い子やったなぁ。仲良いんか?」
「そこそこですね。
そうです、可愛いんですよ木霊木さんは……癒される。二、三年ならずっと見とけます」
「ははん、好きでもないくせに」
やたら断定的である。雪鳴さんがそんな口振りをするのは珍しいことじゃないけれど、それでもなんとなく胸をついた。
「ほ、本当に好きだったらどうするんですか?」
「お前が『好き』を語るな。このファッション鈍感男」
小突かれたのは頭なのに、何故だか胸が痛い。
そして頭の裏側では、怒った秋心ちゃんの顔が見えた気がした。
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