文化祭の噂(調査編)


「お待たせしました! じゃあ、どこ行きましょうか?」


 見慣れた制服姿の秋心ちゃんが目の前に、なんやかんやでこっちの方が落ち着いている。

 秋心ちゃんには色気が無いからなぁ……。人間って足りないものを補うよりも長所を伸ばす方が良いと思うよ、個人的には。


「え……あれじゃないの? お願い事は?」


「出店を回りながら決めるつもりです。先輩、何か行きたいところありますか?」


 待っている間に繰り返した深呼吸が無駄になってしまった。いったいどんな無理難題をふっかけられるのかとまたしばらくドギマギしなきゃいけないのか……。


「慎重に考えてくださいね……ルートによってはクレープを奢るから腰から上の毛を全て燃やすまで候補があるので」


 やめてくれ。いったいどんなリストが出来上がってるっていうんだ。

 とりあえず火の元に近付かない方が良いってことはわかったけど。


「じゃあ……そのクレープ屋さんに行こう」


「あいあいさー!」


 文化祭の雰囲気のためだろうか、無駄にテンションの高い秋心ちゃんと二人、いつもより賑やかな廊下を歩いた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「先輩、我が校の文化祭に伝わる二つの噂をご存知ですか?」


 ホイップクリームを口の端に付けたまま秋心ちゃんは言う。

 そんな事、聞かなくても答えはわかってるだろうに。


「……すみません、知りません」


「ですよね、聞くだけ無駄でした。罰として先輩のクレープは一口没収です」


 同じ味のを持ってんだから俺のを食う意味もなかろう。変なところで食い意地が張ってるから困る。


「まったく説明する方の身にもなってもらいたいものです。

 良い噂と悪い噂なんですが、どちらから聞きたいですか?」


 アメリカンジョークみたいな言い回しだな。


「良い方からお願いします」


 嫌なことは後回し、それが火澄家の家訓だ。まぁ、その信条を持ってるのは家族でも俺だけなんだけど。

 さっき懸案事項は早めに……なんて言った気がするけどもう忘れた。火澄少年は今を生きる。


「お目が高いですね、じゃあ教えてあげましょう。『文化祭を二人で回った男女は結ばれる』と言うものです」


 秋心ちゃんはクレープの残りを口の中に放り込んだ。俺もそれに習い、感想を述べることにする。


「なんつーか……ありきたりだな」


「そんなものでしょう、こんなイベント事の噂なんて」


 文化祭だけでなく、たいていの催し事では普段関わりのない男女も接する機会が増える。オカルトなんて引き合いに出すまでもなくそんな話になるのは頷けることだ。


「ほんで、悪い方っていうのは?」


「ミスコンで優勝した人は想い人と結ばれないと言うものです」


 今度もあっけらかんとそう言った。


「え……秋心ちゃん、それ知ってたの?」


「あたしが知らないと思いますか?」


 不敵に笑う彼女。それは胸騒ぎを抑えるには心許ない笑み。


「まぁ、信じてないなら良いけど……」


「そんなこと、あたし言ってませんよ」


 無感情を作るのが下手だ。いつからだろう、秋心ちゃんが表情を隠す事が下手になったのは。


「信じてんの? なら、この状況まずくない?」


 想い人とは結ばれない。しかし、一緒に文化祭を回る人間とは結ばれてしまう。

 その二つの条件を加味したうえで、今この状況はあまり喜ばしくない。少なくとも秋心ちゃんにとっては。

 つまり、好きでもない人物……つまり俺と結ばれてしまうことになる。


「えぇ、非常に難しい状況だと思いますよ」


 秋心ちゃんはそれを理解したうえでこんな風に笑うのだ。

 意図を掴めないまま、もうひとつの疑問を切り出したのはバツが悪かったからに他ならない。


「じゃあさ、もしミスコン優勝したうえで好きな人と文化祭回ったらどうなるんだろう?」


 俗に言う矛盾が生じてしまう。あくまでこの噂がどちらも真実であった場合の話だが。

 先日雪鳴先輩が言っていた『オカルトに矛盾はつきもの』とはこの様な状況を指していたのだろうか?


「是非試してみたいものですね」


 秋心ちゃんの笑顔は残ったまま、そこには愁が付け足されていた。

 なんとなく目を逸らす。


「あたしが先輩のことを好きだったらどうしますか?」


 秋心ちゃんは今どこを見つめているのだろう。

 うかがい知れず、確かめることもできずに考えるふりをして答え合わせができなくなるまで待つ。


「どうなるんだろうね?」


 卑怯な誤魔化し方をした俺と秋心ちゃんの目があった。思考を巡らすふりをしている間、ずっと俺を見つめていたのなら、それはとても悲しい。


「ちょっとは考えてくれてもいいじゃないですか。

 仮定でも結構ですよ。まぁ、気の持ち様なんでしょうけど。本当に強く願えば幸せはやって来るはずです。マイナスの呪いなんか打ち消してしまうほどに……みたいな?」


 意味を汲み取ることは出来ない。俺はその器を持ち合わせていないのだから。底の抜けたバケツみたいな心には、水が溜まることはないのだ。

 いくら、どんなに鮮やかな色水を注いでもらったって、それは空中ではずっと透明のままだ。何色に染まっていたのかなんて、バケツに注がれたものを覗き込まなければ確かめようがない。


「秋心ちゃんが幸せなら、それで良いよ」


 なんて卑怯なんだ。

 なんて卑怯なんだ、君は。


「本当に好きな人ができた時、こんな噂も嘘だったと笑えたら良いね」


 秋心ちゃんの願い事とやらを未だ聞かぬまま、あてもないのにまた歩き出した。

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