文化祭の噂

文化祭の噂(提起編)


『さぁ、約束通りお願い事を聞いてもらいますよ、火澄ひずみ先輩』


 秋心あきうらちゃん、まさか本当にミスコンに出場するとは。

 正味な話驚いた。あの子、こう言ったイベント事にはあまり興味を示さないものとばかり思ってた。それに参加するなんて俺は当日まで知らなかったよ。なんで教えてくれないのかね。

 コンテストに関してどこまで本気だったのかはわからないけれど、当たり前の様に優勝してしまうあたりが秋心ちゃんらしいし恐ろしいところでもある。


 なんだっけ……確かこの学校の生徒のうち四百人近くが彼女のファンクラブに入っているらしいから、順当っちゃ順当な結果なんだろうけど。


 凄かったなぁ……秋心ちゃんの登場と同時に会場が揺れたもん。

 あくまで非公式なコンテストだから、毎年新聞部の部室前の広場が会場になってたんだけど、そこにひしめき合っていた生徒のほとんどがあの子目当てだったんじゃなかろうか。

 自己PRで『よろしくお願いします』の一言しか喋らなかったくせに二位にぶっちぎりの大差をつけちゃうんだから、他の参加者が可哀想だよ。

 神様は努力を認めず才能で人生を振り分けてるんだと現実を叩きつけられた気分だ。神様どうこう言ってる時点で現実とかちゃんちゃらおかしな概念なんだけど。


 まぁ、かく言う俺もあの子に一票投じちゃったわけで、それ故に文句はこの辺でやめておこう。彼女にとってたった一人の先輩として当然のことをしたまでだけどね。俺のそんな気遣いは必要なかったみたいだし。

 ちっぽけな存在だよ、俺なんて。


 そんで、優勝が決定した瞬間に送られてきたメールの内容が冒頭の文章である。

 そんな約束してないんだけど? 雪鳴ゆきなり先輩にも『何でも言うこときくように』って言う貸しがひとつ残っている。嫌なこと思い出しちゃった。

 君達、どうしてそんなに俺を服従させたいの?

 現代の操り人形、火澄くんの苦難は続く……。


「あ、火澄先輩! こっちこっち!」


 秋心ちゃんは俺を見つけるなり元気よく手を振った。

 本日は文化祭二日目。

 言い付け通りに秋心ちゃんのクラス出し物であるお化け屋敷会場まで足を運んだ俺です。しっかり操り糸は握られたままだ。悲しいかな。


「おぉ、秋心ちゃん……いや、ミス真倉北まくらきた高校様。昨日はお疲れ様でした」


 一躍時の人……まぁ、もともと全校の注目の的だった秋心ちゃんだけど、あらためて凄まじい人気振りを発揮した後だとやはり後光が差して見えるから不思議だね。手を合わせたくなる。

 一緒にいることすら気が引けるくらいだ。


「お疲れ様でしたじゃないですよ。酷いじゃないですか、先に帰っちゃうなんて。あの後大変だったんですから」


 コンテストの後、新聞部の囲み取材やら握手を求められるやらでべらぼうに忙しそうだったので、それをよそ目に俺は一人帰路に着いた。

 だってそんな渦中の秋心ちゃんと二人で下校でもしようものなら、今度はファンクラブ以外の連中から拉致されかねないし。


「ごめんごめん。んで、俺は何をすればいいの?」


 懸念事項は早いとこ片付けておくに限る。

 それに、何と言っても今は彼女といると人目をひくから早急にここから退散したいと言うのが本音だ。


「そうですね、じゃあまず私のこの姿を見て感想をお願いします」


 あちゃぁ……そうきたか。出来るだけ触れないようにしようと思ってたんだけど。

 実は秋心ちゃん、現在いつものような制服姿ではない。

 やたら肌の露出の多い姿は目のやり場に困る。細い腕や太ももが露わになっており、胸元の大きく開いた――まぁそこには対して魅力は無いんだけど――衣装に身を包み、あまつさえ猫耳まで装備している。

 なんかいやらしい店のお姉さんみたいだ。


「なんだその……恥ずかしくない?」


「死ぬほど恥ずかしいです。……他には?」


「えーっと……寒くない?」


「……めちゃくちゃ寒いです」


 もう十月も終わりだ。衣替えなんてとっくに終わっている。

 そりゃそうだよねーと笑うしかない。


「そうじゃないでしょう? 怒りますよ」


 ギラリと光る瞳は家猫のそれではない。密林のハンター、ジャガーのそれだ。


「あ、嘘です……照れ隠し。すごく似合ってる。可愛い可愛い」


 慌てて取り繕っても後の祭。機嫌悪そうに秋心ちゃんは頬を膨らましたままだ。

 後の『祭』と文化『祭』をかけた超面白いことを言おうとしたけど諦めることにした。なんかわからんけど刺激しない方が良さそうだ。

 本当に超面白いジョークだったんだけどなぁ、お披露目できなくて残念だ!


「それは……猫のコスプレ?」


「化け猫だそうです。こんなキュートな化け猫もいないでしょうに……失礼な話です、ほんと」


 確かに妖怪としてのおどろおどろしさが微塵も無い。

 なるへそ、秋心ちゃんがクラスの出し物としてのお化け屋敷に感じていた憤りってのはこう言うことか。あくまで君はリアリティを追求したいんだね。変なの。

 俺は吊り上がった目、裂けた口で油を舐める化け猫よりもこっちの方が好きだ。エロい意味は全くないけど。


「なんにしろ、この格好で出歩くわけにもいかないので一旦着替えに戻りたいんですが」


「そうだよな。着替えどこにあんの?」


「お化け屋敷の中です」


 なぜそんなところに。


「当たり前でしょう、ここがあたしの教室なんですから。ちょっと待っててください、すぐ着替えてくるんで」


 俺が来る前に着替え終わらせといてもらえれば助かったんだけど……。

 お化け屋敷に入っていく化け猫を見ながらそんなことを思った。

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