秋心ファンクラブの噂(後日談)


 翌日。

 俺は昼休みを利用して一年生の教室に来ていた。よくよく考えると、秋心ちゃんのクラスに顔を出すのは初めてだ。なんとなく下級生の教室に来るのって緊張するね。

 物珍しそうに見られる様はまるで山から降りてきた猿になったみたいな気分。


「あ、後前さん。ちょっと良い?」


 お目当の少女を見つけ声をかける。

 後前さんは広げかけていたお弁当箱を包み直し俺の元へゆっくりと歩いて来た。


「あ、秋心さんなら今席を外しているみたいですが」


「お昼のところ悪いね。今日は秋心ちゃんに用事じゃないんだ。昨日はありがとうって言いたくて」


「あ、別に構いません。むしろ私が謝る立場ですし、でももう謝ったので今日は謝りません。昨日はお疲れ様でした。

 ……いえ、私は無関係でしたね。何の話でしょうか? さっぽりわかりません」


 否定遅いな……。

 それでも相変わらず無表情である。どんな神経してんだ。

 秋心ちゃんのそれとは違った眠たげな面持ちだ。飄々とし過ぎていて完全にペースを掴まれている。


「あ、それと私が例の会長だと言うことは内密にお願いします。ファンクラブの中でも一部の会員しか知らないことなので」


 しらばっくれるのかしないのか、どっちかにして欲しい。

 そう言えば以前、新聞部の先輩から頼まれて無茶なお願いをして来たこともあったっけ……彼女が『秋心ファンクラブ』の最高権力であると言う事実が公然のものではないこともあながち嘘ではないみたいだ。


 とりあえず、声を潜めてまた会話に戻る。


「わかった、秘密にはしとくけど……なんで君が会長なんてやってんの?」


「あ、面白そうだったんで。秋心さんレベルならファンクラブが出来るのも時間の問題じゃないですか。なら、誰よりも早く作っちゃってその統率をするのも楽しそう……なーんちゃって」


 予想の斜め上の回答。

 人員統率の研究の為かよ。どっちに転んでもサイコな会長には変わりない。

 あと君、誤魔化すの下手すぎる。生き辛いだろう、こんな世の中じゃ。俺は嫌いじゃないけど。


「あ、でも秋心さんのこと好きですよ。安心してください、面白半分真面目半分です」


「正直驚いたわ。会長が女の子で、しかもそれが顔見知りだったんだから」


「あ、前者については別になにも不思議ではないです。知ってます? ファンクラブ会員のうち五人に一人は女子生徒なんですよ。秋心さんに迷惑をかけるようなことはしません」


 またいらん情報が増えてしまった。俺には迷惑かかりまくりなんだけどなぁ。

 後前さん……どこまでも掴めない人だ。


「あの写真は……君が撮ったの?」


「あ、勿論私が撮ったものあります。しかし、あまり目立たない写真ばかりです。

 本当に気に入っているものは、一人で楽しみたいタイプなので」


 いったいどんな写真があるんだろう……。


「あ、秋心さん戻って来ましたよ」


 廊下の奥にこちらへ向かってくる秋心ちゃんの姿が見えた。

 振り向くと後前さんはもういない。すでに弁当を食べ始めている。

 本当に何者なんだよ、あの子。


「秋心ちゃん」


 目的も達したので秋心ちゃんに声をかけてみることにした。


「……え? あ、火澄先輩どうしたんですか? 珍しいですね、こんなところでお会いするなんて」


 驚きに近い表情だ。

 そう言えば昨日は後味の悪い別れ方をしてしまったんだった。

 秋心ちゃんと言葉を交わすのがとても久し振りな気もする。


「別に用事があるわけじゃないんだけど……そうだ、良かったら一緒に昼食べない?」


「突然ですね……良いですよ。お弁当とってくるので、部室に行きましょうか?」


 教室の真ん前で二人きりじゃないからか、秋心ちゃんの笑顔はいつもよりあどけない。

 ぶっちゃけた話、ファンクラブの連中が彼女の虜になっているのも頷ける気がした。



おわり

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