秋心ファンクラブの噂(解明編)
「って言うかさ、こんな事して良いのかよ? 本物の犯罪集団じゃねぇか」
壁一面に貼られた秋心ちゃんの写真もそうだし、何より意識を失わせて拉致るなんて完全にアウトだ。
訴えれば確実に勝てる……絶対に負けない戦いがここにはある。俺の人生には珍しく勝ちイベントだ、やったね!
なんも嬉しくないわ。
「理科室の特別な薬品を使ってお前を眠らせたのだ。我が秋心ファンクラ……」
「秋心ファンクラブだ!」
意表を突かれた。なんだ!? 何が起きたんだ!?
「……今は『秋心ファンクラブの構え』のタイミングじゃないから、ちょっと落ち着けよ。話してる途中だろ」
「あ、すみません」
ミスってんじゃねぇよ。ビックリさせんな。
こちとらだんだん楽しみになってんだぞ、そのポーズ見るの。俺のワクワクを返せ。
って言うか『秋心ファンクラブの構え』って言うんだそれ。覚えとこ。
「えーと話を戻してだな、我が秋心ファンクラブには各部活の部長やらエースやらが在籍しているのさ。
化学部の手により理科室のなんかヤバげな薬品を使ってお前を眠らせることも、ラグビー部や柔道部の力自慢を使ってお前をここに運ぶことも簡単なのだ」
え? そんなこと聞いてないんだけど……。話噛み合わんなぁ……。
のほほんと説明してくれてるけど、普通に怖い事だよね。
「だから観念しろ。観念して俺達と約束しろ。『今後一切秋心さんとは喋らないし会うこともしません』と!」
「嫌だよ。会うし喋るし、一緒に部活もするわ。
お前等、こんな事してどうする? こんな事しても秋心ちゃんと仲良くなれるわけじゃないし、何より本人が知ったらどう思うか考えた事あんのか?
こんな卑劣な手ばっかり使ってないで、せめて自分達からあいつと仲良くなるように努力しろよ」
多分これは正論だ。でも、正論は時に人を深く傷付ける。そんな事を俺は忘れていた。
部屋の空気が一瞬張り詰めたのを感じ、思わずしまったと焦りを噛み締める。
追い詰められた人間は何をしでかすかわからないからだ。
「……したわ! 話しかけたり告白したりしたわ! ここにいるみんな秋心さんにフラれてんだよ! それでも諦められねぇからこんな事してんだ!
そうだ、お前へのただの嫌がらせだよ! 妬みだよ! 憂さ晴らしだよ!」
やっぱり地雷踏んじゃったらしい。思わず仰け反る。
でも思ったほどのエキセントリックな反応じゃなかった。ただの泣き言だった。
殴られるよりはマシである。
「いいよなぁ……火澄ばっかり。いっつも秋心さんと一緒にいてさぁ……なぁ、どうしたらあの子と仲良くなれんの? あんな楽しそうな秋心さん、どうやったら見れんだよ……教えてくれよ……」
なんだか急に気不味い感じになっちゃった。
お前達の情緒を疑うわ。
あんまメソメソすんなよ。特にそこのホッケーマスク被って咽び泣いてるヤツ、怖いからやめてくれ。
「あー、えっと……なんかごめん。俺も言い過ぎたかも……」
「じゃあ、さっきの約束してくれるか!?」
嘘泣きを疑うくらいの変わり身の早さ……。
「するわけねぇっつーの。あのな、何遍も言うけど俺と秋心ちゃんはただの先輩後輩なの。だからそんな気にする事自体おかしいんだって。
妬みにもなってねぇんだよ。」
代われるものなら代わってやりたいくらいだ。そしたら別に楽しいことばかりじゃないことも、俺が苦労してることも少しはわかるだろ。
なんかもう飽きてきたし帰りたい。話は堂々巡りだし『秋心ファンクラブの構え』もしてくれないし。
別に縛られてるわけでもないから、立ち上がって逃げ出すことは不可能じゃない。
でも多勢に無勢な状況に変わりなく、こいつ等を振り切って逃げ果せるのも難しそうだ。早いとこ納得してもらうほかない。
いったい何時間かかるんだろう。そしてその間に後何回『秋心ファンクラブの構え』をしてくれるんだろう。それだけが心に引っかかる。
「火澄、一体どれだけ俺たちを馬鹿にすれば気が済むんだ」
副会長は涙声を殺して反論する。なんだろう、身の危険はもうほとんど感じないけど、いきなり刺されたりしそうで怖いっちゃあ怖い。
「お前がどう思っとるかは知らん。でもな、少なくとも秋心さんはお前の事が……」
「そこまでです!」
いきなりドアが開け放たれ、大勢の人間が雪崩れ込んできた。
副会長を含む全員が呆気にとられているうちに戦況は一変した……いや、この人達もみんなマスクつけてるんだけど。
なに? このカオスな空間。マスカレードパーティ? 俺だけ素顔なのちょっと恥ずかしい感じ? ひとりだけ半裸みたいな?
「な、なんだお前達!?」
怒声が飛び交う中、小柄な影がひとつ前に歩み出る。
「か、会長……!?」
副会長の言葉に空間がざわつく。
「な、なんとあの方が会長……!?」
「は、初めてお目にかかったぞ……」
反応を見るに、会長は副会長と違って威厳があるっぽい。
「な、何故会長がここに……!?」
「副会長、あなたがクーデターを企んでいるという情報を掴み、しばらく泳がせておいたのです。まさか、このような凶行に移るとは……迂闊でした」
憂いを帯びた物言い。流石この秋心ファンクラブの会長……しかしそんな感想を塗り潰すように、俺はある意味とても驚いていた。
何故ならこの会長様、女子生徒だったからである。先述の通り、例に漏れず紙袋のような被り物をしているから顔こそ窺い知れないけれど。
生唾を飲み込み急展開を迎えた現状を見守っていると、その会長は俺に向き直りこう言った。
「あ、お疲れ様です火澄さん。ご迷惑おかけしてます」
……なんか、聞いたことある喋り方だな。
「あ、皆さんこのクーデター組を全員拘束して『秋心さん断絶ルーム』に連行してください。
そうですね……罰としてしばらく閉じ込めておきましょう。二時間くらい」
「い、嫌だ! 許してくれ! 『秋心さん断絶ルーム』だけは!」
なんだその部屋……。
「あ、一応説明しておくとですね、『秋心さん断絶ルーム』とは一切の秋心さん情報を遮断した部屋のことです。そこに閉じ込められるのは我々秋心ファンクラブにとっては最大の罰であり、恥なのです」
「あ、あぁそう……」
正直どうでもいいよ……。とりあえず説明ありがとう。
たった二時間も秋心ちゃんから隔離されるだけでそんな怯えるのか。愛されてんなぁ、秋心ちゃん。
「あ、本当にすみませんでした。うちの会員がこんな事をしてしまって。
『秋心ファンクラブ』の本来の目的は秋心さんの幸せを祈り応援する事なんですけど、ああいう彼女を手に入れたいみたいな浅はかな考えを持つ会員も少なからずいるんです。
そんな人たちは定期的に件の『秋心さん断絶ルーム』で矯正してるんですが、まさか副会長が謀反を企てていたとは……残念です」
いや、ほんとどうでもいい。
「あ、今後はこのような事がないよう、一層監視の目を光らせますので、なんとか許してもらえないでしょうか?」
「まぁ、俺は別にいいんだけど……あの、
「おっと、ここは匿名性の高い場です。間違っても名前なんか呼ばないように……。
あ、それに私はそのような人物ではないので悪しからず」
そ、そうですか。失礼しました。
なんでこの子が秋心ちゃんファンクラブの会長なんてしてんだろう……。
「あ、火澄さんもう帰って大丈夫です。お疲れ様でした」
本当に疲れたよ。
なんか色々気になることはあるけど、取り敢えず帰ります。
お疲れ様でした。
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