秋心ファンクラブの噂(調査編)


 なんだろう、頭がぼーっとする。

 部室を出たところまでの記憶しかない。眠ってしまったのか? いや、いくら俺でもそんな急に睡魔に負けることもないだろう。

 重たい瞼をなんとか開こうと足掻いていると、声が聞こえた。


「気が付いたか、火澄」


 聞き覚えのない声だ。

 ぼやける視界がだんだんと鮮明になるが、やはり見覚えのない空間が広がっていた。

 薄暗い。どこかの教室だろうか? おそらく学内であることには違いないだろうけれど、その特定はまだ難しい。

 声の主の他にも数人の影が伺えるが、曖昧な思考を振り絞るだけの余裕は今の所ない。


「火澄、俺達が誰なのか、ここがどこだかわかるか?」


 暗闇に慣れてきた目をさらに凝らす。声の主は目出し帽をかぶっている。銀行強盗でもするかのような格好だけど、制服を着ているから我が校の生徒だろう。

 漠然とした不安は胸に広がる。


「えーと、何が何だか……」


 不気味としか言いようがない。人間、突然の状況になかなか順応できないもんなんだなと痛感する。同時に自分の身に起こっている出来事に、今度は確かな恐怖を覚えた。


「相変わらず鈍いな……ならば教えてやろう! 俺達は……」


 蛍光灯が灯る。突然の光に思わず目を細めた。


「秋心ファンクラブだ!!」


 ……『だ!!』って言われても。

 そんな誇らしげに言うことなのかな?

 取り巻き達も『ふははは!』って高らかに笑ってるけど、なんだこの集団。みんな思い思いのお面やらマスクを被って変なポーズをとっている。

 なんだろう、さっきまでとは違った寒気がするぞ。


「そして、俺が秋心ファンクラブ副会長の……いわばナンバー2!」


 いわばなくてもそうだろ。相手が来ているのは俺と同じ制服である。奴等が同じ高校生だとわかったことで、あくまで命の心配まではしなくていただろうと安堵の息を吐いた。

 そんなことより、衝撃的なのは目の前に広がる光景。

 これは……。


「な、なんだこの部屋!?」


 壁一面に貼られた秋心ちゃんの写真。多分どれも隠し撮りしたものだろう、一つとしてレンズを向いたものがない。

 はっきり言おう、かなりキモい。いや、秋心ちゃんの事じゃなくて、この部屋のことだよ。

 あの子には常々困らされてるけど、見た目だけは文句の付けようがないことは俺だって認めてるし。


「そう、ここは文化祭での裏展示……『秋心写真館』だ!」


 いや『そう』とか言われても別にピンと来とらんわ。

 明らかな犯罪の匂いがする空間で粋がってんじゃねぇよ。思わず口をつく言葉。


「あのな、お前達ストーカーって言葉知ってるか?」


「ふん、俺達はストーカーではない……純粋な憧れと青春に身をやつす気高き集り、そう!」


 副会長とやらの合図で皆一斉にポーズをとる。


「秋心ファンクラブだ!」


 ああ、そうですか……もうわかったよ。


「貴様も噂には聞いたことがあるだろう。我々秋心ファンクラブは、その名の通り秋心さんへの憧れを抱いた同士達の集まり……そう、我等は!」


「秋心ファンクラブだ!」


 何回見せるんだその決めポーズ。

 今し方聞いたばっかりだから。繰り返されても困るわ。反応に困るわ。


「今や真倉北高の最大勢力となっているこの秋心ファンクラブ……火澄、貴様はその規模を知っているか?」


 いや、知らんしあんま興味もないけど。


「なんと368人だ! つまり、全校生徒の三分の一以上が加入していることになる! そして、俺がその秋心ファンクラブのナンバー2、つまり副会長だ! ちなみに会員番号68番! 古参中の古参なのさ……!」


 そんなに古参でもない。

 出世したなぁ、副会長。昇進システムはよくわからんけど。普通番号が若い方が偉いんじゃないの? 中途半端だなぁ。


「……んで、その秋心ファンクラブとやらが俺に何の用だよ?」


「身に覚えがないとは言わせんぞ。貴様、我等が秋心さんを独占し、我が物顔でいつも二人でいるではないか! 独占禁止法の存在を知らんのか?」


 お前達に法律について説かれたくはない。切実にそう思う。


「ファンクラブメンバーの中にはお前を亡き者にしようと呪いをかける者もいるくらいだ。今や、貴様はこの学校一の嫌われ者だと言ってもいい」


 あぁ、やっぱあれお前達の仕業かよ。

 なんか人に嫌われる事に心悩ませていたことに損した気分だ。こんな奴等になら嫌われたって別に何ともないし。


「嫌われる謂れが全くないだろ。同じ部活なんだからそりゃ一緒にいるさ」


「それはお前が決めることではない、俺達が決めることだ。

 何故なら! 俺達はそう!」


「秋心ファンクラブなんだろ?」


「秋心ファンクラブだか……おい、ちょっと先に言うなよ。空気読めよ」


「そう言うところ、本当引くわ」


「マジで、刑法がなかったら弓道の的にしてやるところなのに」


 口々に文句を言われた。

 って言うか、今弓道部員いただろ。日頃の部活で何学んでんだ、一個も武士道精神培われてないじゃねぇか。


「そんで、俺をこんなとこに連れて来てどうするつもりなんだよ?」


 さっきもしたぞ、似たような質問を。今度こそ答えろよ。


「ふはは、貴様の立ち振る舞いにファンクラブの皆が憤りを感じていると言うのはさっき説明した通りだ! もう我慢の限界なのだよ……そこでだ、貴様には今後一切秋心さんとの接触を断つよう約束させるため、ここに拉致したのさ!」


 意外ととんでもないこと言い出したぞ、こいつ。

 なんだってそんなこと約束せにゃならんのだ。


「あのな、そんなもん俺の勝手だろ」


「火澄、お前の意思などどうでもいい。彼女についての決定権は全て俺達にある。さっきも言ったじゃん。ちゃんと聞いとけよ」


 いや、ないだろ。それを持ってんのは秋心ちゃん本人だけだ。

 あと、マジで説教すんな。腹立つから。


「何故なら、俺達はそう!」


「秋心ファンクラブだからだ!」


 ……なんか、見慣れてくると意外と楽しいな、この決め台詞。

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