神殺しの噂(調査編)
秋心ちゃん本当に帰っちゃった……。
そんなに怒んなくても良いのに。ちょっとからかっただけなのに。
部室に一人きり……前に比べて整理整頓されてるからか、少しさみしい。もう陽も落ちるのも随分早まったから、外は真っ暗だ。
残っててもしょうがないし、俺も帰ろうかな……。
「よーす火澄! お土産もらいに来たわ!」
心臓飛び出るかと思った。
いきなりドアを開け入って来たのは
「げっ!? なんでいるんですか!?」
「『げっ!?』ってなんや! ここの卒業生なんやから別に不思議やないやろ」
いやいや、今はもう部外者でしょうよ。昨今では関係者以外校内への立ち入りは禁止されてんのを知らんのか。
驚くたる所以は十二分にあるわ。
「ほぇーなんや片付いとんなぁ」
そんな事御構い無しに雪鳴先輩はどっかと椅子に腰を下ろす。
細いジーンズに胸元の開いたブラウス姿は健全な学び舎に不釣合いで、何より目の保養……毒だ。ここまで教員に見つからずにやって来られたのが奇跡に近い。
「秋心ちゃんが掃除してくれたんすよ」
「あの子そんな事もしてくれるんか? 良い後輩ちゃんを持ったなぁ火澄。それに比べてあんたは去年なんもせんかったなぁ」
タイミング悪過ぎだろ。先週まではこんなに綺麗じゃなかったぞここ。
罰が悪いので話を逸らそう。今日は逸らしまくりだなぁ……逸らし日和かな?
「えっと……で、何しに来たんすか?」
「さっき言ったろが! あんた修学旅行行っとったんやろ? あっきーから聞いた。だからお土産もらいに来た」
普通お土産もらいに来る? どんな神経してんのこの人……。
俺の知らないところで二人が連絡を取り合っていることにもいくらかの不信感はあるが、まぁ仲良きことは美しきことなので放っておこう。
「近々会った時に渡そうとは思ってたんですけど……」
一応用意だけしといてよかった。これで何もありませんなんて言ったらどうされるかわからんからね。
サブバッグのポケットに突っ込んでおいた袋を弄る。
「なんやこれ? 仏像?」
「そっすよ。これを拝んで少しは心穏やかになってもらおうと思って」
ミニチュアの仏像を手渡した。雪鳴さんは座禅でも組んでちょっとくらい落ち着きと言うものを覚えた方がいい。
「えぇ……要らんわ、こんなもん」
あんた、模造品とは言え仏様に向かってこんなもんって……。投げるな投げるな。放物線を描く仏像なんて初めて見た。
そう言えば仏像ってちょっとスペースシャトルに似てるよね? え? 似てるよね?
「せ、せっかく買って来たのに……」
「うち、神様嫌いやもん。なんか偉そうやし」
実際偉いんだよ。雪鳴先輩の方が幾分か偉そうに見えるけどさ。
「火澄、タイミングがいいと言うかタイムリーな話、今あんたに神様が憑いとるよ」
守護霊的な意味か? なにそれ、超かっこいい。神様を従えるなんて物語の主人公にでもなれそう。
「ホントですか? その割には良い事ひとつもないんですが……」
「神様って良いもんばっかりやないし。あんたに憑いとるのも邪神の類やね」
雪鳴先輩はカラカラ笑いながら言った。
邪神……なおのこと俺の心をくすぐるワードだ。邪神使い火澄の爆誕である。
ううぅ、なんか右手とか右目とかが疼きやがる……。
「ちょっと後ろ見てみ」
あ、待ってやっぱさっきまでのテンションの高まりを全部取り消したいんですけど。
嫌な予感しかしない。だってこの人、声とは裏腹に目が笑っていないんだもん。
「どうしてもみなきゃダメっすか?」
「見たくないなら良いけど」
そう言われると見ざるを得まい……人間ってめんどくさい生き物だよね。
意を決して恐る恐る振り返る。
『ギャアアアアアアアアア!』
意なんか決するんじゃなかった。
真っ赤な人間が叫びながら立っていた。
なぜ赤いのか? そんなの一目瞭然だよ。だってそこにいるのは、普通人間にあるはずの皮膚……つまりは皮が一片としてない、血だらけの人なんだから。
「うわっ!? なんすかこれ!?」
簡単に言うと、先ほど秋心ちゃんが嘘吐いた『お剥かれ様』そのものが俺のすぐ後ろにいたのだった。
「生まれたての邪神様やろ。気味悪いなぁ」
雪鳴先輩はわざとらしく舌を出してオエッとえずく。飯を食う前でよかったと俺も切実に思う。
「悠長な事言ってないで早くなんとかしてくださいよ」
危害を加えてくる様子は無いが、部室にこんなのがいるのは気持ちの良いものじゃない。あと、見た目がグロテスク過ぎて嫌だ、超痛々しい。
「生まれたばっかの邪神て言うても、一応は神様やぞ? 結構強いと思うわ、あれ」
先輩は「見とれ」と一言挟んでから、先ほど渡したばかりのミニチュア仏像をお剥かれ様に向かってポイと投げた。
お剥かれ様の目の前に到達する刹那、仏像様はくしゃくしゃの木片に変貌を遂げ、もう原型はとどめていない。無様なゴミだけがそこに残った。
「ぶ、仏像様ぁぁ!」
「仏像様て……そこは仏様にしときなや」
今は言葉のチョイスを咎めている場合じゃないだろ……。
お土産品とはいえ仏像を恐れもしないお剥かれ様。雪鳴先輩の言う通りなかなかに手強い存在みたいだ。
今のが人形ではなくて俺だったら……ただの肉塊になっていた事だろう。
「え? マジどうすんすかこれ……ほっといて良いんすか?」
帰って寝たいんだけど。明日の朝には野生に帰ってくれるんじゃないかなぁ。
……野生の邪神ってのもシュールな字面だけど。
「放っといたらどんどん強くなってくよ。そしたらあんた死ぬわ。
火澄、自分に憑いとるんやしオカ研部長なんやからいつまでもOGに頼っとらんで己でなんとかせぇ」
簡単に言うな。
こちとら投げっぱなし専門だ。解決出来なくても害がなければ良いんだよ。まさに触らぬ神に祟りなし……すでに祟りは起きてんのか……?
害はあるんだよなぁ、このままだと。まいったまいった。
『ギャアアアアアアアアア! ギャアアアアアアアアア!』
あぁもう五月蝿いなぁ! こっちは切羽詰まってんのに、ちょっと黙っててくれお剥かれ様!
「なんもいい策が思い浮かばないんですが……」
指くわえて死ぬしかないのかなぁ……。誰か助けてくれないかなぁ……。
とりあえずチラ見。もう一回チラ見。
「しゃあないなぁ。今回までうちが何とかしちゃるけど、これっきりやからな。あと、なんか言うことひとつきけ。何でもやぞ?」
これまでも逆らったことはないと思うんすけど……。でも悪魔の取引だろこれ。
命には代えられないので激しく首を縦に振るけど、絶対後悔することになるんだろうな。
一応雪鳴先輩の優しさに感謝しとこう。
「んじゃまぁ……」
雪鳴先輩は腕を大きくグルグル回したあと、おもむろに助走をつけお剥かれ様の頭部を殴りつけた。
ええぇ……お祓いとかその類じゃないんだ……暴力で何とかするつもりかよ……。しかも行動に移すまでが早過ぎる。
相手を殴るのに躊躇とかないの? 良心とかそこらへんの温かさが全く無いじゃないの。
て言うか、触ったらやばそうだなぁって言う俺の感想とかこの人クラスになるともう感じないんだね。
なんて心配はよそに、邪神は瞬く間に消えていく。砂の様な灰の様な、不思議な塵になってお剥かれ様は溶けていった。
あれ、これなんか見たことあるぞ。いつかの鬼ごっこの噂の時に鬼が塵に消えていくのととてもよくにた光景が目の前に広がっていく。
何はともあれ命だけは助かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます