未解決の噂(後日談)


「うわ、なんだこれ! 秋心ちゃん掃除してくれたの!?」


「ふふーん、どうです? できる女なんですあたしは!」


 なんとか間に合った部室の掃除。とりあえず目に付くところだけ綺麗に、あとは……臭い物に蓋をしただけだけれど。

 それでも鈍い火澄先輩なら気付くまい。今日という日に限っては先輩の鈍感さに感謝するしかないな。


「色々大変だったんですから! 先輩が楽しく遊んでいる間、この甲斐甲斐しい後輩ちゃんは頑張ってたんです! 褒めなさい、愛でなさい! 今日は頭撫でるくらい許しますよ? 嬉しいでしょう?」


「なんでご褒美をあげることがご褒美みたいになってんのさ……」


 ケチくさい先輩。

 いいじゃないですか、別に頭を撫でるくらい。

 少しは後輩部員とのスキンシップ心掛けて欲しい。


 修学旅行が開けた週初め。

 今日はいつもより急いで部室に駆け付けた。理由は簡単、先輩よりも先に来てその反応を拝むため。

 予想通りの展開には至らなかったけれど、反応はまずまず。まぁ、とりあえず満足かな。

 でも願い事まで考えていた自分が馬鹿みたいだ。久しぶりに会ったんだから、それくらいサービスしてくれてもいいのに。

 やっぱりケチくさい先輩だ。


「でもありがとう。凄い嬉しいよ」


 ……不意にそんな風に笑うから困る。


「あ、あたしのありがたさがわかったなら良いです。これでオカルト調査も身を引き締めることができますしね。

 ……で、なんなんですか、それ?」


 火澄先輩が持ってきた大きな包みが気になる。別に話をはぐらかしたわけではない。

 そう、なにあれ、結構重そうだ……なんかガラガラ音がしてるし。どうやら大量の何かが包まれているらしい。


「あ……えーと、お土産」


「あたしに? そんなにたくさん?」


「まぁそうなんだけど……どこから説明すればいいやら」


 先輩が解いた荷物からバラバラと何かが溢れ出した。


「……木刀ですか。まさか本当に買ってくるとは。よっぽどあたしにたれたいみたいですね、見直しました」


「いや、違う俺じゃない!」


 慌てて取り繕っているけれど、そんなことわかっている。先輩は冗談が通じないからなぁ。まぁ、その冗談を現実にしてしまうのがあたしなんだけれど。

 ひとつを手に取りビュンと振ってみると、反射的に火澄先輩の体が2センチほど宙に浮いた。

 なにこれ、面白い。


「それで、どうしてこんなにたくさんあるんですか?」


「あのな、男どもが秋心ちゃんにお土産を買いたいから何が良いかって話になって、そんで聞いてきたんだ。知らぬ存ぜぬで通してたんだけど、最終的に口を割っちまった結果……こうなった」


「じゃあ、あの電話はその時の……?」


「そう言うこと。本当はこれの三倍くらいあったんだけど、ほとんど先生に没収されちまった。買っちゃいけないものリストの第一位だからな、木刀。

 そこまではまぁ良いとして、何故だかみんな直接渡す勇気はないからって押し付けられたんだよ。持ってくんの滅茶苦茶疲れた」


 呆れてものも言えない。断れば良いのに、そんな依頼は。

 せっかく片付けた部室があっという間に木の棒で散らかってしまった。

 行きは良い良い帰りは怖いじゃないけれど、苦労が水の泡になってしまった気がしてなんとなく腹が立つ。積み重ねるのは難しいけれど、崩すのは簡単。人間関係みたいだ。


「ほ、欲しいって言ってたじゃんか! なんでそんな怖い顔すんの!?」


「別に、なんでもないです。こんなにいらないので、剣道部にでもプレゼントしますか?」


「せっかく貰ったもんだけど確かに使い道ないし、ここにあっても秋心ちゃんが俺を殴るの便利になるだけだからなぁ」


「人を暴力的みたいに言わないでください!」


「あぁっ! ごめん、だから木刀下ろして!」


 一週間ばかり会わないだけではやはり何も変わらない。

 会えなかった時間なんてスキップしたかのようないつもの放課後。

 でも別に不満はない。人が変わるには長い時間がかかるものだから。

 時間が解決してくれるとも限らないし。


「んで、これは俺からです」


 小さな袋を手渡された。言わずもがな、木刀ではないみたい。

 なにが入っているんだろう。


「あ、開けても?」


「いいよ。たいしたもんじゃないけど」


 紙袋を開く過程を見られるのはなんとなく恥ずかしい。どんな顔をすればいいのやら、とりあえずポーカーフェイスだ。頬に力を入れろ。

 ……あんまり見ないでください、先輩。


「わぁ、お守りですか。可愛いですね!」


 赤色と金色で作られた御守り。可愛らしく細かい彩飾が散りばめられている。


「なんか有名なところの『祈願成就』のお守りだよ。秋心ちゃんに叶えたい願いがあるかは知らないけど、まぁ持ってて損もないし良かったらもらってくれ」


「ありがとうございます! 大切にしますね!」


 火澄先輩からの贈り物は初めてだ。

 それに先輩が知らないだけで、あたしには叶えたい願い事がたくさんある。欲しい服だって、成績だって、好きな人だって。

 でも、何よりも叶えたいことはつい最近できた。


「実は俺も買ったんだよ。『厄災回避』のお守りだけど」


「じゃあお揃いですね。もしあたしが『先輩に厄災が降りかかりますように!』ってお願いしたら、どちらの願いが叶うんでしょうか?」


「いらんことで神様を戦わせんな!」


 やっぱり、この時間はとても愛おしい。

 何かを犠牲にしても、あたしはこの瞬間が好きだ。


 叶えたい願い事。

 こんな時間がずっと続けば良い。


 叶えたい願い事。

 ずっと笑っていて欲しい。


 叶えたい願い事。

 ずっと一緒に笑っていたい。


 叶えたい願い事。

 ずっと一緒にいたい。


 その鎖を、討ち解きたい。


 火澄先輩の心を、その呪縛から解き放ちたい。




 火澄先輩はあたしが救ってみせる。



つづく


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