未解決の噂

未解決の噂(一、二日目)


一日目


 火澄ひずみ先輩が逝ってしまった……じゃなくて、行ってしまった、修学旅行に。

 だから今日から五日間、つまり今週いっぱい部室にはひとりきりだ。

 いいなぁ、京都。先輩と行ったら楽しいんだろうなぁ。お寺とか幽霊多そうだし。


 ……長いなぁ、五日間。


 あたし火澄先輩のこと絶対忘れません。だから先輩も忘れないでくださいね……お土産。


秋心あきうらちゃん、お土産なんかリクエストある?』


『木刀! 木刀がいいです! なるべく硬くて尖ってるやつ!』


『絶対嫌だ!』


 ……あのやりとりがもう懐かしい。


 さて、先輩は部活を休みにしても良いって言ってたけれど、とりあえず部室に来ちゃったから何かしたいな。

 火澄先輩の悪口をノート一冊分書き連ねて、帰って来たところに渡すってのはどうだろう? もしくは部屋中に日本人形を並べておくとか。

 絶対怒るんだろうなぁ、楽しみ楽しみ。


 ……早く帰ってこないかなぁ。


 まぁ、時間はたっぷりある事だし今日は部室の掃除でもしよう。

 先輩ったら感激して『な、なんでこんなに綺麗なの!? え、秋心ちゃんが掃除してくれたのか! よし、なんでも好きな願いを叶えてやるぜ!』とか言っちゃうかもしれない。

 お願い事か……何にしようかな?

 聴いたら死ぬって専ら噂のカセットテープをヘッドホンで夜通し聴いてもらうとか、巷で話題の侍の幽霊に素手で挑んでもらうとか……でもそれってお願い事にしなくても実現できちゃうからなぁ。

 どうせなら、何か特別なこと、普段お願い出来ないようなことを……いや、やめておこう。

 見返りを求めるのは良くないから。


 背筋で影が揺れたのを感じた。


「あ、こんにちは。ノックしたんだけど返事がないから」


 後前のちまえさん……全く気付かなかった。

 不思議な人だ。表情も数少ないし、とらえどころがないと言うか何を考えているのか読み取り難い。

 彼女は決してとっつきやすい人柄では無い。クラスの一定のグループに所属してはいるけれど、なんとなく彼女の周りには境界線がある。

 多分、側から見ればあたしもそうなんだろうけど。教室では最低限の人付き合いしかしていない点でもどこか親近感がある。


「何か用? 知ってると思うけど、火澄先輩は修学旅行でいないよ」


「あ、知ってる知ってる。だから秋心さん、一人だろうと思って。

 私も先輩いなくて暇だから遊びに来たんだ」


 そんな軽いノリを交わせるほど仲が良くなった覚えもないんだけど……そもそも殆ど話したことがないし。

 心遣いはありがたく受け取る。でも、あたしは掃除をして先輩に褒めてもらわなければいけないと言う使命がある。


「あたし、今からする事あるの。出来ればまたの機会に……」


「あ、火澄さんの隠し撮り写真いっぱい持って来たんだけど、やめとく?」


「見る!」


 あぁ、なにこれ案の定全部心霊写真になってる。やっぱり先輩は生粋のオカルト研究部員なんだな。幽霊に好かれる体質なんだろうか。先輩を好きになるのなんて、幽霊だけで十分だもんな。


 授業風景の写真では大体が寝てるかぼーっと窓の外を見てる。寝顔をこんな近くで……どうやって撮ったんだろう?

 ちゃんと勉強しないと、進級できませんよ? あたしの同級生になっちゃいますよ? ……そしたら、来年は一緒に修学旅行に行けるだろうか?


「あ、秋心さんこの写真も秀逸だよ」


「う、うわぁ……滅茶苦茶鼻の下伸ばしてる……」


 一緒に写っているのは木霊木こだまぎさんだ。

 火澄先輩、オカルト調査そっちのけで彼女にデレデレしてるから困る。そのせいであたしはいっつも蔑ろだ。

 全く、木霊木さんとあたしとどっちが大切なんだろう? ……あたしって言うのは、オカルト研究部って意味で。


「あ、これも面白いかも」


 体育祭の写真だ。火澄先輩があたしを抱き抱えて走っている。借り物競走であたしが借り物になっているワンシーンが切り取られている。

 人から見たらこんなにくっついてたんだ。火澄先輩、お姫様抱っこも下手くそ。振り落とされないよう必死でしがみ付くのが大変だったな。

 そう言えば、どうしてあたしが選ばれたんだろう。借り物競走のお題はなんて書いてあったんだろう。

 部活の後輩? 一年生の女子? それとも……。


「は、恥ずかしいからこれは没収」


「あ、別に良いよ。ネガあるし」


 ネガごと買い取らせてくれないかな。


 気が付いたらもう下校の時刻になっている。

 今日は掃除はできなかった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


二日目


 今日こそは掃除をしよう、まずは机でも拭こうかな。

 ……ここはいつも火澄先輩が座っている席。試しに腰を下ろしてみる。

 これが火澄先輩がいつも見ている風景か。あたしはあの席に座っているから、この視界にあたしが加わった光景を見ているんだな。

 あたしの席の後ろ側には時計があるから、時間を確かめるふりをしてあたしをチラチラ見てるんだろうか。あの人、スケベだしあり得る。

 合宿の時なんて、ずっとゆきちゃんの胸ばかり見てたし。ゆきちゃんじゃなかったら訴えられてるところだ。なんならあたしが代理権を行使して訴訟を提起してあげても良かったんだけど。


 あたしにも、もうちょっとだけ胸があれば……。


 いやいや、考えたって仕方がない。あんなもの飾りだし、なくても十分モテてるし。

 でも、好きでもない人に告白されるのは正直困る。気持ちは嬉しいけれど、拒絶するのは些か心が痛むから。


 それにしても火澄先輩、メールの返信もくれないし一体どうなっているんだろう。……携帯を見る暇もないくらい大変な事件に巻き込まれてたりして。

 京都だから落ち武者の幽霊なんかに追いかけられていないだろうか。あの人、弱っちいから心配だ。

 単純に楽しさの余り返信がおろそかになっているだけなら良いけど……いや、それはそれでムカつく。なにあたしがいないところでエンジョイしちゃってるんですか、火澄先輩。


 ……掃除しなくちゃ。

 あ、台拭きがない。雑巾じゃ机は拭けないしどうしよう。


 ……でも、もしもまさか木霊木さんと一緒に寺社仏閣巡りなんてしてたら……。って言うか既になにかしらが起こってたとしたら……。


 やめだやめ。なんでそんな人のために掃除なんかしなくちゃいけないんだ。


 なんとなくイライラするし掃除をする気も失せてしまった。集中できないくらいならやらない方がマシだ。


 今日はもう帰ろう、特にすることはないけれど。


 一人でオカルト調査なんか、死んでも嫌だし。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る