火澄伝説の噂(調査編)


「あれは、去年……いや、まだ今年だな! あれは確か今年の三月のことだった! 懐かしいな、火澄!」


 もういいから、喋るならとっとと喋れよ。

 早く帰りたいんだよ。なんであんなに喜んじゃったんだろう、俺……。


「仕切り直して、あれは俺達が一年生の時の山岳合宿のこと……」


「山岳合宿って、一、二年生が合同で山登りに行く宿泊合宿のことですよね?」


 なんでまた話の腰をおるの?

 いつまで俺をここにいさせれば気が済むんだよ。傷心の人がいたら早く家に帰らせましょうって、小学校で習わなかったのだろうか。

 ちなみに俺は習っていない。


「そうだ! 一年生と二年生で班を組まされる! だいたい五人ずつくらいか? そうだろう火澄!?」


「そうなんですか火澄先輩!?」


 無駄にハイテンションの太刀洗と秋心ちゃん。俺は催促も面倒臭いので、黙ってそれを静観することにした。


「あれはとても寒いぞ! 秋心さんも年明けに行く事になるからな! 覚悟しておけよ!」


「覚悟しておいてくださいね先輩!」


 君に言ってんだよ?


「山の中腹の宿泊施設に一泊するんだが、夜になって班の二年生がこんなことを言い出したんだ。

『ここに来る途中に祠があっただろ? 一年生であそこまで肝試しして来い』とな!

 俺と火澄は同じ班だったんだ。その時はクラスも違ったが、まさか二年生になって同じクラスになるとは! これは奇跡としか言いようがないぞ、火澄!」


 奇跡を無駄に使ったとしか言いようがないぞ。


「俺は夜に部屋を忍び出すのは気が引けたんだが、なにせその二年の中にはバレー部の先輩もいたんだ! 部活の先輩からの命令とあっては断ることができなかった! それで一年生五人くらいで夜の闇の中、懐中電灯片手に祠まで行くことにしたんだ!」


 よく考えてみると、それで行方不明者でも出ようもんなら大騒動どころじゃ済まないよな。

 あ、ちなみにその中に木霊木こだまぎさんも居たんだけど、例によって秋心ちゃんには伏せておくことにしよう。


「女子達はきゃあきゃあ言いながらも楽しんでいる様子だった。俺は男である以上、まさか怖がっているなどと思われないよう気合を入れてひたすら歩いた。

 火澄だけが最後まで乗り気じゃなかったんだ。

 そう、火澄はこの時既にこれから起きることを予測していたんだ! なんたる先見の目……流石だ、流石だぞ火澄!」


 女の子達は太刀洗目当てで肝試しに参加したんだけどな。ずっとこいつに話しかけてたし。そんなん面白くないに決まってんだろ。なんでモテるんだこんな変なやつが。

 まぁ、理由はそれだけじゃないんだが……後述する。


「そして、目的地の祠に辿り着いた時、俺達は目を疑った!

 なんと、昼間は普通だった祠が何者かに破壊されていたのだ!」


「罰当たりな人もいるものですね」


「そうだ! まさに罰当たりだ! そして、その罰は俺達に向けられたんだ! なぁ、火澄!」


 いちいち俺に振るな。


「今思い出しても身の毛がよだつ……なんと、その祠の残骸の隅に和服を着た女が立っていたのだ!

 恨めしそうな目で俺達を見ていた……一目で幽霊だとわかった!

 誰かが悲鳴を上げたのを合図に、俺達は一斉に走り出した! 元来た道を、一直線に走った! しかし! その女は俺達を追って来たのだ! 雄叫びをあげながら! 捕まれば殺される、そう直感した!」


 秋心ちゃんは息を呑み話に聞き入っている。


「途中、火澄が『こっちだ!』とでも言わんばかりに二股の道をただ一人走って行った……そう、囮になり、自らを犠牲にして他の皆を助けようとしたのだ!

 恥ずかしい話、俺達は火澄のその男気に甘えることしかできなかった……。

 幽霊は火澄を追って、俺たちは難を逃れたんだ!」


 太刀洗はまた次第にヒートアップして行く。唾を飛ばし、額に汗しながら熱く語っている姿は非常に暑苦しい。


「あの時の火澄はまさに男の中の男だった……。俺が目指す『おとこ』とはあの姿に他ならない……」


 秋心ちゃんは嬉々としてその話に食い入っている。


「そ、それでそれで!? 火澄先輩、死んじゃったんですか!?」


 じゃあここにいる俺はなんなんだ。


「俺達は一旦呼吸を落ち着かせた後、話し合った。

 このまま火澄を一人、幽霊の犠牲にしていいのか、と……。意見は割れた! 女の子のうち一人は泣きながら怖い怖いと震えるばかり……。

 火澄が命を張って俺達を思ってくれたと言うのに、なんだこいつらは! 俺は怒りがこみ上げた……しかし、俺も恐怖していた! 幽霊など見たのは初めてだったのだから!

 そんな躊躇する俺を前に、一人の女子が言ったんだ!『私、様子を見てくる』と!

 俺は恥ずかしくなった。『漢』を目指す者として、何を怯えているのかと! 女なんかに遅れをとって良いのかと!

 そして、その女子と二人、来た道を引き返し、火澄を追ったんだ!」


 ……ちなみに、その女子とは木霊木さんのことである。やっぱりその事は黙っておくけど。


「ごくり……息もつかせぬ展開ですね! そして、どうなったんですか!? 火澄先輩の無残な死体があったんですか!?」


 秋心ちゃんもなんか面白がっている。いいから俺を殺すのをやめろ。


「俺達が火澄の元へ辿り着いた時……そこには衝撃的な光景が広がっていた!

 なんと! 幽霊が涙を流しながら光となり消えて行くではないか! その傍に一人立ち尽くす火澄……。

 俺はそれを見て悟った!

 あの幽霊はその地に眠る悲しき過去を持つ女だったのだ! おそらく、人柱に捧げられた悲哀の人物だったのだろう……その霊を寛大な心で慰め成仏させる火澄の慈悲深き人間性に俺も涙を流した……!

 そう、人間のあるべき姿がそこにはあったのだ!

 それ以来、火澄は俺達の間である種の現人神あらひとがみとして崇拝と尊敬の対象となり、いわば触れる事は許されない高次元の存在となったのだ……」


 その割にお前馴れ馴れしいけどな。


「へぇ……そんなことが……。火澄先輩、良いとこあるんですね、見直しました」


 うん、そう言っていただけるのはありがたいし盛り上がってるところ大変申し訳ないんだけど、今の話には大きく訂正しなきゃいけない点が何箇所かある。

 よって次回、火澄くんによる『火澄伝説』の訂正を行います。

 お楽しみに。

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