陳腐な恋のおまじないの噂(調査編)
おはよう、火澄だよ。今日も生きているよ、みんな安心してね。
まさか無事に登校できたことを喜ぶ日が来ようとは。生きてるって素晴らしい。
「おはよー! 火澄くん!」
校門で木霊木さんに出くわした。朝からついてるね。まさか、これがマニキュアの効果だろうか? 朝一で木霊木さんに会えるっていうおまじないなのかな?
もしそうなら爪どころか全身ピンクに塗るよ。
「なんだか疲れてる?」
「いや、ツカレてるって言うか、ツイてると思ってたところ」
変なの、と彼女は笑った。
あぁ、もう今日が終わっても良い……まだ朝の七時過ぎだけど。
「マニキュアはどう?」
風呂に入っても落ちないんだね、これ。びっくりした。
俺の左手小指には、昨日のままのマニキュアがまだ残っている。
「聞きそびれたけど、これってなんなの?」
「ふふふ、聞きたい?」
ああん、もう焦らさんといて! 意地悪やわぁ、木霊木はん……。
でも楽しいので苦にならない。なんなら墓場まで持って行ってくれても良い。秘密は女を美しくするのだ!
「これはね、恋のおまじないなの!」
ドヤ顔すら可愛いよこの子。
なんなんだろう、幸せって些細な日常の中にあるんだね……?
でもいまいちよく分からないから説明をしてほしい。
「こうやってマニキュアを小指に塗ると、自分のことを好きな人が好意を表してくれるんだって! 好きなら好きな分だけね。
だから、誰がどれくらい自分のこと好きなのかわかるってことなんだよ。
火澄くんは、何か思い当たることあった?」
思い当たること……?
秋心ちゃんに殺されかけた事以外は、昨日は普通の放課後だったな。よく考えればそれもかなり異質な事なんだけど、気にしてたらあの子の相手なんか務まらないからね。
「特には……ないかな?」
そんな簡単な方法でそんな大きな効果が得られるわけはない。陳腐すぎるおまじないだと秋心ちゃんなら鼻で笑うだろう。
でも、俺は木霊木さんの言うことだから信じちゃう!
「そっか、残念だったね。じゃあそんな残念な火澄くんに良いものあげる」
手渡されたのは小さな紙袋だった。
「昨日クッキー焼いたの! よかったら食べて!」
そう言うと木霊木さんは走り去ってしまった。
俺は立ち止まり、しばし思いを巡らせる。
秋の冷たい風が背中を撫でた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
放課後、ひとり部室で頬杖を突いていた。
考える事はただひとつ、木霊木さんってなんて良い子なんだろう、と言うこと。
そんな当たり前をまた認識し直しちゃったよ。
朝渡された紙袋は可愛らしくリボンで装飾されており、彼女の女の子らしさを際立たせていた。
オカルト研究部のお手伝いと称して恋のおまじないを教えてくれただけでなく、その効果がなかったからと言ってお菓子までくれるなんて。なんて素敵な子なんだろうか。
しかもこれ、手作りときたもんだ。木霊木さんの手作りお菓子が食べられるやつなんて、この学校に何人いるんだろう。このマニキュアを塗った小指を使わずに数えられるくらいだろ?
間違いなく俺は今日、この学校の男子で一番幸せな男だぜ。
正直自慢して回りたい。『木霊木さんの手作りクッキーを食べる男!』って書いたタスキをかけて構内を回りたい。
色々な恨みも買いそうだけど。
でも、悲しいかな……それって俺にあのおまじないが無意味だって予想してたってことだよね?
つまり、俺のこと好きな女の子なんていないだろうって、そう思ってるってことだよね?
やべ、泣きそうになってきた。ここ、深海だったっけ? 光がどこにもないけど……あ、瞼を閉じたままだった。だって開いたら涙がこぼれちゃうんだもん。
いや、ぶっちゃけ木霊木さんからどう思われてても良いんだけど。もともと希望なんて持ってないし。
……でもショック、スーパーショック。
溜息を吐いていると部室のドアが開き、秋心ちゃんが覚束ない足取りでやって来た。
ここで火澄くんの脳が果てしない高速計算を生み出す!
いつもとテンションが違ったら、勘の良い秋心ちゃんのことだから絶対に異変に気付く。そしたら、自ずと木霊木さんに行き着く。秋心ちゃんは不機嫌になって息付く。最終的に、俺傷付く(物理的に)。
イェー、ジャパニーズラップカモン。
「やぁ、秋心ちゃん。今日も素敵な一日だったね。
はは、そろそろ長袖に着替える季節かな? 夏も陰りを見せているよ。すっかり秋だね!」
あくまでいつも通りを装う。
完璧だ。何も疑う余地はないはず。
だが、秋心ちゃんの方がなんかおかしかった。
「……あ、火澄せんぱい」
「おつかれ秋心ちゃん。ははは」
「……会いたかった」
……はい?
今なんつった? この後輩ちゃん。
聞き間違いだよね……? それか、俺の頭がおかしくなったかだよね?
耳と脳みそのどっちを疑うべきなの?
「ごめん、よく聞き取れなかったんだけど……」
とりあえず耳を疑う事にした。間
違ってたらごめん、耳。その時は今度何か奢るからさ、耳。
しかしその言葉には反応せず、じりじりと歩み寄る彼女。
紅潮した頬、蕩けたような目付き、荒い息遣い……いつもとまるで様子が違う。
思わず身構えていると、秋心ちゃんは鞄を放り投げて俺の胸元に飛び込んで来た。
「せんぱい! やっと会えた! 部活が待ち遠しかったぁ! こんなに我慢してたんだから、今日はぎゅーってして良いですか!?」
いや、もうしてる! 凄いしてる!
待て待て待て、意味がわからない。
別に今日が何か特別な日なわけでもない。授業の時間は変わらないから、俺と秋心ちゃんが顔を合わせるのもいつもと同じタイミングだ。何十年ぶりの再会ってんならまだしも、そんなに喜ぶ要素はないだろ?
まぁ、もし久方振りの再会だったとしても、秋心ちゃんがこんな反応するとは思えないけど。
一応確認しとくけど、これ秋心ちゃんだよね?
何が一体どうしたんだ!?
「あ、秋心ちゃん酔っ払ってんの!?」
「何言ってるんですか、ぶっ殺しますよー!? お酒はハタチになってから!
でも、酔ってるのは当たってますよ……せ・ん・ぱ・い・に!」
ここで一句。
『ゾゾゾゾゾ ゾゾゾゾゾゾゾ ゾゾゾゾゾ』
今までのどんなオカルトよりもホラーな部活動が始まった。
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