陳腐な恋のおまじないの噂

陳腐な恋のおまじないの噂(提起編)


火澄ひずみ先輩、なんですか? それ」


 秋心あきうらちゃんが不思議そうに俺の小指を見つめている。

 ピンク色に塗られた爪にいち早く気が付くあたり、流石と言うかなんと言うか、相変わらず勘が良い。

 俺にとってはなんも嬉しくない秋心ちゃんの特殊スキルだな。


「爪ごと剥がしてもいいですか?」


「良いわけないだろ!」


 どうしてそんなに加虐的な台詞をさらっと言ってのけられるんだろう。

 秋心ちゃんのボキャブラリが詰まった引き出しって、多分滅茶苦茶『おどろおどろしい』んだろうなぁ。

 『踊ろ踊ろshe!』ならなんだか愉快なのに。視聴率悪いドラマのタイトルみたいだけど。


「これ、なんか女子の間で流行ってるおまじないらしいんだけどさ……」


 そこまでしか言ってないのに秋心ちゃんは眉毛を吊り上げて俺を睨んだ。


「また木霊木こだまぎさんですか! 聞きたくないですそんな話! 鼓膜ぶち破りますよ!」


 なんで話す方の鼓膜を破壊するの? 逆じゃないの? いや、喉仏を潰してくれって意味じゃないよ。仏に失礼だし俺が可哀想だろ。

 てか、どうしてわかるんだろうこの子。木霊木レーダーでもついてるんだろうか……それ俺にも付けてくれ。

 あと、秋心レーダーも付けてくれ。反応があったらすぐに走って逃げられる様に。


「爪が嫌なら腕ごとぎます! 袖めくってください!」


 余るじゃんか、指先から二の腕にかけて。不必要な部分まで切除するなよ。いや、不必要じゃないよ、必要だよ俺にとっては。鞄を肩にかけられなくなっちゃうじゃんか……多分もっと大きな問題あるよね?


「え? 秋心ちゃん、まさかその三角定規で切断するつもり……?」


「他にどうするってんですか? この状況で長さを図るとでも言うんですか? あ、先輩の寿命の長さを?」


 何時間かければ切り終わるんだろう。

 て言うか、俺の寿命をセンチメートルで換算するな。

 例え換算出来たとしても、多分40センチはあるわ。そのちっこい定規じゃ測りきれんだろ。

 それにしても余生を短く見積もったもんだ。我ながら悲しくなってきた。


「あ、メジャーが有りました。こっちの方が切れ味良さそう」


 もっと長い物差し出てきちゃったよ。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 少しだけ時間を遡る。


 放課後、チャイムの音に合わせて手を振って遊んでいると、そんな俺の元に木霊木さんがやってきた。


「何踊ってるの?」


「あ、いや……やっと授業終わったから喜びの舞を……」


 俺のせいなのは重々承知だけど、恥ずかしい。

 ホントいらんことはするもんじゃないな。反省せねば。この世に後悔と反省だけは掃いて捨てるほどあるからね。

 しかし、木霊木さんは誰かさんみたいに侮蔑の目を向けること無く楽しそうに続けた。


「それ、体育祭で私達が踊った振り付けだよね? 見ててくれたんだ!」


 あぁ、なんか覚えがある振りだと思ったらそれか。

 先日、何事もなく終わった体育祭の余韻がまだ体に残ってるんだなぁ。あんなに練習嫌だったのに、過ぎ去ってみれば少しだけ寂しかったりする。


「楽しかったよね、体育祭。

 火澄くんが出てたあの……借り物競走。あれも面白かったけど、借り物のお題はなんて書いてあったの?」


 や、やめて! 思い出しただけで恥ずかしい。

 借り物指定のメモには『他学年の異性』って書いてあった。だから仕方ないじゃない? そんなの、俺の知り合いには秋心ちゃんしかいないもん。

 応援席に座っている秋心ちゃんを見つけて手を取ったまでは良かったけれど、あの後輩ちゃん微動だにしないもんだから全校生徒の前で赤っ恥をかいてしまった。

 最終的には秋心ちゃんを担いでゴールするって言う、なんかもう色々記憶から消去したい思い出になっている。

 おもっきし引っ叩かれたし。

 秋心ちゃんのレンタル料高過ぎ。


「ははは……忘れてくれ」


「あ、ごめんね。じゃあ忘れる!」


 ほんまえぇ子やで……。これ、秋心ちゃんなら執拗に責め立ててきて絶対逃がしてくれないもん。キャッチしてリリースしない噛み付き亀みたいな子だからなぁ、秋心ちゃんって。


「木霊木さん、今から部活?」


「うん。でもその前に、今日は火澄くんの部活のお手伝いをしようと思って」


 相変わらず天使のような可愛らしい微笑みを向けてくれる彼女は得意そうに言った。こんなスマイルシャワーを毎日浴びれるサッカー部員が羨ましい。


 そんで、えーとお手伝い……?

 え、なんだろう。一緒に毒噛み付き亀でも探しに行ってくれるのかな?

 あ、それなら部室にいるな。危険だから木霊木さんは近寄っちゃダメだぞ。


「左手、出して?」


 違ったようなので素直に従うことにする。

 左手でも右目でも奥歯でも好きなものを持って行ってくれ。でも、大事にしてね? 大事に目玉を飾ってる女の子って、すごく嫌だけど。

 木霊木さんは小瓶を取り出した。別に採取した目玉を保存するためのものではない。中身はマニキュアである。

 慣れた手つきで蓋を開け、俺の小指にニュルリと筆を添えた。


「はい、おしまい」


 簡単な作業が終わった。ピンク色のマニキュアは塗りたてなので勿論まだ乾いていない。


「えっと、何これ?」


「女の子の間で流行ってるおまじないだよ。じゃあ、私も部活に行くから火澄くんも頑張ってね!」


 おまじないの効能を聞く前に彼女は去ってしまった。

 シンナーの強い匂いが鼻をさした。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 回想終わり。


 このおまじないの詳細を秋心ちゃんに聞いてみようと思ったんだけど、それどころでは無くなってしまった。

 秋心ちゃんはどんなわらしべ長者が行われたのかわからないけど、最初三角定規だった武器が今はツルハシになっている。

 どっから持ってきたんだ。汗だくになってまで走って調達しに行くなんて、どんだけ俺を殺したいんだよ。


「お、落ち着け秋心ちゃん! それ、物を切るための道具じゃない!」


 そう言う問題でもない。


「でも、学校にある凶器の中では一番痛そうでしたよ?」


 あんた凶器って言っちゃってるよ。

 そもそもの目的も忘れちゃってるみたいだし。


「これで思いっきり殴れば、木霊木さんのことなんて忘れるでしょう? あたしもすっきりしますし……」


 忘れるだけで済めばいい。でも、きっと頭に穴が空くだろうね。

 確かに頭部はすっきりするだろうさ。

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