不思議なお客さんの噂

不思議なお客さんの噂(提起編)


火澄ひずみ先輩、オカルトなぞなぞです。

『煮ても焼いても食べられないお寿司ってなーんだ?』」


 えっと……うん、先輩全然考えが追いついていかないよ、秋心あきうらちゃん。

 何からつっこんでいくのが正解なんだろうね?


「ぶっぶー! 時間切れです。残念でしたね、見損ないました」


 そんな言う? そこまで言うほど悪い事してないと思ってましたし、これからも思い続けていきたい。


「正解はイカです」


 ……やっぱりよくわからん。どんな思考過程でそこに行き着くのだろうか?


「ごめん、ちゃんと解説してもらっていい?」


「あたし、イカあんまり好きじゃないんです」


 あぁなるほど、ふざけんなよ。

 わかってたまるかそんな問題。


「オカルトなぞなぞじゃなかったのかよ。そもそも問題自体わけわかんないし、秋心ちゃんの個人的な話じゃんか」


「あたしがオカルトです。だから良いんです」


 あ、あぁ……あなたがオカルト様ですか……。いつもお世話になっております。


「先輩、あたしのこと何も知らな過ぎじゃありませんか? だから見損なったんです」


 理不尽もここまで極まると逆に合理的に感じるから恐ろしい。

 秋心ちゃんの適性職業は『独裁者』に違いないな。


「でも、なぞなぞの体を成してないじゃないの……」


「人がせっかくプライベートを切り売りしてまで出題していると言うのに、いちいちイチャモンつけて楽しいんですか?」


 おう、言い掛かりは秋心ちゃんの専売特許だろう。どの口だ。

 自分のこと棚に上げ過ぎだろ、少しは在庫処分してくれ。


「馬鹿な先輩はほっときましょう」


 誰に話しかけてんの? 怖いからやめて。


「もうこの辺りですよね、ゆきちゃんがバイトしてるお店って」


 いや、だから誰に話しかけてんの? こっち向いてくれないかなぁ。

 諸々が腑に落ちてはいないけれど、とりあえず今の状況を説明しておくか。

 今日はオカ研先代部長である『ゆきちゃん』こと雪鳴ゆきなり先輩がバイトしている店に遊びに行くためを二人でとぼとぼ歩いている。

『是非とも遊びに来ぃや! 来んならくらす!』と言う素敵なお誘いがあったからだ。

 迷惑な話である。


「ここですね……」


 教えられた住所に辿り着いてみると、そこは個人経営の喫茶店であった。

 カフェではなく喫茶店である。なんか、昭和の香りが残る佇まいは大人びていて、高校生がなんとなくで訪れるには敷居が高いみたいに思えた。そもそも昭和を知らないけど。

 そんなワクワク感そのままに重たいドアに手をかける。


「先輩、カランカラン鳴りますよ! カランカラン!」


 一体何にテンションを上げてるんだろう、この子。


「先輩の頭を振った時と同じですね!」


 謎はすぐに解明された。うるせぇやい、ちゃんと詰まっとるわ、頭の中には色々と。


「いらっしゃいー! 待っとったよ! あっきーおひさー!」


 相変わらずの騒々しさで出迎えてくれた雪鳴先輩。落ち着いた店の雰囲気には不釣り合いすぎる。

 俺達の他にもまだらに客足があるってのに、そんなこと御構い無しだ。


「……火澄の事は残念やったね」


「はい……でも、最後を看取ることができて良かったと思います」


 ちょっと待て、なんの話だ。何が始まったんだ。


「俺が死んだみたいな設定、やめてもらって良いですか?」


「今でもちゃんとあたしの心の中には火澄先輩がいるんですよ。この瞬間もきっと、近くで見守ってくれてるはず……」


 うん、隣にいるよ。無視しないで。


「あいつ、馬鹿で気ぃきかんかったけど良いやつやったもんな……」


 涙まで浮かべてるよこの人。演技が迫真すぎるだろ。


「おい、そろそろ泣くぞ」


「なんや、邪魔すんなや」


「そうですよ、せっかく再会の喜びを分かち合っていたのに」


「いやいやいや、いらんだろ、俺の死は必要ないだろ再会に」


「その方が喜びも七倍になるじゃないですか?」


 どんだけ嬉しくなっちゃうんだ。ポイントカードじゃないんだから。


「決めとったんよ。今日、二人の間では火澄は死んだことにしようって」


 あれ? 俺いない方がいいの? 俺だって悲しかったり寂しかったりするんだけど。

 死人の気持ちも考えてほしいものだ……死んどらんわ!

 俺が主人公の国語のテストがあって、『登場人物の気持ちを答えよ』なんて問題が出た日には赤点だぞ、あんたら。


「はぁ、興が削がれたわ。あっきーなんにする?」


「じゃあ、ホットミルクで」


「火澄はぬるい水で良い?」


「良いわけないでしょ!」


「なんですか火澄先輩! ゆきちゃんに向かってそんな口の聞き方は! あなたの先輩ですよ!」


 えぇぇ……秋心ちゃんが一番言っちゃいけない台詞だろそれ。


「秋心ちゃん、鏡を見た方が良いと思うんですが……」


「美少女が映るだけでしょう?」


「例えで言ってんの!」


 つまり、俺への接し方について胸に手を当てて思い返してみろって事だよ。秋心ちゃんに先輩に対する心遣いとかを解かれるなんてあって良いはずがない。反面教師としてなら良いかもしれないが……いや、反面後輩か。


「ゆきちゃん、なんか今日は火澄先輩機嫌が悪いみたいです……こわい……」


「ほんとやな……なんか嫌なことあったんかな……」


 ダメだ、普段秋心ちゃんひとりにさえ手こずってる……って言うか大敗を期しているのに、雪鳴先輩まで加わった日には地獄しかない。

 こんなの泣きっ面に蜂どころか死に顔にドリル突き刺されてる状況だ。ごめんなさい刑事さん、身元特定にいらん労力をおかけします。


「あっきー、可哀想やからそろそろ許してやるか?」


 え? 悪い事したっけ? 許すとか許さないとかそんな話だったの? これは何かの罰だったのか?


「いえ、面白いのでもうちょっと続けましょう」


 面白半分か、それ私刑じゃんか。

 今、火澄くんの中で秋心ちゃんの方が『酷い人ポイント』多いぞ。


「冗談やて、うちら火澄のことが好きやから、ちょっとからかいたくなるんよ」


「あたしは嫌いですよ!」


 はい、秋心ちゃんまたポイント追加です。


「別に本気で怒ってるわけじゃないから良いんですけど」


「さすが部長! 懐深いわぁ。

 じゃあ、謝りついでにひとつお願いしてもいい?」


 そんなついでって許されるの?

 雪鳴先輩や秋心ちゃんなら許されちゃうから不思議だよね。この国の行く末が心配だよ。

 法律仕事しろ。


「いっつもこんくらいの時間に変な客が来るんよ。そいつの秘密を暴いて欲しい。

 ……できるか?」


 それは雪鳴先輩からの久しぶりの指令で、首を縦に振る習慣が俺にはまだ残っていた。

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