野良犬キメラの噂(解明編)


 俺と秋心ちゃんは警察にこっ酷く叱られた。

 通報した後、お巡りさんが敷地内を調べたところ、今しがた目撃したモノなど影も形もなかったからだ。庭にあったはずの大きな檻も含めて。


「絶対いましたよね、あの檻の中に」


「あぁ、いた。絶対いた」


 二人でぶつくさ言いながら帰路を歩む。

 いくら人騒がせだとお叱りを受けたって、俺たちは確かにそれを見たのだ。立ち会いはさせてもらえなかったからその主張を押し通す方はできなかったけれど。

 やせ細った人間が檻の中で鎖に繋がれていたのだ。まるで犬猫のように。きっと調べれば何かわかるはずだ。なぜ俺たちが外で待たされたのかはわからない。

 というかそもそも、家主が不在だったから事の詳細は誰も知り得ないでいる。警察は鍵をこじ開けて家宅捜索をするほど俺たちのことを信じちゃいなかった。


「あぁもう、キメラは見つかんないし、臭いし、怒られちゃうしで散々です。

 あたしもう歩くの疲れました。先輩、さっきみたいにおぶってくださいよ」


 背後に回る秋心ちゃんの気配を察知し、華麗なる身のこなしでそれを避ける。やだよ、人間なら二本足で歩け。


「結構乗り心地良かったですよ? 馬とか豚の才能あるんじゃないですか?」


 いらないよそんな才能。あきうらちゃんの場合、人参ぶら下げてくれることも無く単に鞭をビシビシ振るってくるだけだろうし。あと、豚に乗るな。

 執拗な秋心ちゃんの攻撃を逸らすため、話題をもう一度戻すことにする。


「あれって、やっぱり幽霊だったのかね?」


「さぁ? 家主が帰って来たら警察も本格的に調べてくれるんじゃないですか?

 そしたらきっと、全部わかりますよ」


 今までそうなった試しがないから困る。あの家に周辺住民が迷惑しているのは間違いないから、何かしらの処理が加わって真実が闇に流れる可能性の方が高い気もする。

 取り壊された家の下から人骨でも出てきた日には笑えもしないだろう。


「中は見えなかったけど、あれって動物虐待だよな。鳴き声すごかったし十匹以上はいたぜ?」


 その中に噂のキメラとやらがいたって不思議じゃないと思えるほど、異様な雰囲気があった。

 家の中に犬がいて、庭の檻に人がいて……まるで逆じゃないか、一般家庭とは。年功序列という制度の崩壊したうちのオカ研と同じだ。


「家主は犬が好きでたくさん連れ帰ってたんですかね? それなら先輩の言う通り環境はちゃんと整えるべきです」


「わかんねぇけど、なんにしろ犬達から感謝なんかはされてないだろうなぁ……」


 そう決まったわけじゃないけど、犬達と本当に仲良くできているのなら庭の折になんか閉じ込められやしないはずだ。

 あれが現在行方知らずの家主だったら……と言う話。あくまで俺の勝手な妄想。


「ところで犬って人間の何万倍も鼻がいいじゃん? あんな悪臭よく耐えられるよ」


「獣達にしてみればたいして嫌な臭いではないのかもしれませんよ。蓼食う虫も好き好きですし、逆にとてもいい匂いだと感じてるのかもしれません」


 確かに、香水や洗剤の香りが苦手な人とかもいるし、人間どうしですらそうなんだから、別の生き物になればその理屈も当たり前なのかもね。

 俺とこの後輩ちゃんですらこんなに考えが違うんだし。

 たまには秋心ちゃんも的を得た事を言う。


「人間だってそうです。どんな嫌われ者も、全世界のすべての人から嫌われているわけじゃないはずです。

 きっとたった一人くらいは好きだって言ってくれる人がいるはず……だから、あたしならそんな一人だけ好きになれたらいいと思います。あ、さっき話してた話ですよ、これ」


「秋心ちゃん、別に嫌われてないじゃん」


 ちょいとしたリップサービスである。

 秋心ちゃんの場合自分から嫌われにいってる気がするけど。まぁ、少なくとも俺は秋心ちゃんが嫌いじゃ無い。こんなに罵倒され続けてる俺がそうなのだから、彼女を嫌っていないのは世界でたった俺一人ではないはずだ。


「嬉しい事を言ってくれますね。先輩も頑張ってください」


「そこは先輩もそんな事ないですよ……って言ってくれよ」


 クスクスと笑う生意気な後輩に溜息を漏らす。

 やっぱり嫌いかもしれないです。


「そう言えば先輩、結婚がどうとか言ってましたけど、そもそもお互いまずは相手を探すことから始めないとですよね」


「悲しい事を言うな……その通りだけど」


「そう考えると、今の話も結構大切な事なんですよ……難しいですけど」


「提唱者の秋心ちゃんでも難しいの?」


「はい。だって、今の話嘘なんですもん」


 衝撃的すぎる告白に思わず感嘆詞が漏れる。


「えぇぇ!? あんな自信満々にのたまってたのに!?

 俺、ちょっと感心しちゃったじゃんかよ! 返せ! 俺の純情!」


「奪ったものは返しません」


 いや、それは返せよ、返還義務があるよ。

 もらったもんなら返さなくて良いだろうけど。

 結論として俺は秋心ちゃんに純情を奪われた。


「どの辺が嘘なの? まさか全部……?」


「いえ、愛は返すものではないと言う事です、つまり逆なんです。

 愛してもらったから愛するんじゃなくて、あげた愛情をほんの少しだけで良いから返して欲しい……それが女心と言うものですよ。

 ……先輩には絶対にわからないでしょうけど!」


 彼女の言う通り、正直全然わからんから反論のしようもない。

 秋心ちゃんの意外に乙女な素顔を垣間見たところで、今回の調査をしめることにしよう。

 俺達の会話は、犬も喰わない。



おわり

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る