野良犬キメラの噂(調査編)


 動物を飼うのは子供の情操教育に良いんだそうな。情操の意味は良く知らないけど。

 そしてやがて自分より早く天に召される家族を看取ることで、命の大切さも学ぶことができるから、是非ともみんな小さいうちに犬や猫を飼おう!


「あ、あそこにも畜生を散歩させてる人がいますね」


 ち、畜生て秋心ちゃん。もっと言いようがあるだろ、愛犬家の皆さんまで敵に回すつもりか。

 あんな可愛いトイプーつかまえてなんて言い草だろう。


「……秋心ちゃんほんとに犬好きなんだよね?」


「いえ、別に好きじゃありません。ただ単純に犬猫に優劣をつけた場合、僅かながら犬の方が優っていただけですよ。正直飼いたくもないですし、飼ったこともありません」


 そうだったのか。

 見ろみんな、情操教育を受けなかった良い例がここにいるぞ。いや、悪い例かな?

 だから俺に死ね死ね言うんだね! 納得! 俺に娘ができたら絶対犬か猫を飼おう。


「エゴですよ、人間が他の動物を飼育するだなんて。何様ですか全く」


 なんか壮大な悪口を始めた。

 秋心ちゃんにそっくりその言葉を返したい、君こそ何様だよ。


「秋心ちゃんと結婚する相手は大変だろうな……どうすんの? 動物好きな彼氏ができたら」


「先輩は動物好きなんですか?」


 別に好きじゃないけど、家庭を持ったら動物を飼うことは先ほど決めた。

 それにマイホームにでかい犬は誰しもの憧れだろう……あ、俺猫派だったっけ?

 だから俺は相手が動物好きでもとりあえずオッケーだよ。動物好きな女の子と仲良くなれないかなぁ……。


「犬を飼いたいからあたしと結婚できないなんて、動物に負けるほどの愛情なら、そんな人と結婚しなくて正解ということじゃないですか?」


 ものの見事に俺の選考から外れていく秋心ちゃん。まぁ、もともとその心配はないんだけど。


「子供が飼いたいって言ったら?」


「子供ってある意味で動物じゃないですか、頭悪いし」


 お前、本当にもうご両親にも全国の人の親にも謝れ。


「あたしには手一杯ですよ、家族の面倒を見るだけで。それに、愛情を注ぐ相手は少ない方が良いに決まってます。世界中に愛をばらまくより、大切な人ただ一人を精一杯愛したいです、あたし。

 あ、でも子供は欲しいです。超可愛がっちゃう自信があるんで!」


 何の裏付けもない自信がそこにはあった。自分の言葉に責任を持って、その矛盾に気付いてくれ。

 なんか今日はちょいちょい女の子っぽい発言が出るな、ちょっと反応に困る。

 秋心ちゃんの愛情を浴びることができるやつが羨ましいやら気の毒やらで複雑な心境だね。


「なんて、なーに恥ずかしいこと言わせてんですか! このこの!」


 や、やめて肘鉄やめて。脇腹弱いんだ俺。

 その攻撃はとある異変に気付くまで続いた。


「……なんか、騒がしいな」


「はい。目的地が近くなので」


 遠く聞こえるのは犬の鳴き声……いや、叫び声といったほうが正しいのかもしれない。

 臭いも次第に強くなる。ツンとさす……なんて生易しいものじゃない、口元から覆いたくなるような、そもそも呼吸を嫌悪したくなるような悪臭が満ちていた。


「てんぱい、ここれす。ここがうわさのいぬやしきれす」


 鼻をつまんでいるせいで秋心ちゃんは間抜けな発音になっている。


「……やっぱ帰ろうよ。嫌な予感と臭いがプンプンする」


「せっかくここまれきてなにいっれるんれすか。ちょっとへいのむほうほのぞいれみましょうよ」


 背伸びをすればブロック塀の中が見渡せる。狭い庭には犬の影ひとつ見えないが、雨戸の閉まった部屋の中からはけたたましい鳴き声と物音が聞こえてきた。


「あたしもみらい! みらいれすてんぱい!」


 ぴょんぴょん跳ねる後輩ちゃんを無視していると、俺の背中にヨジヨジよじ登って来た。

 うわ、秋心ちゃん軽っ!

 秋心ちゃんをおんぶしながら俺もまた敷地を覗き込む。

 側から見たらすんごい不審者だぞ、俺等。


「あ、みれくらさいあれ」


 雑草生い茂る庭の隅には大きな檻があり、秋心ちゃんはそれを指して言った。

 外で飼われている犬もいるのだろうか?

 中で白い影が蠢くのが見えた。俺と秋心ちゃんはじっとそれを見つめる。


「た、たすけてくれ!」


 人だった。

 ガリガリに痩せ細り、骸骨のような人が格子に縋り付きながら俺達を見つめてそう叫んだ。


 俺は秋心ちゃんをおぶったまま全速力で逃げ出した。

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