心霊写真の噂(調査せずに解明編)


 後前さんの提案で秋心ちゃんには席を外してもらった。秋心ちゃんは不満そうにひとつふたつ文句を言ってその言葉に従ってくれたから、今部室には眼鏡の後輩と二人きりである。

 それにしても、退出間際の後輩ちゃんに精神的に抉られるような罵声を浴びせられたせいか過呼吸気味である。

 これも心霊写真の呪いだろうか。


「あ、なんか私のせいですみません。大丈夫ですか?」


「いつものことだから……」


 胸を押さえて動悸を落ち着かせる。

 どうやら秋心ちゃんは自分だけ除け者にされるのが気に食わなかったらしい。今はどこで時間を潰していることやら。


「で、なんで秋心ちゃんに出て行ってもらったの?」


「あ、はい。

 実を言うと、私にはこの写真の幽霊について心当たりがあるのでその話をしたかったんです。秋心さんにはあまり聞かれたくない話だったので退席してもらいました」


 淡々と喋る後前さん。


「なに? その心当たりって」


「あ、はい。お教えしたいところですが、それには条件があります」


「条件?」


「あ、はい。秋心さんのレアな写真が欲しいんです」


 その突飛な提案に思わず顔をしかめる。


「あ、説明しますね。

 先輩はご存知だと思うんですけど、秋心さんって滅茶苦茶人気あるじゃないですか? 裏では彼女の写真が高額で取引されてるんです。それで、何か面白い写真をお持ちであればご提供いただきたいんです」


「そう言うことなら良いや。自分達でなんとかするから。

 わざわざ忠告しに来てくれてありがとう」


 悩むまでもない。何が楽しくて可愛い後輩ちゃんのプライベートを切り売りせにゃならんのだ。

 そもそもそんなもの持ってないし。


「あ、わかりました。じゃあこの話はなかったと言うことで」


 やけにあっさりと引き下がる彼女に拍子抜けである。


「すまねぇな、なんか」


「あ、正直、予想通りなので気にしなくて良いです。

 ですからまぁ、ここから先は私の独り言だと思って聞いてもらいたいんですけど」


 独り言なら一人の時に言ってくれれば良いのに。

 ぶっちゃけ、俺今ちょっと機嫌悪いんだけど。


「あ、まずは私の見解としてこれは生き霊です。あなた達の方がそういったものには詳しいと思いますけど」


 残念ながら俺はあまり知識がない。でも、その言葉くらい聞いたことがあるし、意味もわかっている。

 つまりは死んだ者の霊魂ではなく、生きている人間の強い思いが幽霊みたいに現れているってことだ。

 取引が決裂した今、なぜそんな事を話すのかわからないけど。


「火澄さん、表情を見る限りこの写真の幽霊って多分あなたのこと恨んでますよね? じゃあ、恨みってどうして持たれるものだと思いますか?」


「そんなの、喧嘩した相手とかじゃねぇの?」


「はい。それもあるでしょうね。

 でも他にもありますよ。思い浮かびませんか? 人を嫌いになる理由」


 首を傾げてみる。よくよく考えて、そんなに人を嫌いになったことがあっだろうか? 同じくらいに人を好きになったこともない気がする。なんか、とんでもなくつまらない人間みたいじゃんか、俺って。

 解答に時間をかけてしまったせいか、痺れを切らした後前さんは口を開いた。


「『妬み』ですよ。

 あ、それ即ち、自分になんの落ち度がなくても向けられるものですね」


 納得できないまま、俺は組んだ腕を解かずに言葉を返した。


「自慢じゃないけど、俺は妬まれるような人間じゃないんだが……」


 これまた言ってて悲しくなるなぁ。


「あぁ……あの火澄さんて結構鈍いんですね。鈍感とかよく言われません?

 先程までの話で察してもらえれば楽だったんですけどまぁ、説明します」


 瞬きを一度挟んで後前さんは言う。


「秋心さんですよ」


「や、やっぱりあれ秋心ちゃんからの怨念なの?」


 あくまでポーカーフェイスを貫く後前さんだけど、なんか若干呆れたような影を見せる。どことなく勝った気分だ。


「……違います。秋心さんと仲が良い火澄さんへの、誰それからの嫉妬が生き霊になってるって事です」


 それって変だ。

 仲が良いと言っても同じ部活だからとしか言いようが無い。秋心ちゃんからの罵声を浴びたいのならみんなオカ研にはいれば良いのに。

 てか、代わりたい奴は言ってくれれば代わってやるのにな。


「あ、火澄さんも秋心さんにファンクラブがある事は知ってるでしょう? あれ、正直ちょっと危ないですよ。

 秋心さんよりも、火澄さんの身が……ですけど」


 思い返してみる。

 いつか桜の葉を使った呪いが流行った時があった。あれも同じ理由で同じ連中から向けられた不条理な恨みだったのだろうか。ほんと、とんだとばっちりと言うか、いわれのないことである。


「つまり、本当に身に覚えのないことで俺は恨まれたり呪われたりしてるってことなんだな」


「……あ、もうそれでいいです。どこまで本気かわかりませんけど、言いたいことは全て伝えましたからね」


 正直あまり気持ちがいい話ではなかった。

 知らず知らずのうちに理不尽な怨みを買っているということもそうだけれど、その原因が秋心ちゃんにあるということがどこか引っかかっている。

 じゃあなんだ? 解決方法は簡単じゃないか。


 秋心ちゃんとの繋がりを断てば済むだけだ。


「あ、話は以上ですのでこれで失礼します」


 思いを巡らせていると後前さんは立ち上がった。


「ちょっと待って。どうしてそんな色々教えてくれたの? 取引には応じてないのに」


「あ、別に意味はないです。あの提案も、部の先輩に言われたからしただけなんで。

 私は秋心さんの写真とかどうでも良いです。

 ただ、あなたと言う人間に個人的に興味があっただけなんで」


 なんだろう、色々捉えどころがないと言うか、のらりくらりとしてはいるけれど、この後前さんと言う女の子はそこまで悪い子じゃないのかも知れない。得体が知れないだけで。

 腹を立てたのが少しだけ申し訳なく感じる。


「そっか、ありがとう。

 ついでと言っちゃなんだけど、あともう一つ……」


 ドアに手をかけたまま立ち尽くす彼女をもう一度呼び止める。


「後前さん、もし良かったらこれから秋心ちゃんと仲良くしてあげてもらえれば嬉しいんだけど」


「あぁ、私は別に構いませんけど秋心さんは嫌がるかも知れませんね」


 確かに、そんなこと秋心ちゃん次第としか言いようが無い。

 それにもしそうなったら、後前さんまで道理に合わない怨みを買う恐れもあるしな。強制し得ない理由は十二分にある。


「あ、そうだそうだ。

 なんとなくですが火澄さんが秋心さんと仲良くできる理由がわかった気がします。

 しかしいくら彼女が大事だからと言っても、自分の身も案じてないとダメですよ。私がどうしてあなたの写真を撮っていたか、誰がそんなことを望んでいるのかを考えてみてください」


 ノブの回る音が不快に軋む。


「好奇心は猫を殺すと言いますが、なまくらの刀では大切なものを守れませんよ」


 それだけ残して後前さんは去って行った。

 そんな諺あったっけ……。


 程なくして部室に帰って来た秋心ちゃんから無言でチョップされたところまでがこのお話である。


 実はこれが後に起こる秋心ちゃんファンクラブとの壮絶な戦いの序章に過ぎないなんて知るはずはないし、そもそもそんなことは起きないかもしれないのだった。

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