腕相撲必勝法の噂

腕相撲必勝法の噂


火澄ひずみ先輩、もう少し鍛えたらどうなんですか? 組体操の練習を側から見ていてその貧相な体つきに笑うこともできませんでしたよ」


 ちゃんと練習しろよ秋心あきうらちゃん。こっちは無意味な肉体労働に勤しんでいたと言うのに。

 最近になって体育祭に向けた練習が始まった。

 真倉北まくらきた高校の体育祭プログラムのひとつとして毎年男子生徒は組体操、女子生徒はダンスってなってるんだけどおかしくない? キツさの度合いが違いすぎないかなぁ。

 方や上半身裸でグラウンドの土の上に膝で立ったりしなきゃいけない俺達と、なんか可愛らしいお召し物を着てふわふわ踊ってる女の子達を見比べてると、男女平等なんて嘘だよなと社会に苦言を呈したくなるよ。

 あれ、細かい砂が肌に食い込んで超痛いんだ、なんの拷問だ。汗ばんだ野郎どもと密着せな行かんし、心身共に疲弊しきってしまうんだよ。

 一緒に組体操しろとは言わないけど、せめて女の子のダンスも半裸じゃないと割に合わんだろ。


「そりゃあ運動部の連中に比べたら見劣りかもしれないけど、俺は普通体型だよ?」


「目に付くんですよ、先輩挙動不振だから。

 その体、面白みがないので極端に太るかガリガリになるかすればもっと注目を浴びることができると思いますけど」


 なぜ注目を集めなきゃいかんのだ。面白さのために肉体改造できるか。って言うか目に付くんなら目標達成出来てんじゃん。

 それに貧相って言ったら秋心ちゃんもそうじゃない? 別にどこがとは言わないし、恐ろしすぎて口が裂けても言えないけど。


「でも、いざという時の為に鍛えておくのはおかしな事ではないでしょう? オカルト調査の際にどんな危険が訪れるか分からないんだから」


 く、くそう反論できない。これまで何度かヤバい目にあったことはあるし、もし俺がスーパーマッスルボディだったなら腕力にモノ言わせてスマートな解決に導けた事案は確かにある。

 マッスルとスマートが共存するとかあり得るのか分からんけど。


「女の子を守れる程度にはたくましくないとモテませんよ。ただでさえモテないのにモテない要素を増やしてどうするんですか? 枯れてるんですか?」


「枯れとらんわ! 狂い咲いとるわ!」


 こちとら華の高校生である。この国の法律と秋心ちゃんが許すなら、その全てを細々説明してあげたいくらいだ。


「えぇ……ひきます。なに後輩の女の子に向かって性欲強いアピールしてるんですか、死んでください。それか死んでください」


 代替案が代替になってないってどう言うことなの?

 どうやらお許しは出なかったようです、残念。


「先輩、万が一女の子に守ってもらいたいなんて不甲斐なくて女々しい軟弱な考えを持っているんだったら、即刻改めるべきです。

 あたし、先輩が暴漢に襲われてても助けたくないですし、長生きしたいなら自分で自分の身を守れるようにならないと」


「秋心ちゃんに喧嘩の助太刀を頼む事はないだろうけどね」


「よく言いますよ。先輩のこと誰よりもわかってるの誰だと思ってるんですか? そのへなちょこ具合は秋心的に折り紙付きです」


 さてはこやつ、俺の事を男として見てないな? いくら俺でも男としてのプライドってもんがあるし、ちょいとばかりカチンときたぜ。


「流石に秋心ちゃんよりは強いよ」


「果たしてそうでしょうか? 試してみます?」


 セーラー服の袖をぐいとまくる秋心ちゃん。もともと半袖だからあんま意味がない気もする。

 って言うか、腕細っ!


「腕相撲で決着をつけましょう」


「秋心ちゃん、たまに思うんだけどどこまで本気なのさ?」


「あたしは常に本気です。もしかして怖いんですか?」


 肘を机に突き立てて不穏な笑みを含ませてはいるけれど、全くもって負ける気がしない。


「それに合法的に女の子の手を握るまたとないチャンスですよ。先輩、異性と手を繋いだ経験なんてほとんどないんじゃないんですか?」


 やっぱり秋心ちゃんは煽りのスキルが天井知らずだな。あるよ、女の子と手を繋いだことくらい。

 ……あれ、そのほとんどが秋心ちゃん相手だった気がするけど、それをカウントしなければ本当に思い出せないくらい記憶にないぞ?


「よし、受けて立つ! 負けて吠え面かくなよ!」


 俺も腕を突き出す。

 秋心ちゃんはその手を握る事を避け、また不敵に笑った。


「ふふっ、それはこちらの台詞です。ところで先輩は『絶対に腕相撲に勝てる裏技』を知っていますか?」


 え、ちょっと待ってなにそれ。後出しズルくない?


「知ってるはずありませんよね、阿保で有名な火澄先輩のことです。

 この肘のところにぶつけるとビリビリ痺れる骨があるじゃないですか。ここを十回デコピンしてから闘いに臨むと、人間のリミッターを超えた力が発揮できるのです!」


 う、胡散くせぇ……。


「科学的な根拠とかあんの、それ?」


「あたし達オカルト研究部においてそんな無粋なこと言うのは無しですよ。

 実際にあたしは試してみますが、先輩は真似しちゃダメですからね?」


 するかよ。

 細く白い指でピコピコと肘の辺りを突く秋心ちゃんを見ながら少しだけ溜息が出た。

 炎天下で体育祭の練習をしたばかりとは思えないような白い肌と細っちい腕に指。まじまじと見てるとこの後輩ちゃんは瀬戸物かなんかで出来てるんじゃないかと思える。

 人間味がないなぁ、あくまで外見だけは。


「えっと確かこの辺り……あっ、ここだ……あっあっ、んぅぅ……い、痛……あぁっ、うぅ……っはっぁぁっ……」


 しばし見入ってしまった。

 な、なんだこれ。なんだこの光景。

 なんかよくわからないけど、超エロくない? 何艶やかな声を出してんだ。 苦悶に歪む表情も乱れる息も全部が全部エロい。頬を赤らめるな、ヤバいぞ、なんか変な扉が開いちゃいそうだ。


「お、お待たせしました……始めましょうか」


「お、おう……」


 確かにこれは必勝法なのかもしれん。全然集中できない。本来の力の半分も出せる気がしないよ。こんな淫らな顔をした女の子の手を握ることはなんかしらの罪に当たるんじゃないの?

 うわ、手のひらもちょっと汗ばんでるし俺まで恥ずかしくなってきた……。


「や、やっぱ待って先輩……手が痺れちゃって……いったんタイム……」


 結果俺の不戦勝となった腕相撲。

 秋心ちゃんってたまに頭が悪いよなぁと呆れながらも、先輩の威厳を保てて良かったと深い溜息をついたのだった。

 いや、保てたのか……?

 まぁ、良いか。



おわり

 

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