嫌われ者の噂(調査編)


 殴られた頬がまだ痛い。

 傷をさすりながら、俺は新入部員獲得を半ば諦めていた。

 そもそもオカルト研究部は正式な部活動じゃないんだから、存続もクソもなくない? 既に死に体だろ。

 よくよく考えてみると、万が一部員ゼロになることが廃部の定義とするなら、俺が在籍してる限りその心配はないわけだ。つまり、何もしなくても一年間は延命出来るってことだね! 火澄くんあったまいー!

 今やらなくて良いことは後でやれば良い。今やらなければいけないことも今度やれば良いが俺のモットーなのだ。

 なんか一周回ってテンションが上がってきたぞ!


「失礼します」


 一人部室で小躍りしているところに女子生徒が乗り込んできた。

 時が止まるのを感じた。


「……ここは前衛舞踏部ですか?」


「あ、いや違います。俺が個人的な趣味で踊ってただけです」


 死ぬほど恥ずかしい。

 人を殺すほどの恥なんてそうそう体験できないよね。

 冷静に「そうですか」とか返してんじゃないよ。笑ってくれた方が多少心も晴れるってもんだ。

 おまけにこの子が、おったまげる程の美少女だったもんだから尚のこと羞恥心はうなぎ登りの滝登りである。まぁ、俺にしてみればこの世の女の子なんて全員美少女になっちゃうんだけど。

 言ってみれば彼女はその中でも格別であると言うことである。正味な話、これまで目にした女の子の中で一番と言っても良いのである。

 なんかであるである言い過ぎてよく分からなくなってきたのである。


「あの、ここは何かの部室ですか? もし良かったら少しだけ隠れさせてもらえると助かるんですけれど……」


 まだ真新しく裾の残った制服を見るに、彼女は新入生なのだろう。僅かに息を荒くして、紅潮した頬を冷ますように扇いでいる。


「好きなだけ隠れてっていいよ。どうせここには誰も来ないし」


 美少女と密室で二人きりとか何かが起きる気しかしないよ。これ、恋の予感ってやつ?

 ところでそろそろ両手は下ろしてもいいのかな? 踊りの辞め時を失ってしまったから踊りは継続中です。


「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて……」


 少女は教室の隅で小さく膝を抱え座る。安堵の溜息が微かに耳元まで届いた。

 沈黙が闊歩で訪れる。

 気不味い……とりあえずしばらくは踊っとくか。


「あの、二年生の方ですよね?」


 少女の方も間がもたなかったのか、そう語りかけてきた。

 ちなみに踊りは第二章〜別れ編〜に突入していたけれど、今は関係ないので割愛する。


「そだよ。会ったことあるっけ?」


「もしかしてオカルト研究部の火澄さんですか?」


 うん、質問には答えてくれないんだね。

 ……って言うか、なんで知ってるの? あまつさえ俺の名前まで。


「そうだけど……ごめん、会ったことあったっけ?」


「じゃあここがオカルト研究部の部室なんですね」


 やっぱり答えてくれないんだ……。

 て言うか、俺の話とか聞いてるのかな、この子。仮にも年上だぞ、俺。


「オカルト研究部って何をする部活なんですか?」


 そんなこと俺に聞かれても困る。

 河童を探して真冬の河に半裸で飛び込む部活だなんて言えないし。


「身近に潜む噂や謎を追求し解明。そして人々に安寧な生活を取り戻すのが、我々真倉北高等学校オカルト研究部の使命です」


 全くの口からでまかせである。そもそも我々って言うか、俺しかいないし。

 正直恥ずかしいんだよね、オカ研ですって自己紹介するの。だから少しくらい格好付けてもよかろう。

 けど、感心したように頷く彼女に少し申し訳なくなって噛み砕いた説明を付け加えることにした。


「つまり、学校の噂なんかを集めてきて研究する部活だよ」


 掻い摘みまくりの説明ですみません。


「へぇ、じゃああたしのことも知ってます?」


 え? 『じゃあ』って何? ちょっと僕、古文苦手だから分からないよ。何段活用の動詞だろう……もう古文とかそれ以前の問題だろ、俺の頭。

 部活の存続より次の進級を心配すべきかな。


「新入生一の嫌われ者、秋心あきうらちゃんの噂をご存知ないんですか?」


 悪戯っぽく笑うその秋心とか言う後輩に、俺は知りませんごめんなさいとだけ返した。

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