嫌われ者の噂

嫌われ者の噂(提起編)


火澄ひずみ、今日からあんたが部長やから。一人だけやと色々しんどいかもわからんけど、オカ研を頼んだわ」


 雪鳴ゆきなり先輩は少しだけ寂しそうに微笑んだ。

 あのスポンスポン鳴る卒業証書入れの筒を振り回しながら小さくなって行く背中に、ろくなことのなかったこの一年間でも感慨深い思いが込み上げるから不思議だ。

 なんだかんだで楽しかったな。

 先輩に振り回されて散々な目に合うことも多かったけど、今となってはいい思い出である。心なしか溢れる目尻の温かみを拭う。


「オカ研潰したら、そん時があんたの命日やからなー!」


 あ、嘘です。

 やっぱ最悪でした、あの先輩もこのオカルト研究部も。


 これは俺がオカルト研究部部長になった時のお話。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 雪鳴先輩の卒業式から間も無くして新入生達が我が真倉北まくらきた高等学校の門をくぐり、晴れて俺たちは二年生になった。

 さて、ここで問題です。

 桜散る季節、各部活動が一斉にせいを出すものってなーんだ?

 答は新入生の勧誘です。

 運動部、文化部問わず皆が皆新たな部員獲得の為躍起になってビラを配ったり一年の教室を訪れたりしている。そりゃそうか、部員の数がある意味での各部活動間のヒエラルキーを創造すると言っても過言ではないんだし。部費の申請とかも通りやすくなるらしいから、部員はもとより顧問の先生も躍起になっている。

 ご苦労なことだよね。

 ……なんて俺も呑気なことは言ってられないんだけどさ。先の先代部長雪鳴さんからの言い付けでオカルト研究部の存続に命をかけなければならないのだから。

 雪鳴さんは基本的に冗談を言う人じゃない。やると言えばやるし、殺すと言えば殺す。だから、約束を守れないと十中八九俺は死ぬ。

 実はまだ死にたくはないので、一応一年の教室を覗いてみたりもした。

 おそらく部活観賞の真っ只中なんだろうね、同じ学年の見知った顔やらいけ好かない先輩連中がこの神聖なニューフェイスの為の空間にいるのはなんとなく腹が立った。

 俺もそのいけ好かない人間の一人なんだけどね。

 そんなこんな、一際大きなざわめきの中心には少女と大柄な男子生徒が陣取って不穏な空気を醸し出している。俺は野次馬根性丸出しで背景に加わった。

 渦中の少女の声だけが、やけに透き通って校内に響く。


「何故あたしがマネージャーなんかしなければならないんですか? 要はあなた達、小間使いの女の子が欲しいだけでしょう。

 自ら進んでその役に就きたいという人をとやかく言うつもりはないですが、その勧誘を行うあなた達の神経は疑うに値します。

 何が楽しくてあなた達の飲み物を用意したりユニフォームを洗濯したりしなければならないんですか? お母さんが恋しいのなら、家に帰ればいいじゃないですか。

 帰宅部になれば、そんな願いはすぐに叶いますよ」


 なんかとんでもない新入生がいるみたいだ。

 人だかりの中から聞こえてきた以上の文言を耳にして、すっかり新人勧誘を行う気力を失ってしまった僕です。

 俺が同じこと言われたら心が折れて入院してしまうし、下手したらそのまま死ぬ。死なないために新人勧誘してるのに、その勧誘で死んでたらたまったもんじゃない。

 あぁ、あの野球部のヤツ耳まで真っ赤にして震えてるぞ。かなり頭にきてるんだろうなぁ、まるでゆでだこだね! 坊主頭は振りかけられた青海苔に見えなくもないからたこ焼きかもしれない。

 とりあえず「いいぞいいぞ! そのとおり!」と野次馬の中から叫んでダッシュで逃げた。

 件の野球部が数人連れで追いかけてきたけれど、俺の日頃から鍛え抜かれた走力で見事追い付かれてボコボコにされました。

 余計なことしなきゃ良かった。

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