溜息を吐く幽霊の噂(解明編)


 昨日と同じように西日射し込む部室で杜川先生と対峙した。


「えらく早かったのね、昨日の今日でもう解決しちゃったの?」


 杜川先生は昨日と同じ様に品のある立ち振る舞いで椅子に腰を下ろすと、にっこりと微笑んだ。


「はい、まず結論から言うとですね……あれは放っておいて問題ないと思います」


 杜川先生は表情を崩さず質問を返す。


「解決方法を提示してもらえると思ったんだけど……それはたった一日で諦めると言うこと?」


「いえ、違います。それが解決策なんですよ。あの幽霊は一過性のものです。

 そうだな、早くて一週間であんなもん出てこなくなりますよ。その間、俺達や先生方が根本的解決の為に出来る事は特段ないと思います」


 杜川先生は腕組みをして言う。


「詳しく説明してもらえるかしら?」


「じゃああれの正体から話した方が早いですね。あれは『夏休みが終わって憂鬱になっている生徒達の感情が集合体となって具現化したもの』なんですよ。だから、その実幽霊とは少し違いますかね。

 まぁ、幽霊の具体的な定義は良く知りませんが」


「知っててください。先輩、オカルト研究部の部長なんだから」


 秋心ちゃんの横槍に杜川先生はくすりと声を漏らした。俺はとりあえず苦笑い。


「先生、今この学校に二学期が始まって気が滅入っていない生徒がどれくらいいると思いますか?」


「おそらく名前を挙げられる程度でしょうね。その中には秋心さんも勿論いるわ。長くこの仕事をしていれば、顔を見ただけでわかるもの」


 秋心ちゃんはキョトンとした表情で俺を見た。

 そんな可愛い顔してもかえって恐ろしいだけだぞ?


「昨日部室に来た時に、俺と秋心を見比べてそれを見抜いてましたよね。流石と言うかなんと言うか、恥ずかしい話当たってましたよ。

 俺はもうここ何日か死んだみたいに落ち込んでますけど、秋心は元気の塊です。

 話を戻して昨日、俺達は件の幽霊に……今は便宜上そう呼びますが、その幽霊に会いました。きっと先生があの場にいたならこう思うはずです。俺と同じ表情をしている、と」


 あの生気のない、何もかもに絶望したかのような顔。それは間違いなく夏休みに後ろ髪を引かれて嘆いている顔だった。一種の共感が俺を飲み込んだのを覚えている。

 て言うかさ、たかが夏休みの終わりくらいでそんな顔すんなよと叱ってあげたくもなるけれど、俺もおんなじ表情だったんだろうからはばかられるよね。


「じゃあ、なぜ三年生の教室にばかり現れていたの? 火澄君の話が正しいのなら学校のどの教室に姿を現しても良さそうだけれど」


「俺達の考えが正しければ、俺達が『夏休みの終わりを受け入れて新学期の突入が避けられないものだと諦めれば』自然とあの幽霊は消える筈です。

 でも、幽霊だって一日も長くこの世にとどまっていたいんだと思います。高校で一番陰鬱な学年なんて、三年生以外に考えられないでしょ? もう今から休みなく受験まっしぐら、考えただけで嫌になりますよ。

 まぁ、三年生にとって夏休みなんてあってないようなものだから、あの幽霊の本質とは少し外れてはいますけど、背に腹はなんとやら……って、使い方合ってます?」


 杜川先生が俺の見解に異論を唱える様子はない。

 ただ、指を顎に当て口元を意地悪に少し歪めた。


「へぇ……面白い話ね。でももうひと押し、確証たるものがあれば満点なんだけど」


 ……やはり奥の手を出さざるを得ないか。出来ればこの話はしたくないんだけど、後が怖いし。

 しかし、部の存続の為仕方がない。きっと秋心ちゃんも許してくれるだろう……許してくれるよね?


「これは笑い話だと思ってもらえればいいんですけど、実は昨日幽霊を追っぱらうことにも成功したんですよ。あくまでその場しのぎの方法だったんですが」


「どうやったの?」


「秋心ちゃんがぶん殴ったんです。

 そしたら影も形もなく消え去りました。あ、別に秋心ちゃんのパンチ力がとてつもないとか、そう言う意味じゃないですよ?

 さっき先生、自分で言ったじゃないですか。秋心ちゃんは二学期に入っても何の気落ちもしてない稀有な生徒だって。

 そんな秋心ちゃんに触れられただけで消えてしまったことがある意味で証拠ですよ。二学期が始まったって言うくだらん憂鬱だけで生まれる幽霊なんて弱っちいに決まってます。

 そうだな、死んだ目をした連中から生まれたんだから、幽霊じゃなくてあれはゾンビに近いかもしれません。ホラーゲームだと雑魚敵です」


 言い終えたところで杜川先生は吹き出し、腹を抱えながら笑った。


「あはは、秋心さん、お化け殴っちゃったの? 可笑しな事するのね」


 その反応に呆気にとられる俺と恥ずかしそうに顔を赤らめる秋心ちゃん。実は秋心ちゃん、先生が来る前からビンタビンタと連呼していたんだけど、余計なことは言わないでおこう。

 笑い転げる学年主任を横目にぼそりとこぼす。


「今の話のせいであたしが怪力女だと思われたりでもしたら、先輩のこと殴り殺します」


 一応弁解したじゃんか。

 そんな事したら本当に秋心ちゃんハードパンチャー説が流れちゃうぞ?


「そっかそっか、昨日あたしが『一発バシーンと……』なんて言ってしまったからでしょ? ごめんなさいね秋心さん」


 小さくなってもじもじしている秋心ちゃんに断りを入れたところでやっと先生の呼吸も落ち着いて来たようだ。


「わかりました、火澄君の言葉を信じてもう少しだけ経過を見守ることにします。

 もしかしたらまた秋心さんには一発バシーンっとお願いすることがあるかもしれないけど、その時はよろしくね?」


「で、出来れば遠慮したいです」


 あんまり秋心ちゃんをいじめないでくれ。その反動は後々俺に巡ってくるんだから。


「最初は心配してたけど火澄君、あなたもなかなかのやり手みたいね。去年の雪鳴ゆきなりさんよりもやり方がスマートだし、なにより説得力があるわ」


 勘と想像力だけで勝手なこと言っているだけなんだけど、納得してもらえるんならそれで良いや。

 て言うか、この人も雪鳴先輩に手を焼いた教員諸君の一人なんだろうね。

 頭が下がる一方だ。


「秋心さんは、どちらかと言うと雪鳴さんにそっくりね。ひっぱたいて悪霊払いしちゃうなんてところが特に」


 ケラケラと笑う杜川先生とは裏腹に、この後訪れるであろう秋心ちゃんからの八つ当たりを想像してげんなりする。これじゃあのゾンビの校内滞在期間が伸びちゃうぞ。

 二学期開始早々懸念事項だらけだね。秋心ちゃんと一緒にいるとまた溜息が増えそうだ。

 そんな風に苦笑いをしながら、俺はまた夏休みを羨むのであった。



おわり

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