夏の思い出の噂(解明編)
まずはひと言。人、超多い。
まぁ仕方ないか、秋心ちゃんや木霊木さんが知ってるくらいこの
見渡す限りカップルカップル、アベックを挟んでまたカップル。なんなの? みんな彼氏彼女がいないと死ぬの? 全員が全員イチャイチャしくさりやがって。
男友達と二人で来てる奴等、俺の前に来い。なんか奢ってやるから。
「結構人多いね。ここから花火見えるのかな?」
爪先立ちをして木霊木さんは俺の目線に並ぶ。俺が超絶力持ちなら彼女を抱え上げてあげられるんだけど、生憎最近筋トレを怠っていまして……。
残念すぎてならないね。
「穴場スポットもここまで人が多いと穴場じゃないよな」
しかしながら、これだけ人が多いと秋心ちゃんに目撃される恐れもないだろうって安心感がある。人波に紛れる能力にかけては人並みだぜ!妙に目立つ服を着て来てしまった事だけが悔やまれるけどね。
「そうだね。みんな楠の木ジンクスを信じてやって来てるんだろうね」
木霊木さんはそう笑った。
「楠の木のジンクス?」
俺は対照的に首を傾げてみせる。秋心ちゃんが相手ならまだしも、オカルト研究部の部長が一般生徒よりもそう言った噂話に疎いとなると、さすがの俺でもちょっと恥ずかしい。
つい癖で聞き返してしまったことを後悔した。
自己嫌悪中の俺を横目に、そんな仕草に習ったのか木霊木さんも俺の真似をして首を傾ける。
「え……? ほら、有名な噂。ここの楠の下で一緒に花火を見たカップルは永遠に結ばれるって言う……」
初耳である。
なるほど、だからこんなにカップルがひしめき合っているのか、どうりで野郎二人組なんかは見当たらないはずだ。
木霊木さんの補足説明によると、その昔とある武士と姫君が叶わぬ恋に嘆きながらも、この楠の下で月を眺めながら愛を誓ったことが『眺月神社』の名前の由来となっているらしい。それが形を変えて花火のジンクスになったのだとか。
うん、オカ研の面目丸つぶれだ。秋心ちゃんがいたらこってり絞られているところだったよ。
「てっきり知ってて誘ってくれたのかと思った……あはは、勘違い勘違い」
木霊木さんは先程と同じように笑う。
なるほど、秋心ちゃんがこの楠の木の話を知っていたのもそのジンクスが噂になっていた為か。全く、どこまで行ってもオカルト第一優先の困った後輩である。
せっかくの祭なんだからオカルトなんか忘れて楽しめば良いものを、寝ても覚めてもそんな怪異を追い求めている秋心ちゃんに脱帽だよ。
なんて溜息を吐きつつも、木霊木さんが隣にいるのに秋心ちゃんのことばかり考えてしまう俺も俺だなと思わず笑ってしまった。
すっかりオカルト大好き人間がうつってしまったみたいだ。
「あ、始まったよ!」
木霊木さんが声をあげ、空に一輪の花が咲いた。周囲からも歓声が漏れる。
一発、また一発と音と光が折り重なり合いながら夏の夜は彩られていく。ふと木霊木さんの横顔を盗み見た時、偶然にも彼女と目が合った。
「綺麗だな、花火」
「そ、そうだね! すごく綺麗!」
きっと何処かで秋心ちゃんも同じように空を見上げているのだろう。
あの捻くれて可愛げのない後輩ちゃんはこの彩りを見てどんな感想を漏らすのだろうかと、そんなことばかりを考えていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
夕方待ち合わせた場所で木霊木さんと別れた後、帰路を歩む集団に混じり俺も歩いた。
夏の終わりのノスタルジーをなんとなく肌で受け止めていたせいか、少しだけ遠回りをしたくなって人の流れから外れてみる。人通りの少ない道は先程までの祭りが嘘のように静かで、虫の音だけがやかましく響いていた。
長い様で短い夏と束の間の逡巡を噛み締めて空を見る。かすかに光る星は足元を照らすにはあまりに弱々しいけれど、花火の枯れた夜空に儚く瞬く。
今日という日を思い返しながらゆっくりと足を交互に差し出す。アスファルトは乾いた音で俺のスニーカーを削り、街灯の光は小さく濃い影を作り出していた。
足音を聞き空に背伸びを見せたところでふと目に入ったのは、この夏一番一緒にいた女の子の姿だった。
黒い浴衣が闇に溶けないように白い花柄が夜に揺れている。秋心ちゃんの白い肌も同じ様に淡く光っていた。
その影に言の葉を投げかける。
「よう秋心ちゃん。こんなところで何してんの? 夜道に一人だと危ないぜ」
振り返る彼女は疲れたような、愁いを帯びたような表情を隠しながら、少しだけ驚いた表情で口を開く。
「火澄先輩こそ……どうしてこんなところに? お友達と一緒だったんじゃないですか?」
二人だけの夜の道は提灯の明かりもなければ囃子も聞こえてこない。
声だけが俺達の間にはあって、それはいつもの日常と変わりのないものだった。
「なんとなく、秋心ちゃんのこと考えてたらこんな道に出た。まさか本当に会えるとは思ってなかったけど、偶然もあるもんだな」
不思議なこともあるもんだと我ながら思う。
これも毎日の様に飽きることなくオカルトなんか探していたせいだろうか? 不可思議もたまには良い仕事をしてくれる。
「な、何言ってるんですか。射的の的にしますよ?」
秋心ちゃんの背中は相変わらず小さい。指も足首も首筋も、全てか細く儚げに朧だ。
「浴衣、似合ってんじゃん」
「……当たり前です、あたしを誰だと思ってるんですか?」
頬を膨らませて睨んでくる後輩ちゃんはいつもと遜色ない表情で闇を見つめる。
何故だか、それがたまらなく愛おしい。
「花火大会楽しかった?」
「えぇまぁ、それなりに。
でもくたびれました。やっぱりよく知りもしない人と二人でいても疲れるだけです」
特に秋心ちゃんはそんなの得意じゃないしね。
むしろ頑張った方じゃないの? 悪魔的に告白を受けてはその全てを断ち切っていた彼女が夏祭りに出かけるなんて、正味な話考え難いことだった。
そんな秋心ちゃんの成長に、喜びを隠せない俺がいる。
「まさか出会い頭に告白されるなんて思ってもみませんでした。その後気不味くなるなんてこと、考えればわかると思うんですけど。
結局花火は一人で見ましたよ」
つまり断っちゃったのか。秋心ちゃんらしいって言うか、オーケーを出すところを想像できない。
秋心ちゃんとデートまで漕ぎ着けたやつなんてその男が唯一なんだろうから、舞い上がってしまうのも頷ける。
そりゃ気持ちも早るよな。脈ありだと思っちゃうだろうし。先走って告っちゃうのは確かに無謀すぎるけどね。
俺くらい秋心ちゃんを熟知していると、その可能性が限りなくゼロであることもわかるんだけど、素人には仕方がない。
「でも、花火は綺麗でしたね。先輩も見ましたか?」
「見た見た! 特に最後らへんのダラーって垂れてくるやつ、凄くなかったか?」
「枝垂れ柳みたいなやつですね、わかります。あたしもあれが一番好きです」
「小さいのがパラパラ開くやつとか綺麗だったし」
「大きい花火は空に昇って行くとき煙が尾を引くじゃないですか。あの瞬間とか堪りませんよね」
道端に突っ立って二人してそんな風に感想を言い合った。
違う場所にいたはずなのに同じ空の話をしている事がとても奇妙で、不思議な浮遊感が口の端から俺を覆う。
そんなゆっくりとした時の流れのなかで、まるで止まったかの様な時計の針は確かに動いていて、笑い合う度夜は更けて行くし、夏は過ぎて行く。
俺は気付いたのだ。
秋心ちゃんといると、とても楽しいということに。
「やっぱり、秋心ちゃんと一緒に見れば良かったな」
暗がりの中で秋心ちゃんが少し赤くなるのが分かった。
刹那の間呼吸を止めて、秋心ちゃんは顔を隠す。
「な、何を今更。もっと早く気付くべきでしたね、やっと自身の愚かさを認識したんですか?」
歯切れの悪い言葉は俺を切り裂く事はない。
「もう、花火は終わってしまいました……」
そこにどんな意味があるのだろう。
俺は角度は違えど、同じ花火を見つける事が出来たのだから何も不満はない。
ただ、隣に彼女がいれば良いなと思っただけだ。
「まぁ、来年に期待しておこう」
今年はこれくらいで十分だ。楽しくなかったと言えば嘘になる。
木霊木さんは可愛いかったし、浴衣も似合っていたし、たこ焼きも美味しかったし花火は綺麗だったし。
最後には秋心ちゃんとも会えたしな。
「なぁ、秋心ちゃん。眺月神社の楠の木噂って信じる?」
「へ? ご、ご存知だったんですか!? べ、別に信じてないですし、先輩を誘ったことにも深い意味は……」
秋心ちゃんの返事にまた笑ってしまった。
俺だって同じだ。そんなジンクス信じちゃいない。それはそこで一緒に花火を見た二人が決めることなんだから。ある種の決意の表れを、恋の噂話に乗せて願いを込めているに過ぎないのだから。
だから、俺は呪いもおまじないもジンクスも信じない……なんて言ったら秋心ちゃんは怒るんだろうな。
オカルト研究は俺達の使命なんだから。
「と、ところで火澄先輩。これ一緒に食べませんか? 花火見ながら食べようと思って買ったんですけど人が多くてできませんでした……」
手に下げたビニール袋を揺らしながら秋心ちゃんは恥ずかしそうに言う。
「なにこれ?」
「焼きそばです。何故だか無性に食べたくなっちゃって、もう冷えてしまってるんですけど……」
とりあえず、秋心ちゃんには火澄流お祭りデートの心得は黙っておこう。
そしたらまた、来年も焼きそばが食べられるかもしれないから。
おわり
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