夏の思い出の噂(調査編)
日が少しずつ短くなってはいるけれど、まだまだ夕方だと言うのに空は熱を孕んでいた。
そんな中、待ち合わせ時刻にこんなに早く来るのも珍しい俺である。
クラスの連中と遊びに行くのなんていつぶりだろ? 少なくともクラス替えをしてからは初めてだ。きっとみんなもそうなんだろうな、俺抜きで遊びに行ったりとかしてないよね? いや、してないはずだ。そう信じたいし、信じていれば救われるはず。
指定場所には既に見知った女の子がひとり立っていた。
「久しぶり、
呼びかけると、彼女は顔を上げこちらに手を振り返す。思わず立ち止まって見惚れてしまった。
淡い緑色の浴衣がとても似合ってるね! なんで露出は少ないのにこんなにセクシーに見えるんだろう? 是非学会にて研究していただく必要があるな。
それに注目すべきは髪である。結ってあるから、これうなじとかも露わになってるに違いない。今日は彼女の後方スペースを死守するにこしたことはないぞ!
ぼく、うなじだーいすき! 吸い付きたい!
「火澄君久しぶり! まだ時間まで結構あるのに早かったね!」
「遅れちゃ悪いからな。他のみんなは?」
お誘いを受けておいて遅刻なんかしようもんなら非難轟々は免れない。少しでも印象をよくしておかなければ!
意気込みながら辺りを見渡すも、俺達と同じく待ち合わせをしている浴衣姿の若人がちらほら見えるだけで、そのどれもが面識のある人間ではない。
探しているクラスメイト達はまだ来ていないのだろうか?
「他の……? 私と火澄の二人っきりだよ?」
な、なんだって!?
「ええっと……そのつもりで誘ったんだけど……迷惑だった?」
なんと言う事か、木霊木さんが誘ってくれたからてっきり花火見学に行く団体に入れてもらえたものだとばかり思っていた。しかしそれは勘違いであったのである!
え? どう言う事? 二人っきりってまさかデートのお誘いだったわけ?
いくらネガティブな俺でも勘違いしちゃうよ? ラブコメの主人公よろしく鈍感気取ってるのはどうせ思い違いだからと毎日卑下してる俺なんかが、勘違いしちゃっていいわけ!?
「全然迷惑じゃないよ。でも、少し勘違いしてただけだ」
慌てて取り繕う俺の眼前で木霊木さんは胸を撫で下ろす。
「そっか、良かった。
ねぇ、ゆ、浴衣どうかな? 変じゃない?」
「超似合ってるよ!」
火澄くんシャイだから『死ぬ程可愛いよ』なんて言えない!
なんでそんなちっちゃい袋持ってんの? て言う長年の疑問も吹っ飛んじゃうよね!
顔を赤らめてお礼を言う木霊木さんは何処の架空の生物だろう? 密猟者に見つかったら乱獲間違いなしの可愛い生き物がここにいる。
彼女は天使か小悪魔か……くそう、ドキドキが止まらないぜ!
「じゃあ行こっか? 花火まで時間あるから、出店を見て回ろうよ。私、金魚すくいしたいな」
カラカラと草履を鳴らしながら歩く彼女をくたびれたスニーカーで追いかける。
なんか、その対比は人間的なランクを表しているみたいで少し申し訳ない。この不甲斐ない俺を雪駄で踏んづけてくれないかなぁ……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
本当にどうでもいい情報なんだが、俺の好物は焼きそばである。だから出店を見かける度に目を奪われるんだけど、楽しそうに話しかけて来る木霊木さんに引っ張られてなかなか買いに行けないんだなぁ。モテる男って辛いね。
木霊木さんは金魚を三匹もぶら下げてご満悦な表情だし、綿菓子を片手に子供みたいにはしゃいでいる。
人混みの中でもこうやって出店を回るだけで楽しいのだからお祭りって不思議だね。
「火澄君、たこ焼きひとつちょうだい!」
ここで皆さん参考にしてほしい。
お祭りに異性と出かけた際、選ぶべきはたこ焼きなのだ。なぜかと言うと、たこ焼きならシェア出来るからである。
ここで好きだからと言う理由で焼きそばを買おうものならひとりでズルズルすする羽目になるし、なにより立ったままではとても食べ辛い。あぁ、こいつ空気読めねぇなとか思われたら、メンタルの弱い非モテ男子である俺は死んでしまうのだ。
だから今後異性と祭りに出掛ける予定がある方は是非たこ焼き屋の売り上げに貢献することをお勧めする。
以上、異性からお祭りに誘われた(ここ重要)火澄くんによるアドバイスでした。
ただ、ここで注意すべきは秋心ちゃんと一緒に来たケースだ。
あの子、俺が買ったたこ焼きも御構い無しに全部食べる可能性がある……て言うか、絶対そうなる。その時は焼きそばを買っても良いし、むしろその方がいい。焼きそばまで取り上げられたら泣くしかないけど。
「熱いね、口の中火傷しちゃった」
あぁ、青海苔を口周りにつけた木霊木さんも素敵だ……!
照れ臭そうに舌を出す彼女を国で保護するべきだと真剣に考えてみたりもする。この子になら我等の血税が投入されても誰も文句は言うまい。
「あ、何してんのー!? 久しぶりー!」
「みっちゃん! 久しぶりだね!」
ここで木霊木さんのお友達登場である。
こう言う時気不味いよね。友達といるときにその友達が出て来た時の焦燥感って半端ない。こんな時は心を無に帰すに限る。ほら、何も考えず……あぁ、ダメだ。秋心ちゃんが出て来てバカにして来た。
瞑想に入るとすぐにあの子が乱入してくるから困る。
「ご、ごめんね火澄君」
顔を赤くしながら駆け寄ってくる木霊木さん。いったいどんな話をしていたのか気になるところではあるけれど、あんまり詮索しても傷付くだけなのでやめておこう。
俺のモットーは知らぬが仏なのだから。
「そうだ、火澄君。花火を見る場所なんだけど……」
「安心してくれ木霊木さん。実はとっておきの場所を知ってるんだ」
でましたー! 火澄くんのドヤ顔です!
「近くにある
秋心ちゃんの受け売りである。それを我がもの顔で披露する火澄先輩素敵! 格好良い!
あれ、待てよ? そう言えば、今日秋心ちゃんも花火大会に来てるんだよね? これ、鉢合わせになっちゃうパターンじゃない?
秋心ちゃん、何故だか木霊木さんのことめちゃ嫌いだから不味いんじゃないの? ただでさえ、俺クラスの連中と遊ぶって言ってたのになんで木霊木さんと二人でいるんだってことになりかねないじゃん! て言うか、既に目撃されてる可能性も無いとは言い難い。
俺、死ぬの?
「ほ、本当に!? 実は私もそこに行きたいなって思ってたんだ!」
……うわぁ、やっぱやめにしようって絶対言えないくらい満点の笑顔だよ。
とりあえず俺も笑っとけ。為せば成るし成るように成る、ケ・セラ・セラだ。
秋心ちゃんがいない事を祈る。これはフリではない。
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