夏の思い出の噂

夏の思い出の噂(提起編)


「はい、こちらが火澄ひずみ先輩の分です」


 ゲームセンターの喧騒の中、差し出されたプリクラをまじまじと眺めてみる。

 化け物みたいに膨張した目と白粉おしろいでも塗りたくったかの様な俺と秋心あきうらちゃんの顔面には戦慄すら覚えるね。だれだ、こいつら。

 それぞれの顔の横に『ひずみ』と『あきうら』とラクガキされてるから、たまたま拾った人でも一応プリクラの主が誰だかはわかるだろうけれど、よもや原形をとどめていない写真を映すこのプリント倶楽部とか言う機械は技術の進歩に即しているのかどうか甚だ怪しいもんだ。

 なんだってこんなけったいな姿を世の女の子達は嬉しがって集めるんだろうか。人間、ありのままが一番だっての。


「うーん、写ってませんね幽霊」


 秋心ちゃんはしばらくそれと睨めっこした後、財布にしまいこんで溜息を吐いた。

 今日はこのゲーセンのプリクラに写るはずの幽霊を探しに来たんだけど、今の言葉の通り結果としては空振りである。このお目目デカデカ白塗り人間(俺と秋心ちゃん)が化け物と言えなくもないけど。


「実は俺、プリクラって初めて撮ったんだよね」


「うわ、ダッサ……」


 おいおい秋心ちゃん、そう言うストレートな悪態ほど受け手の心を深く抉ると言うことをいい加減覚えろ。いや、分かったうえで言ってるんだろうから余計にタチが悪いんだなぁ。


「学生なら普通、恋人とのプリクラの一枚やニ枚撮っているものでしょう? 先輩の青春どうなってるんですか。青色と言うより灰春……いや、黒春ですかね?」


 そんな春無いわ。

 そもそも、貴重な夏休みの一日を費消してオカルト探検に付き合ってやってるんだから感謝の一つでもしてほしいもんだ。毎日とは言わずとも、結構頻繁にこうして街に駆り出される身にもなってみろ。

 ……つっても、俺はオカ研部長なのでもっと率先して活動しろと言われれば白旗を上げざるを得ないんだけど。


「秋心ちゃんは結構ゲーセン来たりすんの?」


「いえ、滅多に来ません。一人で来ても楽しく無いでしょう? プリクラも数える程しか撮ったことはありませんね」


 友達いない前提で話をするな、悲しくなるから。だからプリクラもそんなに大事そうにしまってたんだね、甲斐甲斐しい。


「え? プリクラ撮った事あんの? 彼氏と?」


「ひとりですけど?」


 一人カラオケが世に浸透してきた昨今でも、一人プリクラはまだ市民権は得ていないだろ。

 人って悲しくなると息ができなくなるんだなぁと、この夏新たな発見をした僕です。


「それにしても夏休みって暇ですよね? みんな、オカルト研究もせずに何して過ごしているんだろう」


 なんか、更なる憐れみが込み上げてきたな……なんでだろう?

 そもそもオカルト研究が選択肢の第一位に出てくるあたりが秋心ちゃんのいけないところである。何を持って彼女の生活はそんなに怪奇現象中心になってしまったのか、タイムマシンにでも乗って確かめに行きたい事このうえないよ。


「こ、今年の夏はたくさん不思議を調査できたからよかったな!」


「はい!」


 元気良く返事をするな。余計に悲しくなるわ。

 秋心ちゃん、頑張って一緒に遊びに行く友達を作ってくれることが最大の先輩孝行だって事に気付いてくれないだろうか?

 俺、この子の保護者か何かなの?


「さて、それじゃあ次は何の怪異を解明しに行きましょうか?」


 意気揚々と広げられた手帳には、秋心ちゃんがこの夏調べたい噂話が列挙されている。内いくつかは赤字でチェックマークが入っており、すなわち俺と二人で調査を終えたと言う意味だ。

 その箇条書きの文字群を眺めつつ、実は夏休みがそこまで残っていない事を痛感する。

 カフェテリアの血の味がするクリームソーダ、身投げした男女の呪いの崖、手を繋いで歩くと二人の間を走り抜けるマラソン男の噂……よくもまぁ、くだらない噂話で大事な毎日を浪費していたもんだなぁ。俺ってば今年の夏、秋心ちゃんと不可思議探索しかしてなくね?

 嘆きながらもぼんやりとリストを見つめているうちに、とあることに気が付いた。


「なんかさ、カップルとか恋愛とかの噂が多くない?」


 頬杖を突きながら、なんとなしに口にしてみる。

 夏に入ってから取り組んだ怪奇現象達は、思い返してみればデートコースでも巡っていたかのようなラインナップだったからね。

 秋心ちゃんは意表を突かれたとでも言わんがばかりの以下の反応。


「えっ? そ、そうですか? ま、まぁ、夏は恋の季節とも言いますし? 自ずとそういったものが集まってしまったんですかね?」


 確かにそうかも知れないけれど、思い返して見れば、二人でいると小っ恥ずかしい場所にばかり出掛けるのはなんとなく気がひけたなぁ。

 周りはアベックばかりなのに、やれお化けだ呪いだはしゃいでいる俺等の場違いな事場違いな事。本当のデートならまだしも、相手が秋心ちゃんだし俺は虚しくなるだけだよ。

 ちっともロマンチックな気分にさせてくれないんだもんこの後輩。嘘でも良いから恋人気分を味あわせてくれれば良いのに……いや、それはそれで勘弁だ。


「あ、ところで火澄先輩。来週の花火大会どうしますか?」


 話を仕切り直すために咳払いをひとつして秋心ちゃんが言った。

 夏休みも残りを数える方が早くなった今日この頃。残る催しとしては秋心ちゃんの言う花火大会くらいのものである。これが終わると、周辺の学生は本格的に宿題をやっつけ始めなければならなくなる。

 ああぁ、憂鬱が襲ってきた!


「実はあたし、サッカー部の三年生にお誘いを受けているんです。すみません、モテてしまって。

 ……まぁ、青春とは縁の無い火澄先輩はどうせ何も予定はないんでしょう?

 でもしかし、所属部活の先輩がせっかくの夏の終わりの一大イベントの日に虚しく家で膝を抱え咽び泣くのも大変憐憫です。考えただけでもゾッとします。

 そこでです。しょうがないのであたしが一緒に行ってあげましょうか? 件のお誘いについてはまだ回答をしていないので取り消しが効きますし。

 実は近くにある眺月ちょうげつ神社の楠の下が絶好の花火鑑賞スポットなんです。そこで寂しい先輩と二人で花火でも見てあげましょう。

 優しい秋心ちゃんに感謝しなさい!」


 早口で長文をまくし立てられても俺への罵倒は聞き逃さない、それが俺こと火澄くんのスーパースキルだ! 要らない、こんな特殊能力。知らない方が幸せなことの方が多いんだ、この世の中って。

 なんで都合の悪いものばっかり拾っちゃうんだろう、俺って。

 それは置いておいて、せっかくの秋心ちゃんのお誘いではあるけれど、俺はこの通り返事をした。


「え、そうなの?

 実は俺もクラスの連中と行く事になってるんだけど、秋心ちゃんがひとりだったら一緒に行こうと思って返事を保留してたんだが……」


 秋心ちゃんは非常に苦い顔をしている。なんだ、その絶望に塗れた顔色は。

 俺が友達と遊びに行くのがそんなに不思議かよ。俺だって友達とは呼べなくても一緒に出掛ける間柄の人くらいいるんだぞ! わぁ、言ってて悲しい!

 でも秋心ちゃんへの心配が杞憂に終わって良かった。マジで友達いないからね、この後輩ちゃん。

 まぁ、今回の相手方も友達ってわけじゃないけど、なんのお誘いもないよりは大分マシだろう。て言うか、異性から夏祭りに誘われるなんて羨ましすぎる。

 これ俺と秋心ちゃん、客観的に見てどっちが勝ってんだろうね?


「へ、へぇ……どうせ先輩なんて、いつの間にかみんなとはぐれてひとりぼっちになるのが関の山でしょうけど? かえって悲しい思いをするだけでは?」


 古傷を抉るな。確かにその通りの経験が過去にはあるけれど、今回はそうならないように目立つ色の服を着て行くさ! みんな、すぐに見つけてね!

 意図的にまかれるなら意味のない抵抗になりかねないが。

 その時は誰か慰めて。


「つまりお互い先約があるって事だな」


「そ、そうですね。

 なら別に……あたし達二人で行く必要もありませんね……」


「だな。花火大会は別々に楽しむ事としますか」


 かような成り行きで俺達は珍しくも夏のある日を離れて過ごすこととなった。

 どこかで誰かが大当たりでも出したらしく、コインゲームのフィーバータイムを告げる音楽を煩わしく感じながらも、夏の終わりを予感させる予定表の文字に少しだけ寂しくなる。

 秋心ちゃんはどことなく満足いっていない顔をしていた。

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