先代部長と夏合宿の噂(調査編②)


 あぁ、この塀をひとつ跨いだところに秋心ちゃんと雪鳴先輩がいるんだな……そう思うと風呂の温度も僅かばかり上がる気がする。

 焼けたばかりの肌は湯の中でヒリヒリと踊っているけれど、本当の戦いはこの後、体を洗う時だろう。

 もう考えただけで恐ろしい。


「おーい火澄、そっちはどうー?」


 隣接する女湯から愉快な声が聞こえてきた。他に客がいないらしいから、今日は俺達オカルト研究部の貸切状態である。


「サイコーっす」


 露天からの眺めは文句のつけようがない。海と山と夕焼けと全裸の俺。森羅万象の全てがここに揃ってるんだなぁ……。


「そうかー、なんかあっきーが火澄に話があるらしいよー」


「な、何もないです! 雪ちゃん、変なこと言わないでください!

 火澄先輩沈め! そして二度と浮いてくるな!」


 だからなんで君は雪鳴先輩への不満も全て俺にぶつけてくるのさ。

 秋心ちゃんと雪鳴先輩の両方から罵倒され続け、さらには秋心ちゃんから雪鳴先輩への怒りも俺に向いてくる……つまり、いつもの四倍の罵詈雑言が俺に降り注いでいることになる。

 ちなみに数学は苦手だから細かな指摘は受け付けておりません。


「なぁあっきー、あんた肌綺麗やなぁ。焼けとるのが勿体無いわ。でも、もうちょい肉付けたほうがえぇかもなぁ」


「さ、触らないでください! あっ、ちょっともうほっといてください!」


 おぉ、秋心ちゃんが圧倒されている。さすがと言うべきか雪鳴先輩。

 そしていいぞもっとやれ。俺の想像力が続く限りな!


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「さて、腹一杯になったところではじめるか!」


 布団の敷かれた座敷は煤けた蛍光灯で若干の薄気味悪さがある。それがこれから始まる怪談話の雰囲気作りに一役買っていた。


「もう眠いんすけど……」


「まだ八時やんか! ほんとは丑三つ時まで待ちたいところを我慢してやっとるんやからその目、かっ開いとけ!」


「それとも、瞼を切り落としましょうか?」


 寝たら死ぬ。

 雪山じゃないのに。ここ、夏の海なのに。


「じゃあ、特別ゲストを呼んでくるから待っとき!」


「特別ゲスト?」


 ドタドタと廊下を走り行く雪鳴先輩を見送って秋心ちゃんは首を傾げる。


「そう、これも去年からの恒例なんだけど……」


「おまた!」


 早いな、おい。雪鳴さんの後ろには引足さんが申し訳なさそうに立っている。


「いやぁ、いいのかな。僕のようなものがお招きいただいても」


「構いませんて! 引足さんがおらな始まらんですよ!」


 愉快そうに笑う雪鳴先輩とは裏腹に秋心ちゃんは少し不安そうな表情で俺を見た。人見知り過ぎだろ……と言いたいが、確かにシュチュエーション的にその気持ちは否定し辛い。

 『大丈夫だよ』の意味を込めたウインクをしてあげたところ、気持ちが悪いと掴みかかってきた。

 そんなに暴れたら浴衣がはだけるぞ?

 一悶着の後四人で輪になって座り、雪鳴りさんがどこからか取り出したロウソクに火をつける。準備が整ったところで電気を消した。


「じゃあ、うちから順番に右回りで話そか」


 あぁ、胡座をかく雪鳴先輩の太ももがロウソクの灯りでなんだかすごくエッチだ……。


「こ・ろ・し……ますよ?」


 これから怪談話が始まるってのに、余計な演出入れるんじゃないよ。てか、こんな暗いのに俺の目線どころか考えていることまでわかるなんて、さすが我が後輩。


「これはうちがまだ真倉北まくらきた高校の三年生の時の話……つまり去年のことなんやけど」


 雪鳴さんは指の無い人面犬の話を独特の口調で語った。なんだろう、声のトーンなんかはいつもの通りなのに妙に不気味に聞こえるのは先輩のわじゅつなんだろうか? 秋心ちゃんなんか、たまにビクッと震えたりしちゃってるくらいになかなかの臨場感があった。

 それにしても懐かしいな、いやぁあの時はまだオカルトに慣れてなくって大変だった。今となっては良い思い出だよ。


「これでうちの話は終わり。ご静聴どうも……」


 雪鳴先輩はロウソクの火をふっと吹き消すと、またライターで火を点けた。


「点けなおすくらいなら消さなくても良いんじゃ無いですか?」


「演出や演出。こうした方が雰囲気出るやろ、なぁ火澄」


 ロウソクを引き寄せて今度は俺が怪談を披露する番だ。さて、なんの話をしようかな……。


「じゃあ、これは俺の実体験なんだけど」


 俺が披露したのはドアの裏に住む老婆の話だ。あの時は流石に雪鳴さんに泣き付いたもんだよ。だって、ドアを開ける度不気味な婆さんがそこに立ってんだから。しかもありとあらゆるドアだ。

 雪鳴先輩がその老婆にドロップキックをお見舞いしてくれたおかげでなんとか事無きを得たけど、今思えば老人虐待じゃない? 相手がお化けだからまぁいいか。


「てなわけでめでたしめでたし」


 ロウソクを消す。そしてまた火が灯る。


「懐かしい話するなぁ火澄」


「秋心ちゃんをビビらせてやろうと思って」


「ビビってませんよ!」


 秋心ちゃんは乱暴にロウソクを手繰り寄せる。危ないから慎重にね?


「次はあたしの番ですね」


 ロウソクの火が風もないのに少しだけ揺れた。

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