先代部長と夏合宿の噂(調査編①)


 夏休みに入ったばかりの海水浴場は若者でごった返している。平日だから小さな子供連れなんかはあまり見当たらないけれど、それでも活気にあふれているね。

 これこそ夏だね!


「わははは! 見ぃ、火澄! うちとあっきーのこの半裸に近い姿を!」


 水着って言え、誤解を招くから。

 ところで『あっきー』って秋心ちゃんのこと? いつの間にあだ名で呼ぶほど仲良くなったんだ、あんたら。着替え中に何があったと言うのだろう、ちょっと想像してみようかな。


「先輩、目がイヤらしいですよ。あんまりジロジロ見ていたら目玉潰しますからね。

 そうだ、望遠鏡で太陽を覗いてもらうっていうのはどうでしょう?」


 やっぱ残酷なことを考えさせたら天下一品だね、秋心ちゃん。想像しただけで身の毛もよだつわ。


「しかし火澄よ、こうして二人も女の子はべらかせて良いご身分やなぁ? くらしあげるぞ!」


 待て、俺に全く非がないところで腹を立てないでくれ。


「ちょうど良く水着ですし、刺し殺すなら今ですよ雪鳴さん。火澄先輩の脇腹って凄く包丁が通りやすそうですし! ちょっと触ってみても良いですか? 何も悪いようにはしないので!」


「ツッコミが追いつかないから!」


 二人してなんなのさ、俺も一応人間なの! 感情があるの! 悪口言われたら傷付くし、なによりそんな双方向からの悪態をさばくことなんて出来ないんだよ! ボコスカ食らってとっくに精神力擦り切れとるわ!

 あぁ、だから心配だったんだ。俺が苦手とする二大巨頭が揃っちゃったんだから、そりゃこうなるさ!

 て言うかなに? 俺の周りってこんな女の子ばっかじゃん。もしかして俺に責任があるの?


「火澄、あんたが悪いよ。女の子の水着を褒めんから……。

 ほら、うちのパイオツカイデーやん。そこら辺感想とか無いん?」


 言わずもがな、水着が正直とても似合ってますとも二人とも。

 しかし雪鳴先輩、あんたなんもわかっちゃいないよ。確かに先輩は胸が大変立派ではございます。しかし、そこに恥じらいのない女の裸などなんの価値があろうか。自分でパイオツとか言ってる人にときめくわけないだろ。

 俺達人間はただの動物じゃないんだ。

 考え、感じることができる唯一の生き物なんだ。

 完璧なプロポーションじゃなくて良い。胸の大きさだけじゃない、様々なコンプレックスを人は抱えて生きているけれど、そこに引け目や恥じらいを持ち顔を赤らめる……それこそが至高なんじゃないか!

 その観点から言うと、確かに秋心ちゃんは胸がそこまで大きくはないけれど、その事実に対する恥じらいがある。あの表情を見てごらんよ、最高じゃない?

 胸が小さいことを気にしている女子高生、それを凌駕する存在があろうか? いや、ない。

 だから雪鳴先輩、あんたは間違っていたんだ。男心を理解したいのなら、もう少し勉強をした方が良いぜ? 何のために大学に通ってんの?

 あ、でも触らせてくれるなら断然雪鳴先輩の方が良いです。それとこれとは話が別です。


「あ! 浮き輪の貸し出ししてますよ!」


「よし! じゃあ早速借りて泳ぐか! ちなみにここら辺、結構死人とかでとるから注意しぃよ!」


 一日に何度人が死ぬエピソードが出てくれば気がすむんだ、この合宿。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「あぁ、シャワーを浴びても唇がしょっぱい……」


 なるほど、今キスしたらファーストキスが塩味になっちゃうね。嫌だ、そんな青春。


「やっぱ夏は海やね! 去年の合宿を思い出すわ!」


 ひと通り海を満喫した後、気持ちの良い疲労感が体を覆っていた。

 塩水を滴らせながら先輩はカラカラと笑っている。一日中見ていたと言うのに、このお胸様は何故こんなにも視線を吸い込むのか。え? さっきと言ってることが違うって? 気にすんな、男なんてそんなもんだ。


「先輩達は去年もこちらに来たんですよね?」


「おう、このあと近くの旅館に行って引足ひきたりさんって人にお世話になる予定。それも去年と同じ、そうっすよね? 先輩」


「そうそう。引足さんってのは去年ここで知り合った人なんやけど、毎年この海に帰ってくるんやって。だから今年も世話になることになっとるんよ。

 去年は日帰りやったけど、今年は一泊できるから、朝まで飲んで語り明かそう!」


「俺等未成年なんすけど……」


 て言うか、先輩もそうでしょ?


「ならコーラでも飲んどき! さ、行こうかね!」


 夕日の沈む海を後にする。コーラより烏龍茶が飲みたいなぁ。

 そんで早く温泉にでも入ってサッパリしたい。仮設シャワーだけじゃなんとなく肌のベタつきが取れないような気がするし、なにより疲れが取れないからな。


「結構焼けちゃいましたね。これ、お風呂しみちゃいますよ……」


 秋心ちゃんは真っ赤な顔を仰ぎながらひとつあくびを噛み締めていた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 なんやかんやで旅館に到着した俺らは束の間の休息を得る。

 通されたのは海が見える部屋で、建物は古いけれど設備はしっかりしているし内装も綺麗だ。大の字に寝転がり、大きく伸びをする。

 いいなぁ、畳ってやっぱり落ち着くね。西陽が淡く差し込んで、まさに田舎の夏を満喫してる感じだ。

 あと、クーラーって人類の最大にして最高の発明だと思わない? これがなかったら俺、毎年梅雨明けに死んじゃってるね。

 あ、ちょっと秋心ちゃん、今俺の足踏んだよ……往復で踏むな、わざとか。


「よっしゃ、ちょいうち女将さんと話してくるから適当にくつろいどいて。ごめんけど、あっきー風呂はもうちょっと待っといてね。一緒に入りたいからさ」


「俺は?」


「死ね」


 うわ、秋心ちゃん反応はや。

 雪鳴先輩からもげんこつもらうし、良いことないね。


「なにどさくさに紛れて混浴しようとしてるんですか? 海のもじゅくにしますよ?」


 噛むなよ。『もじゅく』ってなんだそれ。もずくだろ?


「間違えました、『藻屑もくず』にしますよ?」


 あっぶね。声に出して指摘しなくてよかった。赤っ恥かくとこだった。


「はぁ、それにしても楽しかったですね。こんなにはしゃいだの久しぶりかもしれません。ゆきちゃん、とても良い人ですし、あたしも一緒に部活したかったなぁ。あと一年早く生まれてれば……悔やまれます」


 勘弁してくれ、毎日二人を相手にするのは流石の俺でも体と心がもたない。

 あとなに? 『雪ちゃん』って雪鳴先輩のこと? 俺の知らないところで仲良くなり過ぎだろ、なんか少しジェラシー感じちゃう。


「やっぱり二人でたくさんの怪異を解決してたんですか?」


「まぁな。つっても俺はなんもしてないよ。全部雪鳴先輩がひとりで勝手にやってただけだし。

 あの人の凄いところは、解決したいと思ったら解決しちまうところなんだよ。解決したくないと思ってるもんは別だけどさ」


「なんですかそれ? 雪ちゃんってお寺の生まれだったりして?」


「そう言うわけじゃないんだけど、そう言う人なんだよ。体質なんじゃね? 一般人とはやっぱりどっか違うんだよ」


「へぇ……火澄先輩とは大違いですね」


 うるせ、どうせ俺は投げっぱなしだよ。


「でも卒業してだいぶ落ち着いたみたいだよ。在学中はとにかく酷かった。去年の日帰り合宿の時なんか、ライフセイバーをナンパと間違えてブレーンバスター決めてたんだから」


 ほんと、大変だったなぁ。しみじみ感慨に耽っちゃうね。


「そんな雪ちゃんが解決したくない怪異ってなんなんですか?」


「さぁ? 雪ちゃんにでも聞けば?」


「言いつけますよ、雪ちゃんなんて軽々しく呼ぶなんて、雪ちゃんに失礼です」


 俺の方が君より年上だし、雪鳴先輩とも付き合い長いんだけどなぁ。

 まぁ、恐れ多くてって言うか恐ろしくてそんな呼び方できないけどね。


「もし、失礼するよ」


 襖がゆっくりと開く。

 そこには短髪の男性が立っていた。


「引足さん、お久しぶりです」


「やあ火澄くん。今年も来てくれたんだね、嬉しいよ。さっき雪鳴さんにも会ってご挨拶したところだ。

 こちらのお嬢さんは?」


「俺と雪鳴先輩の後輩です」


「秋心です。本日はお世話になります」


 常日頃までとは言わなくても、秋心ちゃんはいつもの他人を寄せ付けない外面を残している。しかし、多少は柔和な色が見えるのは雪鳴先輩のおかげなのだろう、言葉は丁寧だし目付きもさほど鋭くない。あの破天荒先輩を反面教師にして少しずつ人当たりだとか人付き合いだとかを学んでくれたら助かるね。

 そんなこんなで、秋心ちゃんには俺以外に判別出来ないくらいの細やかな違いが見えるのだった。


「僕は引足と言います、この旅館の者です。よろしくね。

 海で遊んで疲れたろう。ゆっくりしていくと良いよ、食事の用意ができたらまた声をかけるから、それまでどうぞくつろいで」


 そう笑って足音もなく去っていく彼を見送り、秋心ちゃんは声を潜めながら言う。


「なんだか不思議な方ですね。年はあたし達とそれほど変わらないように見えましたけれど、妙に落ち着いていると言うか……」


「ああ見えて大先輩なんだよ。確かに雰囲気のある人だけど、良い人だから心配すんな」


 こそこそ話しているうちに襖がバーンと開かれた。雪鳴先輩である。少しは引足さんを見習ってほしい。旅館を崩す気かあんた。


「おまたー! さ、お風呂入ろ! あっきー背中流しっこせなな! ……なんや、火澄まだおったんか。先に風呂入ってれば良かったのに」


 ほんと、これ以上邪険にされたらいい加減泣くぞ?


「いや、俺まだ部屋に案内されてないんで。荷物とか置いときたいし」


「部屋って……ここや、この部屋や三人とも」


 何言ってんだこの人。頭おかしいんじゃなかろうか。いや、そこは疑うまでもないか、この人確実に頭おかしいし。


「えぇ!? ゆ、雪ちゃん、それはちょっと……」


「だーいじょうぶやて。この男にうちらに手を出す度胸なんてないし、もし出してきても返り討ちにできるし。

 てか、ふた部屋も取る金がなかったんよ。ごめんね、こんなのと同じ部屋なの嫌やろうけどうちに免じて許してや」


 へへへ、なんで俺が悪者みたいな立ち位置なのかな? 思わず笑っちゃったよ。

 やっぱり涙を流すのは寝る時、布団の中まで取っておこう。今晩はなるべく声を殺して泣こうっと。


「それに、合宿の夜と言ったらやること決まってるやろ? なぁ、火澄」


恋話こいばなっすか?」


「あんたの恋愛事情には微塵も興味ないわ。殺して生き返らせてまた殺すぞ、寝言は死んでから言え。気分悪い」


 そ、そんな言わなくて良くない?

 秋心ちゃんみたいになってきてるこの人。秋心ちゃんは秋心ちゃんだけで十分だと言うのに。て言うかひとりでも手一杯だよ。


「怪談や怪談、百物語に決まっとるやろ。

 火澄、あんたうちらがオカルト研究部やってこと忘れとるんやない?」


 やっぱりそうくるか。わかってはいたんだけどね。

 オカルト引き寄せ体質の秋心ちゃんと雪鳴先輩が揃ってそんなことしたら、いったい何が起きてしまうってんだろう。

 今晩寝られんのかな?


「おい、秋心ちゃん大丈夫か? 熱にでもやられたんじゃないの? また顔赤くなってるよ」


「ちょっと黙っていてください、これは日焼けです。

 ……あぁ……どうしよう、まさかこんなことになるなんて……」


 どうやらウブな秋心ちゃんは同世代の男と同室で夜を明かすことに戸惑いが隠せないらしい。

 ロマンチックなんて絶対に訪れないことを知っている俺はなんもドキドキ出来なくて辛いな。誰か俺に青春をくれ、少しだけでいいから。

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