先代部長と夏合宿の噂
先代部長と夏合宿の噂(提起編)
『もしもしこんにちは、
さぁ、はやくはやく!』
急かすな急かすな!
久しぶりに声を聞いたと思ったらこれだ。
「あぁ、忙しいところすまねぇな。じゃあ単刀直入に聞くけど今度の水、木曜日空いてる?」
『まずはどういった要件のために日程の確認をしているのか教えてください、それがマナーですよ。逃げ道を塞ぐような予定の詰め方は最低です。ちょっと今から後頭部を鈍器で殴りに行きましょうか?』
殺害方法まで予告するな。て言うか注文も多いよ、どこの山猫食堂だ君は。
『あと、えーとそうだな……クーラーの音がうるさいので、今後二度と冷房の使用を控えてください。そして水分補給も禁止します!』
確実に殺しに来てるよこの後輩。熱中症の恐れありだ。
思い付かないんなら探してまで悪口言わなくていいよ? 俺だって辛いんだから、秋心ちゃんの罵倒を浴びるのは。
「あの、本題に戻って良い?」
『もうちょっとだけ! もうちょっとだけ先輩の心を傷付けさせてください、お願いします!』
そんなお願い聞いた事ない。多分口にしたことあるやつもいないんじゃないのかな。秋心ちゃん、人類初の快挙だよこれ。
むやみにテンションが高い秋心ちゃんと話していると、俺の方は逆に気が滅入るなぁ……不思議だね。
あんまり話し込んでいてもいたずらに俺の精神が削られていくだけなので、ちゃっちゃと用件を済ませてしまおう。
「オカ研の夏合宿をしようと思って」
それだけ言ったところで『行きます!』と歯切れの良い返事が返って来た。
秋心ちゃんが元気そうで、先輩とても安心しました。あと、ちょっとだけげんなりしました。
それでは、事の次第を説明しようかな。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
話は三十分ほど遡る。
俺はクーラーの効いた部屋で一学期中に撮り溜めた深夜バラエティを流し見しながらアイスを食べ、携帯ゲーム機をピコピコやっていた。
これぞ日本の夏! 万歳、夏万歳! 一生続けば良い、この時間が……。
なんて無敵モードの俺の元に一本の連絡が入る。液晶画面を見て苦笑いから笑みを捨てたような反応をしてしまった。ただの苦い顔だね、つまるところ。
そこには懐かしい名前が表示されていた。
それは俺が苦手とする人間のうちの一人の名前である。ちなみに秋心ちゃんも同じフォルダに格納されてるよ。
鳴り止まない着信音……めちゃくちゃ嫌な予感がする。でも無視したら後が怖いので、溜息ついでにとりあえず通話ボタンをポチッとな……あぁ、既に気が重い。
「もしもし?」
『もしもーし火澄? 久しぶり! 元気しとる? うちが卒業して以来やからもう三ヶ月? いや、四ヶ月くらいぶりか! 全然連絡よこさんし、死んどるのかと思っとったわ!』
のっけからテンションが高いし声もでかい。思わず携帯を耳から話して眉間にしわを寄せてしまった。
このどこの地方のものかよくわからない方言。確かに懐かしいっちゃ懐かしいんだけど、それ以上に溜息が漏れるのはどうしてなんだろうね?
「お久しぶりです、
『そんな言い方せんでもいいやん! 久し振りに会おうよ! って言うか海行こう、海! 夏やし! ほら、去年も行ったところ、覚えとる?』
嫌な予感というのは当たるもので、本日二度目の溜息は扇風機によって掻き消されていく。
せっかくの夏休み、束の間の安寧も俺には許されないのだろうか。
「それって、断ること出来ます?」
『出来んわ! はっ倒すぞ!』
この人は本当に暴力に訴えるタイプの人種だから、この台詞は冗談ではない。だから笑えないし、笑う必要もないんだけどね。
『
またもや懐かしい名前である。引足さんに会うのはちょうど一年ぶりか。
時の経つのは早いなぁ。
『それにうちの卒業した後のオカ研がどんなんなっとるか、話聞かせて! あ、新入部員入った?』
「はぁ、まぁ一人だけ」
『女? 男?』
「女の子ですけど」
『ならその子も連れてきて! 今年は一泊するつもりやから、ちゃんと伝えときぃよ? あと、水着を持ってくること! 日取りとか詳しい内容はメールするから、よろしくー!』
言いたい事だけ言って通話は切られてしまった。
相変わらずだな、雪鳴さんは。
まだ俺了承してないんだけど、断る事は出来ないみたいだね。なんたる強引さだ。
メールの受信を待つ間頭をガシガシ掻き毟り、冒頭の通り秋心ちゃんへ電話を掛けたのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そんなこんなで国道をひた走る軽自動車の車内、免許を取り立ての雪鳴先輩の隣、助手席で恐々と身を縮こめながら無事目的地にたどり着けますようにと神様にお願いしているのが僕です。
そんな気も知らず、運転席と後部座席はやけにうるさく言葉のラリーを続けている。
「じゃあ、雪鳴さんは火澄先輩が一年生の時の部長さんなんですね!」
「そうよ! いやぁ、めっちゃおもろかったね、火澄! もう毎日のように幽霊やら呪いやら探して回っとった……懐かしくて涙出て来たわ」
「あたし達も毎日オカルトの調査してますよ。雪鳴さんは今でも何か活動してるんですか?」
「恥ずかしい話、高校卒業してからはなんもやねぇ、いろいろ忙しくてさ。
でもまぁ、うちくらいになるとわざわざ探しに行かんでも向こうから絡んでくるからね! 退屈はしとらんよ」
「す、凄い! 良いなぁ、火澄先輩。どうして今まで黙ってたんですか! 噂には聞いてましたけれど、先代部長がこんなに素敵な方だったなんて!」
なんで君らそんな仲良くなってんの? 秋心ちゃん、いつもみたいに人見知り全開の超攻撃的な外面を見せないのはどうしてだよ? 今日だって二人が喧嘩しちゃったらどうしようかとビクビクしてたってのに。
まぁ、それが杞憂に終わって内心安心してるんだけど、これはこれで俺としてはかなり恐々とした状況ではあるんだなぁ。
て言うかさ、俺にもその一割くらいで良いから羨望の眼差しを向けてくれたら嬉しい。
「こんな素直でおもろくて可愛い子を捕まえるとは! 流石やな、部長!」
「いやー買い被りすぎっすよ」
バンバン肩を叩かれる。ちゃんと運転に集中してくれ。
確かにこの後輩ちゃん素直っちゃ素直だけど、その素直さ邪悪方向に振り切れてるからね。
買い被ってるってのは俺じゃなくて秋心ちゃんに対してってことですよ。
「それにしても火澄、あんた変わっとらんなぁ。目付きの悪さも捻くれた性格も、ちっとも良くなっとらんやん。
「いや、まだ四ヶ月しか経ってないですし、変わりようがないですもん。いちいち殴らんといてください。
逆に雪鳴先輩は大分変わりましたね、主に見た目が」
当時肩まで伸びていた真っ直ぐな黒髪は明るい茶色に染められ緩くパーマが当てられている。
現在の容貌は一見イケイケの女子大生で、面倒見の良い近所のお姉さんに見えなくもない。かつての所業が嘘のようである。
この辺で一応の紹介をしておこうか。
何を隠そう雪鳴先輩はさっき秋心ちゃんが言ったように、我が
ところでこの雪鳴さんと言う人、実はとてつもない有名人なのだ。
在学中は彼女の名前を知らない生徒なんて一人もいやしなかった。俺が言うくらいだから、勿論良い意味でってわけではない。悪名高き雪鳴嬢とは彼女の事である。
真倉北高校七不思議のうち四つが雪鳴さんが原因というとんでもない伝説を残しているし、教員連中も彼女の名前を聞いたら苦虫を噛み潰したように俯いてしまう。
今年入学したばかりの秋心ちゃんが名前や噂を知っているくらいだから、その異常さが垣間見えよう。
じゃあ、雪鳴先輩のエピソードをいくつか挙げてみようかな。
ひとつ、学校中の肖像画にお面を貼り付けて回る。
ふたつ、よく吠えると有名な近所の犬の毛を全て刈り取る。
みっつ、他校の不良三人を橋から川に投げ落とす。
よっつ……もうこの辺でやめとこうか、きりがないし。
「やっぱ大学生なんやからオシャレせんとなー。どう? お姉さんの色気にメロメロやろ?」
確かにこの人、外見は悪くないのだ。すれ違う人の二人に一人が振り向くくらい美人ではある。でも実際は騒々しすぎて二人とも振り返っちゃうんだけどね。
勿体無い、実に勿体無い。勿体無いお化けが出ちゃうよ。
「ところでこの車、知り合いから買ったんやけど、いくらやったと思う?」
古い型の軽自動車はたまにガタガタと音を立てている。なかなかに雑な運転だけれど、振動の原因は先輩のテクニックだけじゃなくて、そもそもこの車にあるらしい。
秋心ちゃんが後部座席から身を乗り出して俺を覗き込んだ。
危ないからちゃんと座ってなさい。
「古そうと言えば古そうですけれど……その口振りからするとお安かったんでしょう? 5万円とか?」
雪鳴先輩は得意げに笑う。
「聞いて驚け! なんと500円ぽっきし!」
言われた通りびっくらこいてしまった。正直悔しい。
そんな、俺の月の小遣いよりも少ない金額で買える車が存在するの? て言うかワンコインじゃねぇか。昼飯かよ。
「先輩、それってまさか……」
「御察しの通り事故車やで! この車で五人死んでるらしいわ! それに四人轢き殺してるらしい!」
フロントガラスが、誰かに叩かれたかのようにバン! と鳴った。
お、降ろしてくれ! まだ命は惜しい!
どうせ死ぬなら、夏休みが終わった後にしてくれ!
そんな叫びも虚しく、車はようようと海へと向かうのだった。
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