閑話休題
何事もない夏の日
「
なんて事を言うんだ
確かに校長の話はやたら長いし、わけのわからん表彰やら長期休みの注意事項やらには全く興味はないけれど、それでもちゃんと起きていましたよ。傾聴していたかどうかは別としてだけどさ。
ぶっちゃけたところ話がつまらなすぎてあまりに暇だったから、夏休み明けにどこか不思議な雰囲気の美少女が転校して来て、ひょんな事から仲良くなり、でも実はその彼女が人為を超えた力を持っていて俺もなし崩し的に闇の勢力との戦いに巻き込まれていき、なんやかんやで恋仲になるところまで想像して、そのあたりでウトウトして記憶をなくしちゃってんだけど……寝てんじゃん、俺!
「秋心ちゃん、どこから見てたのさ?」
「自分のクラスの列ですが……うつらうつらしている先輩が見えたのでじっと観察していました」
人のこと言えんのか、君。秋心ちゃんこそ真面目に式に臨めよ。
俺なんか見てて楽しいのかな? 水槽のめだかを見てたら一日過ぎてた経験のある俺に偉そうな事は言えないんだけども。
……俺ってめだかレベルなの? 水族館だとスルーするレベルの注目度の薄さだよ。
「でもやっと夏休みだな。秋心ちゃん、夏好き?」
「好きですよ。茹だるような暑さで、まるで体が空気に溶けているような気分になるのが好きなんです」
な、なにそれ気持ち悪い。
「先輩はどうなんですか?」
「俺は暑いの嫌いだからなぁ。でも夏休みは好きだぞ、勉強しなくていいし」
「何をおっしゃるやら。山ほど宿題が出ているでしょう?」
人がせっかく楽しい未来を思い描いているってのに、どうしてそんなこと言うんだろうね。話の腰折り子ちゃんか、君は。
「でもさ、このクソ暑い中えっちらおっちら学校まで来なくて良いじゃん。制服って妙に暑苦しく感じない?」
「校則に縛られていることの体現ですからね。
でも私服を着るにしても夏は薄着にならなければならないのが好きではありません。あたし、プロポーションにはあまり自信がないので……」
大丈夫だよ秋心ちゃん。牛乳いっぱい飲んでたくさん寝てたらそのうち大きくなるよ。
いや、別に体のどこかの部位を特定して行ってるわけじゃないんだけど、まぁものは捉えようだよね。あくまで僕はなんの意図もないことを強く主張します! 今のうちに弁論をしておかないと、後になってからじゃ手遅れになるから。
……なんて言いつつも、直接助言は出来ないから、隙を見て投書でもしておこう。もしくは心の奥底に留めておくに限る。
「先輩は露出の多い女性が増えるので楽しいのかもしれませんけど。
やっぱり火澄先輩もセクシーな女性が好みなんですか?」
「否定はしないけどさ……」
「してください。撃ち殺しますよ?」
いきなり銃を出すんじゃないよ、アメリカでも一呼吸置くわ。銃殺刑はまずは法廷で争ってからにしてくれ……それも困るね。
検事なんかよりもよっぽど弁がたつからなぁ、秋心ちゃんったら。俺に対する憎まれ口を叩く時には特にね。
「でもさ、なんやかんや言いつつ夏休み嫌いな高校生なんていないだろ? なんとなくワクワクするじゃん」
「それはそうですよ、だって夏は怪談の季節ですもの。我々オカルト研究部としてはまさに繁忙期です。
……そうなんですけど、確かにそうなんですけどね……」
秋心ちゃんは言い淀んだ。
彼女が何を言いたいのかはわかる。実は夏休み期間中、オカルト研究部はお休みなのだ。
我が
それなのにこうやって空き教室を占拠して毎日二人、くだらないお喋りをしたり暇を潰したり、たまにオカルト探検に出かけたりしている現状は黙認されている。理由はわからないけど、とりあえず怒られた事はないし、生徒達や教員連中の間でも俺達の活動は認知されているから俺達みたいなのがのさばってるわけだ。
しかしながら、夏休みの間はそうも問屋が卸さないらしい。この部室はもとより各教室には鍵がかけられ、正規の部活生ではない俺達は立ち入ることができなくなってしまうのだ。
部として認めてもらえればこの問題も解決するんだけど、単純な話部員が足りないのよね。
秋心ちゃんからしたら痛手だろうなぁ。
今言った通り夏はオカルトの季節、怪奇が闊歩するこの暑い毎日は俺達が一番活動しやすい時期なのだから、それを制限されてしまうのは確かに痛い。
美味しい料理を目の前にお箸が無いようなものだ。あれ? 何この例え、全然上手くない。
でもだからってそんなに悲しい顔するなよ、俺にしてみれば厄介事に首を突っ込まなくて済むんだから万々歳なんだよ? 喜びを分かち合おうぜ!
……今にも泣きそうな顔をされると、そんな事口が裂けても言えなくなるけどね。
「どこか部室の代わりになる場所はないでしょうか? た、例えば先輩の家とか」
「うちはほら……昼間も親いるし、妹も部活してなくて一日中家にいるからなぁ」
「そうですか……」
「秋心ちゃんちは?」
「な、なんですか!? 理由をつけてあたしの部屋に上がり込もうったってダメですよ! 変態!」
そこまで罵倒される事言ったかな?
最近、秋心ちゃんの検閲が激し過ぎて常識ってものがわからなくなってるからヤバイ。これ、ホントにヤバイやつだからね?
社会から弾かれたら生きていけない生き物なんだよ、人間ってのはさ。
「だからこの部室とも、お化け探しの毎日ともしばらくはお別れですね……」
よっぽど寂しいんだろうな。
こんな風におセンチになる秋心ちゃんも珍しい。落ち込んだ表情はまぁ、ファンクラブが出来ることに納得し得るくらいの美少女ではある。つまり口を開かなければ、見た目だけならばきっと彼女は100点だ。言葉を発したらマイナス8万点だけど。
夏休みの始まりにしょぼくれる女子高生なんて、全国を探しても多分秋心ちゃんくらいのもんじゃないの?
楽しいこといっぱいあるじゃんか、夏休みって。海にキャンプにバーベキュー……でも、そんなイベントも彼女には無縁らしい。
秋心ちゃん、男子人気は気味が悪いくらいあるくせに友達と呼べる存在は皆無だからなぁ。女の子との友達とかいないのかね? そんな彼女の予定表とか真っ白に違いないよ。
え、俺? 俺も特に予定はないです。友達欲しい……。
「まぁ、たまに二人で会おうぜ」
そんで、オカルトでもなんでも探しに行こう。
多少めんどくさいけど、秋心ちゃんの気が晴れるのならそれくらい御安い御用だ。だって夏休みは長いんだからさ。一日や二日愛する後輩ちゃんの為に費やしたってバチは当たらないだろう。
て言うか、単純に友達がいないものどうし傷を舐め合おう。うわぁ、オカ研ってそんな連中の集まりなのか、激しく落ち込むわ。
「それはデートのお誘いですか?」
「ははは……断じて違う」
秋心ちゃんと二人で一杯のソーダをハートの形したストローで飲む想像をして寒気がした。それ似合わなすぎるだろ、俺も秋心ちゃんも。
「そうですか、安心しました」
何に怯えているんだ秋心ちゃん。俺、そんな事しないよ? なぜいつも俺をケダモノにしたがるんだこの子は。そういう年頃なの? 思春期の女の子の考える事はよくわからん。
「でも、たまにはオカルト抜きで遊びに行ってあげても良いですよ?」
それだと秋心ちゃんにメリットが無いだろ。
「日常を理解しているからこそ非日常を謳歌できるのだと思いませんか?」
空を突き刺す入道雲を見つめながら、秋心ちゃんの言葉に耳を傾ける。夏が始まる音が、遠く遠く聞こえていた。
おわり
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