夜の街鬼ごっこの噂
夜の街鬼ごっこの噂(提起編)
「あぁー……歌いまくりましたね、
今日は幽霊の歌声が聞こえてくると噂のカラオケボックスにわざわざ馳せ参じたわけだけれど、気が付くと俺達は調査そっちのけでカラオケに興じていた。そんであっと言う間に終了時刻を迎えたのである。
カラオケって久々に来ると楽しいよね。
あんまり大人数だと空気を読んだ選曲をしたり合いの手したりで疲れるだけだけど、今回の様に気兼ね無く好きな曲が歌えるのは本当に楽しいし素敵なストレス発散になるなぁ。
「それにしても先輩、なんなんですかあの選曲は。あたしのよく知らない曲ばかりでちっとも盛り上がれませんでした」
言ったそばからこれだよ。
嘘吐け、ノリノリだったじゃんか秋心ちゃん。イェーイ! とか君普段言わないじゃん、タンバリン超似合ってたじゃん。
あれでつまらなかったってんなら、俺は人間不信になっちゃうよ。
「俺はマイナーバンドが好きなの! 秋心ちゃんこそ、俺の知らないアニソンばっかり歌ってたからおあいこだろ」
「それは知らない先輩が悪いんです。今やアニメは広く一般に親しまれる文化なんですから、少しは勉強しといてください。流行に乗り遅れますよ?」
な、なにおう……俺の歌ってた曲もライブシーンでは絶大な人気を誇るものばっかりなんだぞ!? まぁ、多少マニアックと言われれば否定できないし、確かに流行とか言われたらもう何も反論できないけどさぁ。
有名な曲もちゃんと歌ったし……その男女デュエット曲を秋心ちゃんが知らないとか言い出すから、結局一人で歌うハメになったけど。流石に精神的に応えたなぁ、普通に一人で歌う二倍寂しかった。
「それにしても先輩、意外と歌がお上手なんですね。ほんっと腹が立ちます」
「えぇ……何しても怒られるじゃん、俺」
ここだけの話、秋心ちゃんはお世辞にも歌が上手いとは言えなかった。ホントここだけの話だよ?
なんか電波系の歌ばっかり聴いてたら正しい音程が取れなくなったんだそうな。秋心ちゃんは別にアニメ声でもないから、そもそもの曲を知らずに彼女の歌を聴くと確かにただの音痴な女子高生の歌に聞こえてしまう。
……いや、音痴を隠すための敢えての選曲なのかな?
「俺にしてみれば秋心ちゃんがアニメとか好きなことが意外だったな」
あくまで俺の勝手な印象ではあるけれど、秋心ちゃんは変に浮世離れしている風に見える。だからアニメソングは彼女にあまり似合ってないように思えたのだ。
漫画よりも文庫本、バラエティよりもドキュメント、遊園地よりも水族館……それは全て俺の勝手なイメージ。
もう彼女と出会ってしばらく経つのに、俺の知らない秋心ちゃんがたくさんいるのは不思議な気持ちだね。
「アニメも見ますし漫画だって読みます。今度オススメを貸してあげましょうか? ちなみにあたしは日常系アニメが好きです」
てっきり血みどろバイオレンス趣味だと思ってたよ。……あぁ、これも先入観だね。
「オカルト系は?」
「そんなの、現実世界だけで十分ですよ」
普通逆だろ。
秋心ちゃんホラー苦手だもんなぁ、それこそ見かけによらずだよね。いつも思うけど、君なんでオカルト研究部なんかに入ってんの?
「秋心ちゃん、アニ研とか入ろうと思わなかったの?」
「あたし、にわかアニメファンなんです。深夜アニメをちょろっとかじってるだけですし。
だから本当にそれが好きな人達からしたら煩わしい人間なんですよ。
自分の本当に好きなものになんとなくでちょっかいをかけられたら、みんな面白くないでしょう? それはアニメや漫画じゃなくたって同じです」
なんか急に早口になったなこの子。
まぁ、気持ちはわからんでもない。
それはある意味でとても秋心ちゃんらしい考え方だ。わからんではないが、納得できるかと言われればまた別だけど。
だからやんわりと反論を唱える。
「でもさ、好きって気持ちに変わりはないんだからどうせならみんなで仲良くした方が楽しくない?」
「その主張が通れば世界から戦争なんてなくなりますよ」
そんな大それた話だったっけなぁ……。
「些細な諍いがきっかけなんですよ、なんでも」
秋心ちゃんに平和について説かれてしまうとは。
俺に対する敵対心に満ちたその言葉をまず何とかして欲しいけどね。
「ときに先輩、『鬼ごっこの幽霊』の噂を知ってますか?」
「知りません! オカルトの話はこれで終わり!」
「終わりませんよ、なぜ急に強気になったんですか? 衝動的に殺してしまいたくなるので勘弁してください」
「勘弁願うのはこっちだよ! 気持ちひとつで殺すんじゃない!
今日はもうカラオケボックスの幽霊の調査したじゃんか。オカルトは一日ひとつまでです!」
「空振りだったのでノーカウントです」
そんな毎回毎回不可思議現象に遭遇することも難しいだろ。何もない日は何もなくていいじゃないか。さっき秋心ちゃん、日常系アニメが好きだって言ってたしさ。
「この辺りで有名な噂話です。町中で走り回る男の子の幽霊と怪物の目撃情報が絶えません。
一説には二人は追いかけっこ……つまり『鬼ごっこ』をしているのだとか」
せっかくこの辺りまで来たんだから、と話し始められてもなぁ。事のついでに謎を追及していこうなんて、そんなスナック感覚で取り組む活動じゃないだろ。
「怪物ってどんなの?」
「なんでも見上げるほどの大男で頭にはツノ、鋭い爪、剥き出しの牙……その名の通り『鬼』と形容できますね」
「なにそれ、めちゃヤバイやつじゃん。やめとこうよ」
そんな奴に出くわしたら秒で殺されちゃうのが目に見えてるよ。秋心ちゃん、俺がそんな化け物に対抗できると思ってんのかな。
「鬼は大丈夫なんです。襲ってくることはありません。ただ、追いかけられている方がヤバいらしいですよ」
ならオッケー! スーパー安心だ!
……ってなんないからね?
「街のみんなの安寧を守るためにも、ここは我々が人肌脱ぐべきではないでしょうか?」
「べきじゃないよ。ゴーストバスターズにでも任せとこうぜ?」
「ありがとうございます。先輩ならそう言ってくれると思ってました」
うん、秋心ちゃん病院に行った方が良い。耳の病院と心の病院だよ。
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