オカ研夢診断の噂(解明編)
「お疲れ様です、火澄先輩。昨晩はよく眠れましたか?」
部室に入ってくるなり秋心ちゃんはそう言った。
「眠れるには眠れたんだけどさ……」
「では、さぞ良い夢を見たんでしょうね。楽しみです」
秋心ちゃんは笑顔を覗かせているけれど、俺はなかなか笑い返すことができずにいた。
「ごめん、夢は見たと思うんだけど覚えてないんだよね」
今日一日中そのことを考えていたけれど、結局思い出せなかった。おかげで授業なんか手につかなかったよ。あ、これいつもの事か。
「なんとまぁオカ研部長にあるまじき狼藉ですね。約束通り永眠してもらう他ありません」
やめてくれ、これについては俺に非があるのかどうかも怪しいじゃんかよ。
人間は寝ている時に夢は見ているけれど、それは起きる直前のものしか記憶できないと聞いたことがある。長い時間寝てればそれだけ夢を覚えてられるのかといえばそうでは無いのだ。
「なんか凄い悪夢だった気がするんだけど……あと、多分秋心ちゃんが出てきたと思うんだよなぁ」
「あたしが出てくる夢なんて、そんなの悪夢なわけないじゃ無いですか」
何処から湧いてくるのかな? その自信は。本気でキョトンとすんなよ白々しい。
あぁ、是非秋心ちゃんみたいに生きてみたいもんだね。あんま思い悩む事とか無さそうだ。
「そう言う秋心ちゃんはどんな夢見たんだよ」
「あたしですか? あたしは先輩を殺す夢を見ました」
「それただの願望だろ!」
ツッコミを入れたところで何かが開きかけた。頭の中の引き出しに手を掛けた様な気分だ。
「えっと、俺も秋心ちゃんに殺される夢を見た様な……」
「それは奇遇ですね。正夢なんじゃ無いですか?」
再び訪れる既視感。
この会話、記憶の片隅に存在するのは現実のものか、それとも夢で見た出来事なのだろうか。
て言うか、正夢にされたら困る。
「先輩、そんなに考え込まなくても良いですよ。たかが夢の話です。夢を覚えていなかったからと言って、それだけで本当に先輩を殺したりなんかしません」
「いや、なんか気持ち悪いじゃん? モヤモヤする……なんとか思い出したいんだけど」
ただ、心の中では記憶を引き出さない方がいいのだと言う警告が鳴り響いている。そもそも、夢を記憶と呼ぶのかはわからないけれど。
「夢は無理に思い出さない方がいいんです。夢の世界に引きずり込まれてしまいますから」
秋心ちゃんらしからぬ言葉だ。いつもなら俺の不甲斐無さを罵って恍惚の表情を浮かべるであろうに。
「なんか秋心ちゃん、今日はやけに優しくない?」
「あたしが普段優しくないみたいな言い方ですね」
うん、そこは自覚を持とうよ。
「思い出せないのなら、それは思い出さない方が良い理由があるからなのかもしれませんし」
「そうかもしれないな。じゃあ、秋心ちゃんの夢の話だけでも聞こうか」
「なんかそれ、不公平な気もしますけれど……まぁ良いでしょう」
確かに夢はその人の潜在的な部分を顕著に表しているものだろう。人に表立って話す事ではないのは確かだ。
「いつもの様にあたしと先輩は部室で話をしているんです。まさに今みたいな感じですね。
あたしの夢に音は無いですから、話している内容はわかりませんが」
そういえばそんなこと言ってたね。
夢の形は人それぞれだと話したのを思い出す。
「しばらく話していると、誰かが部室のドアをノックするんです。音がないのにあたし達はそれに気付いてドアを開けるんですけれど、そこには誰もいない。
あたし達は不思議だなぁってまた会話に戻ります」
何故だろう、同じ経験が俺にもある気がする。でもこれは秋心ちゃんの夢の話だ。そこに俺と接点があるはずも無いのに、変な胸騒ぎがした。
「次に校内放送が流れます。内容は『刃物を持った不審者が校内に侵入したので気を付ける様に』と言ったものなんですけど……」
「音が聞こえないのに放送の内容はわかるのか?」
「そこは夢なので気にしたら負けです」
勝ち負けがあるのかは知らないけれど、確かに不粋な指摘だな、失敬しました。
続けてどうぞ。
「流石のあたし達も驚いちゃって、どうしようどうしようって混乱するんですが、そこにその不審者がやって来ます。
不審者は全身黒ずくめで、先輩を刃物で刺し殺したんです。
そして、その黒ずくめの人はあたしだったって言うオチで目が覚めました」
話を聞き終えたところで秋心ちゃんは笑った。
「正直意味はわかりませんが、夢なので仕方がありません。先輩は今の話を聞いてどう思いましたか?」
どう思ったかと聞かれても反応に困る。
確かに不気味な夢だけれど、それ以上にどこか引っかかるのだ。
「秋心ちゃんが俺を殺したがってるってことはよく伝わったよ」
「それはあくまで表面的な感想じゃないですか。
あたしが言いたいのは、この夢の持つ意味を考えて欲しいって事です」
「夢が持つ意味……ねぇ」
夢に意味なんてあんのかな。秋心ちゃんが言っていた様にただの記憶の整理作業に過ぎないだろ。
まぁ、そこにオカルトを持ち込みたくなる気持ちもわかるけど、科学の進んだ現代ではなかなかそう割り切れない。
「でも今回は見送りましょう。先輩は夢を覚えていないですし、やっぱりあたしの夢ばかりあれやこれやと詮索されるのはなんだか恥ずかしいので」
悩みあぐねているところを秋心ちゃんはそう締めくくり、そこには俺のわだかまりだけが残った。
でも秋心ちゃんの言う通り、これ以上記憶の深追いはしない事にしよう。どうせ夢の話だ。それを思い出そうが忘れたままだろうが、大した意味はないのだから。
「昨日話した通り、俺は夢を見ている間はそれが夢だって気付かないんだよ。だから、今この瞬間も俺の見ている夢なのかも知れないとか不安になる時もある」
「『胡蝶の夢』ですか? 確かにそう考えるのも面白いかも知れません」
自分で言っといてなんだけれど、自らの言葉に若干の不安を抱えているのがわかった。
今この瞬間、目の前にいる秋心ちゃんが現実のものなのかどうかも定かでは無いのだから。
「秋心ちゃん、今この瞬間って夢じゃないよね?」
その問い掛けに秋心ちゃんは一瞬驚いたように目を見開いた。そして可笑しそうに口元を隠す。
「どちらだと思います?
知ってますか? 夢に出てくる相手と言うのは、自分の事を想っている人なんだそうです。もしこれが火澄先輩の夢だと言うのなら、先輩の夢に訪れたあたしは先輩の事を恋い焦がれている……と言う事になりますが」
不敵に微笑む我が後輩。その悪戯っぽい表情はいつも見る秋心ちゃんのそれだ。
そのはずなのに、何故だか胸がドキドキした。
「夢かどうか確かめる方法ならありますよ」
「言っとくけど、俺の場合ほっぺつねるくらいじゃ意味ないぜ?」
「そんな必要ありません、簡単なことですよ。
夢から覚めればいいだけです。覚めなければそれは現実でしょう。現実なんて、覚めない夢なんですから」
「確かにそうかもしれないけどさ……」
それができれば苦労しないよ、と付け加える。
「往往にして、夢から覚める方法のひとつに『キス』があります。
これが夢だと思うのなら、今あたしがキスしてあげましょうか? 本当に夢の世界なら、そこで目がさめるはずですよ……」
そこで目が覚めた。
朝日はカーテンの隙間から溢れて部屋を照らしている。
夢か……そりゃそうか、現実世界で秋心ちゃんがそんな事を言うはずがない。こんな可愛らしい後輩は俺の身の回りにはいないのだから。
あぁ、実際の秋心ちゃんがこんなだったら良かったのにとひどく落ち込む。ほんと、どうせならキスしたところで覚めろよ、夢。
当たり前だけど、良い夢は目が覚めた時酷く落ち込むものなのだ。逆に悪夢は目覚めに安心感で包まれる。
そう考えると、夢の良し悪しは現実世界に戻った時真逆のものとなり、良悪の判別しにくいものなんだなぁと変な哲学精神が寝ぼけ眼にチラついていた。
そうか、ここでやっと合点がいった。
昨日部室で船を漕いでいた俺に秋心ちゃんが言ったあの言葉。俺の母ちゃんもたまに使う強制目覚めの呪文は、夢の中で秋心ちゃんが語ったところから来てるのか。
キスすれば夢から覚める、すなわち起きるのだとすればまさに最高の目覚ましだ。
でも、現実世界の秋心ちゃんは『キス』じゃなくて『ちゅー』って言ってた気がする。それも夢かもしれないけど。
夢と現実の整合性を探したって仕方がないか。
目覚めにしっかりと覚えている今日のこんな夢は、恥ずかし過ぎて秋心ちゃんには話す事が出来ないなぁと溜息を吐く。
放課後、部活で「夢を見ていない」と嘘を吐いた時、秋心ちゃんがどんな風に罵詈雑言を浴びせてくるのかを想像しながら布団から這い出たのであった。
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