オカ研夢診断の噂(調査編)
あんま寝られんかった。
寝なきゃいけないと思うほど眠気はどっかに飛んで行く不思議。そのくせ朝はいつもの百倍眠いんだから不公平だ。世知辛いなぁ……世の中かっつーの。
「お疲れ様です先輩、昨夜はよく眠れましたか?」
「今その説明をしてたところだよ、心の中で」
「なるほど、眠れなかったんですね」
な、何故わかるんだ秋心ちゃん。たまに君の勘の良さに慄然とする時があるよ。
「勘の良さなら先輩には敵いませんけどね」
ほらもぉそう言うとこだよ! モノローグまで読むなよ! 怖いよ! もう妄想すらできなくなっちゃうじゃんか!
「それで、夢は見れましたか?」
「まぁ、一応……」
「それは良かった。
まぁ、あたしは信じてましたけどね。部長たる火澄先輩が手ぶらでやって来るなんて考えていませんでしたよ。
万が一に備えて練習していた鎖鎌のお披露目が出来ないのは残念ですが」
鎖鎌かぁ……漫画でしか見た事ない。一応聞いとくけど、それって楽に死ねるやつなの?
「では、あたしの夢からお話ししても良いですか?」
断る理由はないし、その勇気もないので頷く事にする。
「まず、あたしの夢には火澄先輩、あなたが出てきました。
知っていますか? 日本では古くから恋しく思うあまり、その相手の夢を訪れてしまうのだと信じられているんですよ。
先輩、そんなにあたしのことが好きなんですか?」
科学的に考えれば、昨日秋心ちゃんが言っていたように夢は記憶の整理整頓作業に起因している。
だから、夢を見ている方が夢に出てきた相手を強く思っていると考えた方が自然なんだとか。秋心ちゃんの説とは真逆である。
まぁ、今日はあくまでオカルトの観点から夢を分析する事になってるんだから、そんなサイエンスの話は置いておこう。
「奇遇だな、俺の夢にも秋心ちゃんが出てきたぞ」
「……う、うわぁ、眠ってまであたしのことを考えているなんて本当に気持ち悪いですね。あたしじゃなければ裁判でした。良かったですね、あたしが日本人で。もしもあたしがアメリカ人だったら、先輩を電子レンジに入れてチンしているところです。」
気持ち悪いって言うな。後輩思いの良い先輩だろうが。
そんで毎回自分の都合の良いように手の平をくるくるひっくり返せる秋心ちゃんの才能を褒め称えたいし、それ以上に断罪したいよ。
あと、アメリカ人に対する認識を改めろ。
「それで、俺は夢の中でどうしてたのさ?」
「すみません、先輩のせいで話が逸れてしまいました」
少しは攻撃の手を緩めたら?
「夢の中であたしと先輩が二人で歩いているんです。場所はよく知らない公園みたいなところなんですけれど、隣を歩く火澄先輩がチラチラといやらしい視線を投げかけてきた事を覚えています。
ちょっとひっぱたいても良いですか?」
「いくらなんでも夢の中の俺のことまで責任はとれんぞ」
「別に先輩には罪悪感を抱いていただく必要はありません。ただ単にあたしがイライラを晴らしたいと思ってるだけですし」
「それはどうもありがとう」
あれ、お礼を言う必要なくない? 反射って怖いね。
秋心ちゃんの夢の話に戻る。
「そして、ふと気付くと目の前には長い階段があって、その一番上で全身黒ずくめの人があたし達を見下ろしているんです。表情はわからないんですが、おそらく怒っているんだとわかりました。
何故だかあたし達はその階段を登って行く事にするんですけど、すれ違いざまにその黒ずくめの人がナイフを取り出して……先輩の胸を刺したんです」
秋心ちゃんはニコリと微笑んだ。いや、そこ笑う場面とちゃうやろ。
「あたし、本当に驚いて先輩に駆け寄るんですけど……残念ながら即死でした。
なんとか蘇生を試みるんですがそれも叶わず、思わず黒ずくめの人に目を向けると、なんとその人は……あたしだったんです」
そこで目が覚めました、と秋心ちゃんは話にピリオドを打った。
「さて、この夢をどう思いますか?」
「秋心ちゃんが俺を常日頃どころか無意識の世界でまで殺したがってたんだなぁと悲しくなりました」
「それじゃただの感想じゃないですか。それに、一般的には殺される夢は吉兆なんですよ。感謝して欲しいくらいです」
それ、人の夢の中でも当てはまるの?
「まずは俺と二人で歩いているってことは、多分オカ研の活動中なんだろうな。常に幽霊やら噂やらを追いかけて、非日常を探し求めてる秋心ちゃんらしい夢だなと思う。
次に黒ずくめの人間……これは多分怪奇現象を具現化したものじゃないかな? 超常的な何某に出くわしたいと考えてるから、そんな得体の知れないやつに近付こうとしたんじゃないの?
そんで結果として秋心ちゃんが俺を殺したって事になるんだよね? ならやっぱり俺に対する憎悪があるんじゃない?」
率直な意見を述べる。
「なるほど、まぁ無難な解釈ですね」
秋心ちゃんは納得半分、不満半分と言った表情でさらに続ける。
「でもあたしは本当に先輩の事を憎いだとか思っていませんよ? 仮にあたしが先輩を殺すことがあったとしてもそれは私怨によるものではなく、ただの興味本位です。知的好奇心です」
平然と恐ろしいことを言うな。
一説には人を殺す夢は新たな展開を期待していたり、本当にその相手を殺したい程憎んでいたりする内心の表れらしい。
どうか前者である事を祈る。
「一応、目が覚めた時には少しだけ申し訳なく思いましたし、夢でよかったと安心したんですよ?」
少しだけかよ。
「じゃあ、次は先輩の見た夢を聞かせてください」
「俺のは、さっきも言ったけど秋心ちゃんが出てきた。いつも通りこうやって部室で二人で喋ってんの。内容はよく覚えてないんだけど」
あまりに平凡な導入だったので、それが夢だと気付くのは目が覚めたあとだった。まぁ、普段から夢と現実の区別がつかないんだけどね。こう言うとあからさまに頭おかしいやつみたいだなぁ、俺。
「確か、秋心ちゃんが俺のことを殺すだとかそんなこと言ってた気がする」
「へぇ、正夢なんじゃないですか?」
予知夢と言うより経験をそのまま夢に見ていたと言った方が正しいんじゃないかな?
秋心ちゃんの罵詈雑言は今に始まったことじゃないし。
「そしたら、誰かがドアを叩くんだよ。で、呼びかけても返事がないし、ドアを開けて確認しても誰もいないの」
コンコンとドアをノックする音が聞こえた。
そう、夢の中でもこんな具合に来客があったのだ。
「どうぞ、鍵開いてるよ」
返事はない。不安がよぎるのは、このシチュエーションが昨夜見た夢と酷似しているからだろうか。
「先輩、これって……」
ドアを開け廊下を確かめる。夢で見た通りそこには誰もいなかった。
「な、なんだか気味が悪いですね……」
秋心ちゃんは顔色を青く変化させていく。俺は同意したかったけど、単に不安を煽るだけだと知らんふりをした。
また椅子に腰を下ろし話を続ける。
「しばらくすると、校内放送が流れるんだ。その内容は確か……」
鳴り響くチャイムの音。部活動の終わりを告げるものではない。そう、校内放送を知らせるためのものだ。
『校舎内に不審者が侵入しました。刃物を持っているので、皆さん気をつけてください』
「……今流れたのと同じ内容だったと思う」
心音が加速して行くのがわかった。
秋心ちゃんは恐怖を露わにして俺を見つめる。
夢で見たことと同じ出来事が、今ここで起こっている。
「そ、その後はどうなるんですか……?」
「えっと……ちょっと待って、思い出すから……」
確か、夢の中でも俺達は不味いことになったと慌てていた。すぐに部室を飛び出して校舎の外へ逃げようかと考えているうちに、廊下に人影が見えたんだ。
今目の前に映っているように、黒ずくめの人影が。
「せ、先輩!」
秋心ちゃんが俺にすがりついてくる。
これもまた既視感のある出来事だ。
ドアが開かれる。黒ずくめの人影がそこに立っていた。
「あ、あの人……あたしの夢に出てきた人と同じ……」
秋心ちゃんは震えている。
ここから先の展開を思い出せない。いや、ここで目が覚めたのだ。
待て、何故今まで思い出せなかった? 秋心ちゃんの夢を聞いた時に違和感を覚えても良いはずだ。それなのに何故忘れていたんだ。
黒ずくめの人間なんて不気味な存在はそうそう記憶から途切れるものじゃないはずなのに、どうしてこの部分だけ思い出せなかったんだ?
「秋心、俺があいつの注意をひくからその隙に……」
腹部に鈍い痛みが走る。
意識が飛びそうだ。苦痛に顔が歪むのが自分でもわかる。
痛みの元を押さえた手からは赤黒い血が滴った。
すぐそばにある秋心ちゃんの顔は、瀬戸物の様に渇いてただ無表情に俺を見つめている。
「夢と同じになりましたね」
そこで目が覚めた。
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