妬け狂う炎の噂(調査編①)


 もう学校中昨日の炎の噂で持ちきりだ。

 学校に着くやいなや俺と木霊木こだまぎさんのもとには事の詳細を聞こうと大勢の人集りができたし、それは休み時間も収まらないし。加えて職員室に呼ばれるわ警察が来るわの大忙しな一日がやっと終わろうとしている。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「火澄先輩、最初にあの炎を見たのはこの場所なんですね?」


 そんな一日から解放されるはずもなく、放課後は秋心ちゃんと一緒に現場検証である。


「あぁ、秋心ちゃんそっち入っちゃいけないからさ。先生に怒られるから」


 名探偵秋心ちゃんは腕組みしたまま簡易的に作られた立ち入り禁止の敷居を眺めている。


「その時から木霊木さんと一緒にいたんですね? そしてプールの方向まで走って逃げた……」


 俺等が校庭に出た辺りから秋心ちゃんは野次馬に混じって俺達を見ていたらしい。


「まさか校内でこんな怪異現象に巻き込まれるとは思ってもなかったぜ」


「今回は目撃者も多いですし、ただ事では済まされませんよ」


 現に大きな騒動になっちゃってるしね。


「では、再現してみましょう」


 そう言うと秋心ちゃんは俺の手を握った。


「さぁ、走ってください」


「え? なんでさ?」


「聞いていなかったんですか? 当時の状況をもう一度再現する事で何かわかるかもしれないじゃないですか」


 一理ある様な、暴論である様な……。

 しかし今回に関しては早急な真相究明は必要であろう。また同じ事が起こった場合、次こそは犠牲者が出ないとは言い切れない。

 秋心ちゃんの手を握り返し、昨日の通り走り出す。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「この辺りで木霊木さんが転んだんだよ」


 部活動は平常通り執り行われているので、サッカー部やら陸上部やらの邪魔にならない様グラウンドの真ん中に突っ立っている俺と秋心ちゃん。

 まぁ、ここに立ってるだけで大分邪魔なんだろうけどさ。


「あの時は本当にもうダメかと思った。なんで炎が消えたのかわからないけど、とにかく助かったから良かったようなもんだ。

 それにしても野次馬めちゃくちゃいたよな」


「こんな校庭の真ん中では、見逃さない方が難しいですね。先輩、一躍有名人ですよ」


 確かに。

 今日話しかけてきたやつの中には大して話したこともない様な奴まで居たし、俺としては悪目立ちせずにスクールライフを送りたいと考えているから迷惑な話である。


「あの木霊木さんって人はもとから知名度があったみたいですよ。周りの人達が騒いでましたから」


 そりゃあそうだろう。木霊木さんは学年のマドンナなんだから、たいていの男子はその名前を知っているさ。

 だからこそ、俺の悪目立ちに拍車がかかっているわけだけれども。嬉しい悲鳴なのか? これ。


「火澄先輩の事を知っている人も何人かいましたよ。

 なんでもオカ研の部長なんだそうです」


 いや知ってるよ、俺の事だもん。

 俺にも悲鳴に混じって聞こえてたよ。身を程にして木霊木さんを守れなんて心無い声が聞こえてたさ。実際にそうしたけど、俺の命はどうでもいいのかいな。

 それにうっすら聞こえてた内容だと、有名なのは俺じゃなくて……。


「なんだか火澄先輩とあたし、付き合っていると思われているらしいですね」


 らしいね。木霊木さんも似たような事言ってたな。

 なに? 俺当事者なのにその事実知らないんだけど。秋心ちゃん、彼氏が出来たんならせめて俺には報告しといてよ、同じ部活の先輩後輩なんだからさ。そんでその相手がおらなら尚更だ。

 まぁ、そんな事実は無根なんだけどね。


「いかがですか先輩。この美少女秋心ちゃんと恋仲を噂されてその心情は。

 さぞ光栄でしょうね」


 うわぁ、不敵な笑みだ。

 これ、名誉毀損だとか言われて裁判になるやつだ。俺はなんも悪いことしてないぞ!?

 罵倒されるために身構えたところで、思わぬ第三者の介入。


「火澄くん!」


 走り寄って来る影。それは火達磨ではなく、話題に出ていた木霊木さんだった。

 胸で息をしながら俺達の前で立ち止まる。


「昨日のアレについて調べてるの?」


「あぁ、そんなところ。木霊木さんは部活?」


 彼女はサッカー部のマネージャーである。

 学校指定の体育ジャージに身を包み、首筋には汗でできた光の粒が輝いていた。


「うん。あの、昨日はありがとう、火澄くんがいなかったら私……」


 そう言えば今日は彼女と言葉を交わす時間も無かった。従ってこれが一日ぶりの会話であり、初めてのお礼である。

 別に首を垂れられる事はしてないんだけどさ。


「いや、俺も無我夢中だったし。お互い怪我もなく良かったよ」


 言い終わる頃に木霊木さんの膝の絆創膏が視界に入った。


「……ごめん、足大丈夫?」


「あ、うん全然平気! ちょっと擦りむいただけだから。

 それよりも今日、部活終わったら少し話さない? お礼もしたいし……」


 木霊木さんの視線が僅かに動いた。

 その先には、まだ秋心ちゃんに握られたままの俺の手。なんだか急に恥ずかしくなり、それを振り解く。


「あ、あぁわかった。じゃあ部活終わったらまた……」


「ありがとう! 校門で待ってるね!」


 そう言うと彼女はグラウンドの隅に走って行った。


「火澄先輩……あの方とずいぶん仲がよろしい様ですね」


「え……そ、そう?」


 冷ややかな視線に口籠る。昨日見た炎よりも熱く、しかし氷の様に冷たいその瞳。

 あぁ、秋心ちゃん木霊木さんの嫌いさに拍車がかかってない?


「まぁ構いませんが、火澄先輩がどんな女性と仲良くしようと私の知ったことではありませんし。

 今日は一人で帰りますよ。あぁ、あの炎が今度はあたしのもとに現れたら大変ですけれど、先輩はお気になさらずにあの人とイチャコラやっててください」


 さっきまでご機嫌そうだったのに見るも無残な不機嫌さがそこにある。

 秋心ちゃんは言い終わると眉間にしわを寄せたまま部室へ引き返して行った。

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