二本足の金魚の噂(解明編)


「お疲れ様です火澄先輩、土曜日は散々でしたね」


 週明けの月曜日、部室に入ってくるなり秋心ちゃんは疲れたようにそう言った。


「ホントだよ。今日も職員室に呼び出されちゃったし、土日も休んだ気がしないし」


 俺は広げていた新聞紙に視線を落とす。


『高校生、伯楽山はくらくやまで死体発見』


 大々的に取り上げられているわけではないけれど、そこには確かに俺達のことが書かれた記事があった。

 それでは当時の回想に入ります。

 獣道で出会った男。結論から言うと人間ではなかった。醸し出すその不穏な雰囲気に俺が男の視線を追っていくと、そこにあったのは……まぁ、新聞のとおりのものだった。

 気がつくとその男の姿はなく、立っていた場所の雑草も踏まれた形式はなかった。思い返せばあれだけ太っていたのに汗ひとつかいていないなんて気味が悪いことだよね。


「なんて言うか、自分の死体を見つけて欲しくて幽霊が現れるなんて、怪談で聞くような話を本当に体験するとはさすが火澄先輩ですね」


 なんも良いことじゃないけどな。人の死体なんて見たの初めてだし。

 と言っても、死体はもう何年も前のもので骨みたいなものが残ってただけだから精神的なショックはそこまでじゃないんだけど。ただ、頭蓋骨ってこんなに綺麗に残るんだと妙に冷静だったのを覚えている。


「あたしにも見せてください」


 秋心ちゃんはまじまじとスポーツ新聞の記事を眺めている。

 ……あ、やめて! めくらないで! 次のページエッチなやつだから……あぁぁ!

 さて、諸行無常諸行無常、意味わからんけどとりあえず諸行無常。


「……先輩、この新聞全部読みました?」


「い、いやぁ読んでないなぁ。事件のところの見出ししか見てないなぁ」


 ホントだよ? 嘘じゃないよ? 事件の記事見出ししか読んでない。そのほかのところはノーコメントで。


「なんかこれ、ものすごーくいやらしい新聞ですね」


「え!? そうなの? 全くけしからんね。大衆に世間の動向を伝え、我が社会や世界への関心を提起する為に存在するはずの新聞が、その様な不健全な情報を紙面に記載するなどあってはならないことだよ。

 秋心ちゃん、その新聞もどしなさい」


「ライターかマッチ持ってませんか?」


「『もやしなさい』じゃないです、『もどしなさい』です! ごめんなさい! 燃やさないでください!」


 どうして謝らなければならないんだろう。俺だって健全な男子高校生だから、少しくらいそういうものに興味を持っても良いじゃんか。ましてや秋心ちゃんはただの後輩なんだから責められる所以もないし、謝る理由もないのに。

 新聞紙をゴミ箱に投げ込んで秋心ちゃんは俺の隣に座る。当該記事の部分だけは綺麗に折りたたんであるあたり、優しいやら厳しいやらだなぁ……。後で捨てられた部分を回収しとこう。


「警察やらなんやらで詳しく聞けなかったので、あらためてその幽霊の話を聞いてもいいですか?」


 幽霊について話すのは苦手だ。今までにも何度か見たことがあるーーだいたいは秋心ちゃんに起因するオカルト調査の過程でーーけど、何度目にしても慣れないのだ。


「なんかこう……いかにも幽霊っていう感じじゃないんだけど、やっぱりどこか違和感があったんだよ。生きてる人間じゃないのがなんとなくわかるんだわ」


「要を得ません。先輩、説明下手すぎです。

 読書感想文とか、きっと悲惨な出来だったんでしょうね……可哀想、著者が可哀想です……」


「想像力を掻き立ててまるで関係性のない第三者に同情するんじゃないよ」


「まぁ、どんな幽霊が出ようがあたしには知ったことではないですけどね」


 そりゃないぜ秋心ちゃん。

 秋心ちゃんが拾って来た金魚の噂のせいでこんなことになったってのに。

 あれか? 単純にお化けが怖くて強がってるだけなのかな?


「太ったおっさん捕まえて『金魚が歩いてる』とか見間違えたやつを何時間か問い詰めてやりたいよ」


 皮肉交じりにそう言うと、秋心ちゃんは少し困った顔をした。


「どう言う意味ですか?」


 あ、怒られる。俺は結構怒られたくないタイプなので、怒られないように祈るばかり。


「あ……いやいや、俺が見た太ったおっさんの幽霊を金魚と見間違えたやつは迷惑だなぁって……」


「すみません、先輩何か勘違いをしているようです」


 勘違い?

 俺はこれまで勘違いをしたことがない。そうだろう? つい先日、差し入れだとおもって秋心ちゃんのお菓子とか食べちゃうことがあったけど、まぁ、俺は勘違いをしたことはないのだ。

 あの時はめちゃくちゃ怒られたなぁ……


「ははは、俺のどこが勘違いをしていると言うのだね秋心ちゃんよ」


「あの……その幽霊は二本足の金魚ではありません」


 ……噓吐け。

 いやいやそうだって。丸々太ったおっちゃんの、尚且つ血まみれで金魚みたいな模様でさぁ、見間違うって言うかある種の比喩って言うか、そう言うことじゃないの?


「二本足の金魚はもっとこう……マスコットキャラクターみたいなもので、大きさも手のひらくらいでちょこちょこ歩くんです。

 あぁ、想像しただけで可愛い……」


「じゃ、じゃあ俺が見たおっさんは……」


「関係ないですね、今回の件に関しては」


 じゃあ誰なんだよ!

 おっさんは手のひらサイズでもないしちょこちょこは歩くかも知れんけど、どうやら全く関係ないんだとさ!


「あともうひとつ。先輩、『太ったおっさん』って言いました?」


「言ったけど、それがなんだよ?」


 秋心ちゃんは新聞を片手に首をひねる。


「先輩が見つけたご遺体は、高齢の女性のものみたいですよ」


 はぁ? そんなバカな。あのおっさんはどう見てもおっさんだったし、高齢でもばあさんでもなかったぞ?


「なんだか、全く関連のない幽霊に遭遇したんじゃないですか?」


 ちょっと待ってくれよ、もし本当にそうなら……。


「もしそうなら、今回なんの解決もしてませんね」


 むしろ課題を増やして悪目立ちしただけだよな。て言うか、おっさん本当にお前誰なんだよ。

 あと、後悔も残っちゃったし。

 あの後、秋心ちゃんの手料理を食べることができなかったことがめちゃくちゃ悔やまれてるんだなぁ、これが。



おわり

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る