二本足の金魚の噂(調査編)
バスに揺られること二十分。見慣れぬ町の風景と言うのはなんだかワクワクするね。
田舎町の看板を目で追いながら、あの『
そんなこんなで窓の外を眺めながらも、どこか心落ち着かないのは言わずもがな後輩ちゃんのせいである。
秋心ちゃんは俺の隣で寝息を立て、たまに肩に当たるおでこにドギマギしていた。
頼む、俺をその寝相でバラバラにしないでくれ……と。
「もう次だよ。そろそろ起きな秋心ちゃん」
「んうぅ……もう食べられない……」
下手な寝ぼけ方をしている。人肉を食べる夢でも見ていたんじゃないの?
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「山登りするのにスカートで大丈夫なのかよ」
「これ、買ったばかりだから着たかったんです。可愛いでしょ?」
膝丈のスカートから伸びる白い足が眩しい。
確かに、我々学生は普段制服を着る機会が多いからおニューの服を着たくなる気持ちは分からなくもない。でも、俺は制服が好きなのである。興奮するのである。
この世の制服は全て『エロ制服』といっても過言ではないのだ。江口制服店の店主(おそらく江口さん)よ、わかってんなぁ。
「それに、
秋心ちゃんの言う通り、登山道とは名ばかりの緩やかな上り坂が続くだけの山道を、今俺達は二人して歩いている。他にすれ違う人も後続を歩く人もおらず、閑散としていた。
だからこそ普段気付かない自然の営みや己のちっぽけさを改めて感じることができるんだね!
「もう少し歩けば小さな滝があるはずです。その辺りが『二本足の金魚』の目撃された場所だそうですよ」
そんなわかりやすいところにいたら、その珍魚の目撃者ももっと大勢いてニュースやらなんやらになりそうなもんだけど。
でも、土曜日だと言うのにこの山を登る人もこの道を歩く人影も皆無だから、目撃者が少ないってのも頷ける。
て言うか、そんなけったいな噂が広まっちゃあなおのこと人も寄り付かんくなるだろ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
滝と言うには可愛らしい……正直な言い方をするとショボい水量のそれはぼしゃぼしゃと水飛沫を上げていた。
キレの悪いじいさんの小便みたいだね。
「これを滝と呼んでも良いのでしょうか?」
「滝ってのは自然にできた段差のある川のことを言うらしいから、これも滝と言えば滝なんじゃねぇの?」
滝の定義について、この解説が正しいかは知らんけどちょっと先輩面をしてみた。
「へぇ、先輩こういうどうでも良いことには詳しいんですね」
うるせぇやい。
幽霊の追っ払い方や藁人形の釘の打ち方ばっかり調べてるよりは幾分か健全だろ。
「それにしてもいませんね、『二本足の金魚』」
「いたらとっ捕まえて蒲焼にでもしたのにな」
難色を示す秋心ちゃん。塩焼きの方が良かった?
「金魚なんて食べても美味しくないですよ。
あたしお弁当作って来ましたから、ここらでお昼にしますか?」
その手に持っていた包みは弁当箱だったのか。
昼を前にして俺も腹ペコだよ。
「準備いいなぁ。俺、なんも持って来てない」
「そんなことだろうと思って、ちゃんと火澄先輩の分も持って来ましたよ。
良かったですね、甲斐甲斐しい後輩を持って」
笑みが全て不穏なものに見えるのは秋心ちゃんの特殊スキルだ。
これは絶対裏がある……。素直に喜ぶな、火澄君よ。毒とか盛ってあるかもしれん。
「あ! あっちの方獣道みたいになってるな! ちょっと俺見てくるわ!」
人が分け入って行けるかどうか微妙な道が滝の脇に続いている。
そこを指差し目指すことにした。
「なんだかいやに積極的で気持ち悪いですね。わかりました、行ってみましょう」
「いや、秋心ちゃんスカートだし俺一人で見てくるよ。険しい道だったらパンツ見えちゃうぜ?」
「見たら殺す」
だから心配してんのに……主に俺の命を。
秋心ちゃんを滝に残して林をかき分け歩く。Tシャツから剥き出しになった腕を草木が掻いて気持ちが悪い。普段運動をしていないせいか汗が額に滲んで少しばかり息も上がっていた。
しばらく歩き、すっかり秋心ちゃんの気配が消えたことを確認して溜息を吐いた。
「秋心ちゃんの手料理、超食べてぇ……!」
なんだこれ、超嬉しいんですけど!?
秋心ちゃんお弁当作って来てくれてるなんて、しかも俺の分まで!
なんだかピクニック気分になっちゃってんな、俺。良くない良くない、これは不思議探索なんだから!
「そろそろ戻って、最後の晩餐を取るとしようかな……」
ひとりごとが増えるなぁ、ひとりでいると。
なんでも期待しすぎるとろくなことがないから、秋心ちゃんの御志にも最新の注意を払っておかなければ。なんか、生き辛い世の中ですね。
元来た道を歩いていると、視界の端に何やら白い影が見えた。
ちょっと待ってよ、今なんもいなかったじゃんそこ。汗が冷や汗に変わるのを感じながら振り返る。
頭からは血を流し赤く化粧しているようで、目玉を剥いたような面持ちはまるで縁日で見る金魚のようだ。
そこには明らかに人ではない丸々と太った男が立っていた。
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