二本足の金魚の噂

二本足の金魚の噂(提起編)


火澄ひずみ先輩、これ見てください。可愛いと思いませんか?」


 秋心あきうらちゃんは何やら丸くてモファモファしたバレーボールのようなぬいぐるみみたいな……なんと言って良いかよくわからない物体を抱きしめている。

 なんだかえらくご機嫌だね。このまま地球でも滅ぶのかな? 


「うん、すごく丸いね。そしてなんか毛……綿?が生えてるね」


「あたしは感想を求めているんですけれど。見た目を説明されても『そうですね』としか言えません」


 そんなこと言われましてもなぁ。

 正直に『気持ち悪い』って答えたら、秋心ちゃん絶対怒るじゃん。俺のはらわたがチュルリんするまでボディを責め続ける未来が一瞬見えたんだよ。

 かと言って『可愛い』なんて嘘は吐きたくない。俺は自分に恥ずかしくないように生きていきたいんだ。

 だから、我が命惜しさに心にもないことを口にするわけにはいかないのさ……。


「で、それなに?」


「先輩、『キューねこ』をご存知ないんですか? 今、女子高生に大人気のキャラクターなんですよ?」


 侮蔑的な目をするな。女子高生じゃないもん、俺。男子だもん。知らなくて当然じゃん。

 そもそも俺は流行とかあんまり興味ないのよ。むしろみんなやってるとか持ってるものに反発しちゃうくらいだからね。

 あと、料理をいちいち写メ撮るやつもあんま好きくない。だって、彼等食べ物たちは僕等の胃袋で生きているんだから……。


「少しは流行りも勉強すべきです。キューねこのキューは玉のように丸い形、つまりは『球』と可愛らしいの『キュート』から来ています。ねこは『猫』です」


 それ猫だったんだ。埃のお化けかなんかだと思ってた。


「オカルトも知らない、お化けもわからない。加えて流行にも乗れないんじゃ、何のために存在してるんですか?」


 否定が壮大すぎるだろ、秋心ちゃん。

 俺が生きていることで世界に貢献できてることのひとつやふたつくらいあるよ! きっとある! ……あるよね?


「秋心ちゃんもそう言う可愛い(?)の興味あったんだな」


「なんかトゲのある言い方ですね。あたしはれっきとした女の子です。ナウいナオンです、ナウナオンです。

 女子高生にとって、可愛いを追求するのはひとつの命題ですからね」


 形容のしかたがナウくないよ。


「お気に入りのクマのぬいぐるみをいつも枕元に置いて寝てたんですけれど、先日目が覚めたらバラバラになってたんです。それで、代わりのぬいぐるみを探してたらこれを見つけたんです。

 衝撃でした……ビビっときました! こんな可愛いキャラクターがいたなんて!」


 俺の関心は君の寝相に向いちゃってるけどね。睡眠してなお破壊願望を実現させる後輩、それが秋心ちゃん。恐ろしい、秋心ちゃんと一緒には絶対寝れないよ。

 やけに鞄をこんもりさせてると思ったら、そんなぬいぐるみを学校に持って来てからに。先生に見つかったら取り上げられるぞ?


「可愛いついでに、先輩は『二本足の金魚』の噂を知ってますか?」


「ん? どこらへんがついでなの?」


「隣町の噂話なんですけど、伯楽山はくらくやまで歩く金魚が目撃されたらしいんですよね」


「どこらへんがついでなの?」


「明日、早速調査しに行きましょう。土曜日の日程が埋まってよかったですね」


 おれ、明日予定無いって言ったっけ? いや、当然なにも無いんだけどさ。

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